Ep.1-4

『――――ぇ―――ねぇ、ねぇってば!』


 帰り道。

 ただひたすら呆然と歩いているとイリアの声が頭に響いてふと我に返った。

 聞こえてくるイリアの声は今気が付いたよりもずっと前から呼んでいたようで半ば呆れているような、怒りが含んでいるようなそんな声音。


『僕の話ちゃんと聞いてた?』


「…………ごめん、何の話だっけ?」


 謝りつつそう聞き返すと若干の無言の間が空いて。


『…………大丈夫?さっきの言葉気にしてる?』


 話の続きではなくガルシアに言われたことに負い目を感じていると、そう捉えたイリアは呆れた声から一転、心配そうに声音を緩めた。


 引きずっているのかと言われたら多分そうだ。

 なんかこう、言葉に表せない感情がぐるぐると渦巻いている。


 でもイリアに気を使わせるのは嫌で適当に誤魔化した。


「いや、そんなのいちいち気にしてもしょうがないし………それで、何の話だったっけ?」


『……………』


 表情は見えていないが何となくジト目を向けられているような気がする。

 イリアは変に勘が鋭いところがあるからバレてないとは言い切れない。

 いつも通りに返したつもりだったが……。


 共に無言のままやや間が空いて、それに耐えきれなくなった俺はイリアの話の続きをそっちのけでこの状況を抜け出すために話題を逸らした。


「お、見えてきた。ここの雰囲気いいよなぁ」


 昨夜シュウガに連れてこられたところまでやって来た。

 半ば強引だがここの雰囲気と言うのはシュウガの家にまで続く階段にあるのだがそもそもシュウガの家と言うのが特殊だった。


 選り取り見取りの木々が生い茂る小さな山の斜面を昇っていく階段は石の煉瓦で造られそこを照らす明かりはオレンジ色の光が灯る灯篭。

 季節の変わり目ということもあってか木々の葉たちが色づき幻想的な空間を創り上げる。


 一度踊り場を挟み、数十段ある階段を登っていけばお世話になっているシュウガの家が見えて来る。


 開けた山頂に砂利で敷き詰められた真ん中に和風な木造の建物が一件。

 通常の民家よりも見た目から明らかに大きく勿論中も広い。旅館と言われても頷けるほどに立派で昨夜初見で見た時は開いた口が塞がらなかった。


 俺は雰囲気が好きな為家主は兎も角とても気に入っている。


「なあ、イリアもいいと思うだろ?」




***




「……………」


 お風呂に入らせてもらって今は夕食をいただいている。

 アレンが先に入り、その後代わって僕が入る。その頃には疲れてか既にアレンは寝てしまっていていつもだったら寝るときはほぼ同時だからか妙に静か。


 本当の意味でひとりな気がする。


 畳の上に置かれた机、座布団を引いて僕が食べているのはグラタン。

 家は和風なのに夕食はそうじゃないんだとか思いつつ食べ終わる頃にシュウガがやって来た。


 そういえば帰って来てすぐにアレンに対して「てめぇ何でもっと早く帰ってこれねぇんだよ?」と怒っていた。

 門限みたいなものはないが確かに今日も昨日程ではないにしろ帰るには少し遅いかったかもしれない。


 そのことでまさか僕も怒られるのかと思ったがそんなことはなく、ドカリと僕の向かい側で背を向けて机の上に座った。


(僕まだ食べてるんだけど…………)


 後一口二口残っている。

 その程度とはいえまだ食べている人がいる机に座るなんて。

 お邪魔している側とはいえこれはどうなのだろうか。


 そんな風に思っていると意外にもシュウガの方から話しかけてきた。それもいつもだったらため息混じりの嫌味なのに今回はアレンのことだった。


「昨日も今日もがなぜあいつは能力を使わない?能力を使えば傷なんてつかなかっただろうに」


 心配、しているというわけではないようだ。

 そんなことを聞いてどうするのかと思ったが別に隠すことでもない。アレンにも何も口留めされていないし話した。


学園ここへ来た理由と一緒だよ。能力を使いこなせてないから」


 アレンの能力にそもそも使いこなすなんてことがあるのかどうかは分からないけれども、このままだと相手に大怪我をさせかねない。そんな懸念があるのと単に学園の戦闘でのルールが悪さしている。


 聞いておいてシュウガは興味がないのかそれを聞いてすぐ、ならと話を続ける。


「なぜ剣を使わない?理由は何だ?確か指輪があいつの〈異能機具カイス〉なはずだろう?」


 周りから見れば確かにそう思うのも不思議ではない。それで手を抜いているとガルシアも勘違いをしていた。


「それは………」


 危うく言いかけて、出てきそうになった言葉を飲み込んだ。


 僕に聞けばずっと一緒にいたアレンのことはだいたい知っているしアレンより頭が回らない僕は先のことなんて考えられず言わなくてもいいことも稀に話してしまう。

 それにアレンは他の人に嘘をつくのがうまいけれど僕にはそれの真偽がはっきりと分かる。今日、ガルシアに言われたことを気にしているか聞いた時もすぐに嘘だって気が付いた。


 アレンのことで何かを聞き出すなら僕に聞くのが正解だ。


 それでも何を言って良くて言って悪いのか、それくらいの判別は僕にだってつく。

 その問いに関しては僕の口からは語れない。

 だからはぐらかした。 


「…………アレンのことがそんなに気になる?」


「お前の方が馬鹿っぽいからな。あいつの弱味のひとつや二つ簡単に吐くと思ったんだがなぁ………」


 馬鹿っぽい?

 聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。


「言ってくれれば追い出せたものを………」


 僕がはぐらかす為に言った言葉が癪に障ったのか思いのほか食いついてしかもそれだけではなく何故か睨みつけられる。

 更にその後追い出すって聞こえた。

 もしかしたら何か企んでいると大義名分を押し付けてこの国から追放しようとしていたのか、それともこの家から追い出すって意味だろうか。


 どっちにしてもまた僕が余計なことをしてしまうところだった。

 リディアのことは本当に気にしていないっぽかったけれどこれ以上アレンの負担になるような事はしたくない。


 そんなことを思いながら最後の一口を食べ終え………た瞬間に服を引っ張られる。


「むぐっ!?」


 引っ張っているのは先ほどまで僕の目の前で机の上に座っていたシュウガだ。

 いつの間にか後ろに回っていて僕の服を掴んでいた。


「食い終わったならさっさと寝ろよ馬鹿」


 また馬鹿って聞こえたが言い返す暇も与えられずそのままズルズルと引きずっていきポイッと投げ捨てるように僕を部屋から縁側へと弾き出す。


「いたた………」


 ぴしゃん、とふすまが締められる。

 いくら僕たちが敵国の人だからってこれはあんまりだ。


「はあ………」


 確かにアレンが思っていた通り先が思いやられる。

 冷たい床を歩いて部屋へと向かった。




***




 翌。

 今日は祝日の為学園は休み。

 何もせずとも時間はあっという間に過ぎていく。


 休みになるのは有難いがそれはそれでやることもないのでイリアと学園の勉強の復習を試みるが躓き一向に解決の道は見えてこない。

 たった数十分しかやっていないが学園ではないということもあり集中力は長くは続かなかった。


 気分転換に日向ぼっこでもしようかと部屋出て縁側に行くとそこには白の衣に緋色の袴を身に纏い、顔を隠す狐面を付けたポニーテールの白い髪の女の子の姿がそこにあった。


(誰だ?)


 もしかしたら俺たちが学園に行っていていない時にいたのかもしれないが少なからずここへ来てから見た記憶はない。


 肩まで衣をまくり露出する白く細い手でバケツいっぱいに入った水を抱えヨタヨタと転びそうな足取りで運ぶ。


 よく見ればここら辺の床一体が湿っている。

 抱えられたバケツには一枚の雑巾がかかっているのを見るに拭き掃除をしていたのだろうか。


 部外者の俺らが何もせずに寛いでるのが悪い気がしてくる。


「手伝おうか?」


 せめてそのバケツを持つくらいは。


「……………」


 だがその子は聞こえているにも関わらず一切反応を見せずスタスタと歩いて行ってしまった。

 やはりと言うか、当然のように嫌われている。

 誰であろうとあまり関係ないかと肩を落とすと、そこへ。


「おいこら灰色」


 突然背後から声が聞こえて振り返ればそこにはいつの間にかシュウガ立っている。


 灰色とはもしかしなくとも俺のことだろうか?


 呼び方が髪色とは極端で分かりやすいがこの場合は多分嫌味みたいな感じだろう。

 言い返しても仕方ないので得にそのことに関しては何も言わず、今し方ここにいたあの子のことを聞こうとするとシュウガの表情に微かな変化があった。

 ただそれはほんの一瞬で消え、変わって相変わらずの不機嫌な口調で「あいつには関わるな」と、言った後にシュウガは縁側から外へ出て行った。


 暇ということもあって手伝いたい気持ちがあるが無視された挙句にシュウガにまでそう言われては仕方ない。

 諦めて縁側に座り、日向ぼっこを始めた。






 ふと目を開くとそこには天井が映る。背中と後頭部には硬い感触が伝わる。

 どうやら寝てしまっていたらしい。それも縁側で、しかも大の字で。


『ねぇ?何を気持ちよさそうに寝てるの?』


と、起きてすぐに機嫌の悪そうなイリアの声が聞こえてくる。

 寝るならばイリアに代わってあげればよかったものをあまりの日向ぼっこの気持ちよさにその考えすら許されず気が付けばこの有様。


「ご、ごめんごめん………ん?」


 怒るイリアをなだめながら体を起こすと毛布が掛かっていたことに気が付いた。

 寝落ちしてしまったくらいだ。自分で持ってきたということはまずあり得ないし代わってもないのにイリアが持ってくるわけない。そもそも互いの意思がなくては代わることは出来ない。


となると後は………。


 シュウガ、は絶対あり得ないとしてそうなると白髪のあの子がかけてくれたのだろうか。


 一体どれほど寝ていたのかすっかり日は落ち始めていて気温も下がる。

 こんなところで寝ていては風を引く。

 正直毛布を掛けてくれたのはとても有難いが………。


「………無視されたし、嫌われてるもんだと思ったんだけど」


 案外そうでもないのか。

 分からないが後で一応礼を言っておこう。


 借りた毛布を畳んでいるとやがて日が落ちて一気に暗くなり始める。

 気温も一気に下がり肌寒さを感じる、それと同時に何となく何かを感じて斜め後ろの方を見た。


『どしたの?』


 感覚を共有されているはずのイリアには何も感じなかったらしく聞こえる声はやや困惑している。

 自分でも何で振り向いたのかよく分からないが何かを感じた。でもイリアが何も感じなかった辺りただの気のせいだったらしい。


 まあいいかと向き直って空を見上げるともう暗い。

 暗い、異様な程に。


 違和感を覚えざるを得ないその暗さに直感が警鐘を鳴らす。何か良からぬものが迫ってきていると、そんな風に。


 次いでその直感が正しいことを告げる。

 パリンと、小さく、それでありながら確かに窓が割れるような、そんな音が耳に入る。


『アレン、聞こえた?』


 イリアにも聞こえたらしく今度は気のせいではないと確信する。

 その音がした方へと足を運べばそこはこの家の玄関で、確かに割れていた。


 ――――


 壁にも床にも面していないその亀裂は不思議な事に空中に出来ている。

 異質な亀裂にゾッと、背筋が凍るような寒気が全身を駆け巡る。

 何だこれと、疑問が頭に過れば次の瞬間には視界がガクンと床に引き寄せられた。


 完全に意識の範囲外で転倒を余儀なくされる。


「―――!?」


 転倒の直後、一閃。

 先ほどまで俺の首があった位置と同じ高さの壁に斬ったような傷が出来上がる。

 首ちょんぱは免れた。転倒した、いや俺を床に引っ張って伏せさせた白髪のあの子のおかげで。


「助かっ――――!?」


 礼を言おうとしたのも束の間、俺と同じように床に伏せる彼女が今度は左側へと引っ張る。

 直後、今度は床に先ほどと同じく斬られたような傷が出来上がる。


「っ………!」


『―――うっ!!』


 今度は完全に避けることは出来ず右腕を掠め。

 掠っただけで大きな切り傷が出来、そこから血が溢れ服に染み込んで床に滴る。

 共有された痛みはイリアにまで行き届き悲痛の声が俺にだけ聞こえた。


 不気味な亀裂はもうないがそこにまだ何かがいる。


 掠ったことによってダメージはあるが血がついたそれを目に捉える。

 刃物だ。

 長い何かに伝うそれを血が教えてくれる。

 そしてそれを持つ透明な何かがそこに居るということを。


 一体何なんだ?


 体を起こしながら透明な何かを睨みつけようとするがやはり俺の血以外に見えるものはなく何もいないようにも思える。

 襲う目的も正体も分からないが二つだけはっきりしていることがある。


 〈異能機具カイス〉の能力を使っていることと明らかな殺意。


 命を狙われている以上戦わなければその先で待つのは死。

 学園とは違い透明なこいつには殺意がある。


 条件は整った。


 ゆっくりと立ち上がりながらポケットに入った俺の〈異能機具カイス〉である指輪を取り出し右手中指に嵌める。

 戦う気を見せる俺に彼女が戦ってはならぬと言いたいのか無言のままぐいぐいと服を後ろに引っ張った。


 そうは言っても〈異能機具カイス〉に対抗出来るのは〈異能機具カイス〉のみ。

 生憎俺が持つ能力は逃げられるような移動系の能力ではない。


 狙っているのは俺のようだがいつ彼女が狙われるか分からない。

 彼女の前に立ちはだかるように立ち手に力を入れる。


 血の付いた刃だけが不自然に平行に倒れた。

 おそらく刃の切っ先をこちらに向けている何かしらの構え。


 勝敗は一瞬。


 緊張が張り詰める長い長いひと瞬き。


 動く―――。

 

 斬られた音が小さく響く。

 速過ぎて目で捉えることが出来なかった。

 気が付けば血で見える刃が真横に薙いでいた。

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