Ep.1-3

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~絶対に嫌だぁぁぁ」


 情けなく泣きじゃくる哀れな声が学園の庭から響き渡った。


 静かにしていれば可愛らしい顔だちの美少年だが今はそれを台無しにする鼻水と涙でぐちゃぐちゃに濡らし子供が駄々を捏ねるように首を横に振る。

 サラサラな赤い髪はぼさぼさで制服の上から黒色のコートのようなものを羽織っている彼は俺と同じクラスメイトのマルク=レイエス。


 イリアの言っていた通り午後の授業は生徒対生徒による一対一の模擬戦闘で昨日惨敗した俺は現在最下位とみなされ、その下から二番目(俺のひとつ上)の彼と戦うことになったのだが――。


「嫌だよ、怖いよ、無理だよ勘弁してよぉ~」


と、このように戦うことを完全拒否していた。


 マルクの友人である他の男子生徒の足にしがみつき一切離れようとせず、構える俺を他所に十数分間このまま時が過ぎた。


 俺と共に聴覚共有しているイリアはこれを聞いて心底嫌そうに、


『うるさい……』


と呟いてた。

 確かに喧しい。

 

 まるで草原かのような芝で埋め尽くされた学園の庭は広大で先ほどまでいた校舎はやや遠くに映る。

 空はちらほらと雲はあれど大半が青空広がる天気のいい、午前中は座学であったこともあり体を動かすには持って来いなのだがそれを全て無に返す声量。


 俺とマルクが一番手なのでこのままでは後の組の時間が削られていく。

 最下位というただでさえ不毛な争いなのに時間を取られる他生徒からは不満が漏れ始めている。


 説得しようにもマルクの友人ですら手をこまねいている様子で話しは進まない。

 手を打たざるを得なくなった教師は俺の勝利(不戦勝)として俺の今日の模擬戦闘は終えた。


「アレンの勝ちとして次のペアいくぞー。次は――――」


「……………」






 既に下校時刻を過ぎた。

 午後の授業は結局あの後やはり俺は一度も戦わずして終えた訳だがそれでは何というか、不完全燃焼が過ぎるので学園の図書へと足を運びイリアと座学の方の復習に明け暮れていた。


 放課後ということもあり誰一人として姿の見えない図書の隅の方にある椅子に腰かけ、昨日と今日知った情報を見直し纏める。イリアは引き続き文字の解読を進めている。


「…………そういえばこの国ってかなり〈異能機具カイス〉の技術が進んでるらしいよ?例えば――」


『ちょっと待って!今ちょー大事なところ!』


 気まぐれにイリアに話しかけてみるが手で書くことも見ることも出来ない今のイリアは脳内で全て完結しなくてはならない。図書に来て翻訳や辞書のようなものを期待したが当てが外れた。イリアには自力で何とかしてもらうしかない。

 俺の言葉を途中で遮りその後の話をは聞くことを拒んだ。


 イリアはまだ忙しそうなので仕方ない、もう少し集中して復習に取り組む。


 そこから少し時間が過ぎた頃、日が沈み始めイリアが結局断念し帰ろうと立ち上がった、それとほぼ同時に閉まっていた図書の扉が開く。

 その音に反応して目を向ければ丁度入って来たその男子生徒と目が合った。


「お前は………」


「?」


 俺とイリアに面識はなかったがどうやらあちらは違うようだ。

 学園にしろ、道中にしろ嫌でも目立つ外見なので一方的に知られているだけかもしれないがもしかしたら同じクラスメイトの生徒だろうか。


「ど、どうも………」


 無言で見つめているのもあれなので会釈をするが全くの無視でため息をついた後に見せびらかすように鍵をチャラチャラと鳴らしながら言った。


「早く出ろよ。ここ俺が締めなきゃいけないんだからさぁ」


「も、申し訳ない」


 若干だが刺のあるその言葉に気圧されながらそそくさと図書から出た。

 俺が先に出て、すれ違う最中睨みつけるような視線を向けられたがそこに敵意というか、あまりいい気はしない視線。


 今朝の出来事も踏まえて関わらない方がいいと出来るだけ足早に去ろうとするが静かな廊下にガチャン、と施錠した音の後に彼の声が続いた。


「少しの間付き合ってもらえるか?」


 確かに聞こえた言葉だったがその意味を理解するには少しの間が空いた。

 何に付き合えばいいのか、それを聞く前に自ら話てくれるがやはりそこには敵意が感じられる。


マルクあいつとは結局戦えず終いであれだろ?俺もそうだ」


 今日のあのことを知っている。

 彼が俺と同じクラスメイトなのはこれで確定的だが妙なことを口にする。その言葉に引き付けられ去ろうとしていた足が自然と止まった。


「俺も、と言うのは?」


 この人も誰かと戦えなかったのだろうか?


 どうりで俺もイリアも見覚えがない。

 クラスメイトの大半を覚えているわけではないが今俺に話しかけている彼は髪色こそリディアと同じような金色だが瞳の色は夕日が浮かぶような赤みがかった橙色で初めて見る色だ。

 普段からそうなのか目は鋭く細められ、百七十近くある身長にも負けず劣らずの背負われた片手直剣はお世辞にも良いとは言えぬほど歪な形をしていて、刃を収めることが出来ない為か鞘はなく剥き出し。


 全く持って知らないと言うことが悟られたかチッ、と舌打ち混じりでまずはと自己紹介から始めた。


「お前と同じクラスのガルシア=サイラス、今日はフィルディナントが授業を蹴ったから俺の対戦相手はいなかった」


 フィル………知らない名前だ。


「だから俺と?でも俺は順位的に低いし勝手に戦ってもいいのか?………」


 戦えないっていう程ではないのだろうけれど教師も見ていないところで勝手に始めてもいいのだろうか。それで今朝は止められアストロガーと共に説教をされたが。


「気にもしていないのだろうが〈異能機具カイス〉という力を所持しているこの社会でいつ戦闘になるかもわかったもんじゃない。模擬戦闘と同じ形式かつこのマークが貼られているところならばどこで戦おうが問題はない」


 このマーク?


 ふと視線をガルシアが指差した方に向ければそこには壁と一体化した何かを現すマークがあり更に小さな張り紙があった。

 張り紙に関しては何て書いてあるのかは知らないがそのマークの形と肩から剣を降ろし構えたガルシアの様子を見て察した。


「剣を抜けよ。それともまた本気を出さずに戦うつもりか?」


「!!」


 ガルシアが大きく一歩を踏み出した。


 唐突に始まってしまった模擬戦闘。

 虚を突かれる形になったがガルシアの言う通り、いつ戦闘が起きてもおかしくないこの世の中では対応力も必要だろう。ただしひとつ懸念すべき点がある。


(授業の模擬戦闘と同じルールか………)


『アレン、代わる?』


 イリアから提案。

 だが何となく、これは本当に何となくだが俺のまま戦った方がいい気がする。それと既にガルシアはすぐそこまで迫ってきている。


(いや、このままでいい)


 イリアに応答すると共に後ろに一歩下がる。

 ガルシアの間合いに入らないよう距離感の調節を心掛けると同時に〈異能機具カイス〉を装備する時間を稼ぐために。


 結論から言って、それは悪手だった。


 間合いは完璧に保っていたつもりだったがガルシアのその歪な剣が横なぎに振られたと同時に急変。歪な刃の部分が流れるように変形して大きな手のひらのような形になって俺のことを押した。


「………!?」


『アレンっ!!』


 急なその手に俺はなすすべなしに壁際まで押されそのまま背中から壁に叩きつけられる。


「ぐっ………!」



 能力はだいたいが初見殺しだがこれもまさしくそうで能力的にはリディアと似ているがリディアのはブレードだった。それに比べ彼のは剣自身が伸び、自在に形を変形させるが攻撃力というよりも応用力が高い〈異能機具カイス〉のようだ。


 大したダメージにはなっていないがこれで俺の負けが確定した。

 だが一向に解放しようとはしない。


「この程度なのか?それともいきなりだったから油断でもしたのか?」


 何を言っているのか、よく分からない。

 戦闘となった以上負けるつもりはなかったが学園の教師が示す俺の順位は最下位。そんな奴を相手に何を言っているのか。


 確かに分からない。

 ただし、その目は。会った時から向け続けるその敵意の目、よく理解した。


 いつも初対面の時に懸念していたこと。


「その髪もその瞳も。俺の知るそいつらは女子供誰であろうが容赦はなかったがお前は大層お優しいことだな?」


 こいつは、ガルシアは恐らく俺の種族に身内を殺されているのだろう。


 夕日のような焼けるその瞳は怒りの色。

 ガルシアが俺に向ける目は敵意なんて生ぬるいものではなく殺伐とした殺意へと変貌している。


 一歩一歩近付き俺の目の前で強く、強く拳を握る。


「何でお前が、敵国のお前がこの国でのうのうと闊歩しているッ!?」


 雷鳴のような叫び声だった。


「ヘラヘラと武器も抜かず能力も使わずに、ふらりと学園ここへ現れて、からかいにでも来たのか!?」

 

 何も言い返す言葉も、権利もない。


「失うということを知らないからそんな風にいられるんだろ!?」


 俺もイリアもただ項垂れて聞いていることしか出来ない。

 確かに逆の立場なら俺も激怒していたかもしれない。殺意を向けたかもしれない。


 そんな無抵抗な俺に余計彼を刺激してしまったようだ。

 俺のことを解放するとまた距離を取って構え直した。


「これじゃあ弱いものいじめだ。次はお前からかかって来いよ。お前から攻撃するまで動かないでいてやるからよ」


 国から認められこの学園に通っている以上殺すことは出来ないと分かっているから真っ向から戦ってぶっ潰したいのだろう。


 だから俺は敢えてつけようとした指輪を手に握り締めたまま一直線に突っ込んだ。

 手を抜いた、と思われるだろうか。踏みにじったと思われるだろうか。

 それでもこうする他ない。


 ただの直進とその推進力を合わせたパンチなど容易く見切られ俺が寸止めするまでもなく返り討ち。足を掛けられ仰向けの状態で地面に叩きつけられた。


 ガルシアは俺に馬乗りになる形で睨みつける。


「このっ…………お前!」


 やはり戦おうとしていない、と見られた。当然だが。

 怒りで顔は赤く、呼吸も荒く食いしばる歯はギリギリと鳴らす。


 強く握られた拳を振り上げた。そして、


 ガッ、と鈍い音がして俺の左頬にはジン、と痛みが走る。


 殴った後の余韻が続いた。

 俺もガルシアも凍り付いたようにそのままピタリと止まって長い長い数秒が過ぎ去ってようやく動いた。


 先に動いたのはガルシアでダランと力が抜けたのか虚ろな表情を浮かべ俺の上から退いた。

 ふらふらと立ち上がる彼からは殺意が消えていたが怒りの灯は微かに感じる。

 剣を背負い直しスタスタと背を向け歩き始める。


 最後に去る間際に言い残す。


「いきなり吹っ掛けて悪かったな。それと殴って………」


 ガルシアが去ってそこから更に数十秒は廊下に大の字で仰向けになったままで過ぎる。体よりも先に動いたのは脳。そして口。


「大丈夫だったか、イリア」


『僕は何とも………でもアレンは――』


「そうだな、失うことを知らない……か」


 なぜか、いや理由など分かり切っているが殴られたところよりも胸が痛んだ。

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