Ep.1-2
俺が敵国の人種であるからか、そもそも声をかけたのが気に食わなかったのか。はたまたその両方かあるいは別にあるのか。
その真意は分からないが鎖による攻撃と睨みつける瞳には明らかな怒りが見える。
いきなりの攻撃を避けられたのは運が良かっただけで次の攻撃を避けられる自信はない。こちらに攻撃の意思がどうあれ関係なく、巻き取られる鎖を見てまた先ほどと同じかそれ以上で攻撃が来る予感。
『危ない!』
イリアの警告が脳内に響く。
直接聞こえるイリアの声の方がわずかに速いが感覚的にはほぼ同時。
完全に巻き取られずに強く引かれた鎖は地面を擦るのを止め宙に浮いた状態で男子生徒の後方へと舞う。
そこから再度俺がいる方へと引っ張られ前方へと弾き出される鎖は風を切り顔面へ目掛けて飛来する。
「………うっ!?」
ナイフの刃が掠め頬は赤く線が出来上がりそこから血が流れ出る。
目で捉えることは出来たが体を逸らすまでには至らず鎖は頬を掠めてまた壁に突き刺さる。
外した?
避けられなかったが直撃せずただのかすり傷で済んだ。
運がよかっただけだと思っていたがそれだけではなく、男子生徒は先ほどから目をごしごしと擦ってはぶつぶつと小さな声で何かを呟き、顔色は悪く険しい表情を浮かべていた。
それに助けられた。
(この人、大丈夫なのか?)
『そんなこと考えてる場合じゃない。やっぱり使った方がいいよ』
見るからに体調が悪そうだがイリアの言う通り今まで二回とも攻撃が直撃すれば深手を負っていた。また次も同じように外してくれるとは限らない。
このまま抵抗せずいればどうなるか分からない。
急いでポケットに手を突っ込んで〈
俺が持つ〈
(よし、これで………)
その時だった。
「何をしている!?」
第三者の怒鳴り声が教室の外から響き渡る。
思わぬ声に驚いた俺はそのままピタリと動きを止め、同じように男子生徒の動きも一時停止した。
怒鳴り声が聞こえてすぐにドカドカと大きな足音を立てて入ってくるのはこの学園の教師と思われる中年の男。
何かの作業途中だったらしく片手には数枚の書類とペンが握られもう片手で眼鏡をくいと上げる。
眼鏡越しに、対峙する俺と男子生徒を交互に見て何となく状況の理解が出来たのか更に声を張った。
「朝から何をしていると思えば……特にアストロガー!貴様は何度問題を起こせば気が済むんだ!?」
こちらに牙が向くと思いきやアストロガーと呼ばれた男子生徒へ集中砲火。
中年の教師の言葉から察するにアストロガーの行動は問題視されることが多いらしく度々指導をくらっているようだ。
怒りが納まることのない中年の教師の説教がアストロガーを余計に刺激しているがお構いなしに怒鳴り続ける。
(正直助かったけど……)
このまま去ることは出来ないため突っ立ってただ待つしかない。
『せっかく早く来たのに裏目に出たね』
ひとまず危機は過ぎ去ったとイリアはため息をついた。
声に出さずイリアと会話していると説教を終えたのかアストロガーは堂々と大きな舌打ちをしながら教室を出て行ってしまう。
今後因縁を吹っ掛けられなければいいが。
去る彼を後目にそんなことを思っていると今度はこちらに矛先が向いた。
「君も君だ」
「へ!?」
「全くもともと厄介だというのにわざわざ首を突っ込んで………昨日は遅刻したと聞いたが今日早く来た思えばこれかね。先が思いやられるな」
『………………』
アストロガーの時とはうって変わって俺に説教する時は怒鳴ることはないがねちねちと昨日のことまで引っ張り出し嫌味を棘のある言葉で地味に刺してくる。
イリアは無言だがその言われように怒っている。
多分この教師は何があったのか理解していないのだろう。
完全な被害者だと思うのだが俺が先に手を出したものだと思っているらしく、傷があるのには目もくれずにその後もねちねちと愚痴に近い説教が続いた。
何度も同じようなことを言うものだから飽きて少し目を泳がせれば「ちゃんと話を聞きなさい!」とまた怒る。
(俺、この教師、嫌い)
『さっきの生徒よりも厄介じゃん………もう』
イリアは心底嫌そうに。
当然俺も呆れていた。
やがて教師も愚痴るのが飽きたのか唐突に終わると最後に俺へ忠告を促した。
「いいか、これ以上あいつと関わるんじゃない。分かったね?」
「………」
「返事!」
「………はい」
最後の最後まで面倒な教師だった。
言われなくともこの教師含めて今後関わりたくない。
ただ声をかけただけなのにここまで大きくなるとは想定外だ。
自分のことだけじゃなくこれからは話しかける相手もよく考えた方がよさそうだ。
***
時刻は昼休み。
アレンは僕と交代する。
説教されたあの後、少し経てば授業が始まる。
来た時はアレンとアストロガーと呼ばれた男子生徒しかいなかった教室も時間が経つにつれ最終的には数十人のクラスメイトで賑やかになるがそこにアストロガーの姿はなく、授業が始まっても姿を見せることはなかった。
他人の心配をするのはそこまでで、いざ授業が始まると文字が読めずに大苦戦。
昨日から知ってはいたこと。でもこればっかりはどうにもならない。
助けを求めようにも求められる人はいるはずもなく、教師が言った言葉を聞き逃さないようアレンはすごく頑張っていた。
その間に言葉を聞く中で暇な僕が自分なりに解読を試みたがまだまだ先は見えそうにない。
こんな調子で午前中の座学の授業があっという間に終わったのがついさっき。
昼食を取る時間になるも持ってきてないので人気のない場所を探すと屋上がそうだった。友達のひとりもいない僕たちにピッタリで視線を気にせず羽根を伸ばせる。
屋上は常に風が吹いているがまだこの季節は太陽が出ている時間は暖かく、昨日と同じく今日も寒いだろうと思って長袖を着て、更に薄い上着を着てきたが今はむしろ暑い。
袖をまくって屋上の柵に寄りかかりながら青空を見上げた。
「お腹減ったねー、アレン」
先ほどから僕のお腹は鳴りっぱなしだ。
『そうだなー、早くもダミさんの手料理が恋しくなってきたなぁ』
「ああもう、思い出させないでよ。余計にお腹減るじゃん」
アレンに話を振ったのが間違いだった。
美味しそうな料理を想像したためか腹の虫が我慢できずより大きな音を鳴らす。
その瞬間に力が抜けた気がした。
そんな時にバゴンッ、と屋上と校舎最上階をつなぐ階段へと続く扉が勢いよく開かれた。
あまりにもいきなりだったので体を一瞬ビクリ、と震わせ心拍数が上がる。
反射的にその方へと目を向けるとその扉を蹴っ飛ばして開けたのだろう、片足を上げて立つ男子生徒の姿が一人そこにあった。
(何事!?)
『あ、あれって……』
アレンがその人を見て何かに気が付いた。
僕も目をよく凝らして見てみるとその人物に見覚えがあった。
背の高い体に青く短い髪。名前はそう、アストロガー。
「げっ」
その人が僕に鋭い目を向けていた。
「あ?」
相変わらず不機嫌そうなしかめっ面をしているアストロガーは僕の存在に気が付くと眉を顰めて声を漏らす。
僕とアレンが同一人物だと知っているのはリディアだけだが髪色が同じなので今朝アレンと会っているアストロガーは多分関係者的な何かと察しているはず。加えて今僕は私服で制服ではないため部外者として映るだろう。
(ど、どどどどどどうしようアレン!?)
ここは屋上。逃げ場は一か所しかなくそこに今アストロガーがいるため去ることは出来ない。
また急に攻撃される未来が見える。
『………頑張れイリア』
他人事のアレン。
(え、ちょ……)
狼狽える僕にアストロガーはすたすたと歩いて近付いて来る。
後ろに下がろうにも柵で阻まれ下がることは出来ずそのまま立っていることしかできない。
(こうなったらやるしか………)
近付いてきて一向に攻撃はしてこないが何度も今朝の出来事が過る。
僕はいつでも迎撃できるよう構えるが既にアストロガーは目の前だ。
(…………)
緊張の一瞬。
ついにアストロガーは腕を上げた。
(………!)
が、ポンッ、と優しく手を僕の頭の上に乗せた。
「兄貴か、姉貴か忘れ物でも届けに来たのか?驚かせて悪かったな」
ダルそうで不機嫌そうな声だがそれだけ言うとくるりと背を向け来た方へと戻っていく。バタンと扉を閉めその後は戻って来ることもなくまた僕たちだけの貸し切り状態へと戻った。
「…………えっと」
何が起こったのか頭の整理が追い付かないが取り敢えず攻撃されず無事であることは理解した。
今朝攻撃してきた理由も未だ分からないが今回見逃された理由もよく分からない。ただ何も起こらず無事であることにホッと息を吐いた。
「はぁー………」
何もしてないのに物凄く疲れた。空腹など忘れてしまうぐらいに。
気分を変えるため午後の授業についてアレンにひとつ提案をする。
「そういえば午後は模擬戦闘だって言ってたね。それのことなんだけどさ………」
『うん?』
「僕が戦おうか?」
対するアレンの答えは拒否。
『さすがに授業中代わるのはなぁ、いくら自分の力とはいえ………』
僕とアレンが二重人格で性別すら違う、これを知る人はほとんどいない中でやるのは確かにどんなことを言われるか予想もつかない。
でも、座学の成績が悪い以上模擬戦闘くらいで良い成績を残さなければまずい。
それに。
「アレンの能力は…………」
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