Ep.1-1
「初めまして。僕はアレンとは別のもう一人の人格、イリア」
固まるリディアの瞳に映る僕はアレンとは全く違う姿をしている。
アレンよりも小柄な体躯に腰まで伸びる灰色の髪、服は学園の制服ではなくオフショルダーの黒シャツにミニスカート。
見た目の通り僕は女の子だ。
リディアの弟が言っていた「おねーちゃん」とはアレンではなく僕のことだ。
僕の姿を見て自分の中の記憶と一致したのか僕に指差していた。
そんな姿を見て僕は同じぐらいの目線まで中腰になって笑いかける。
「昼間ぶりだね」
正面から見た顔はリディアとどこか似ていて髪や瞳の色も同じ。それでも髪や瞳の色はこの国では多く見るため言われなければ気が付かない。
それこそ僕たちの方は異質だ。
子供でも一度見れば忘れることのない嫌われた色。
まだ幼いリディアの弟には理解出来ず助けたからか僕を見る目はヒーローのような憧れの眼差し。
普段では考えられない目の向けられ方に嬉しい反面、きっとこの子も知る時が来るのだろうと思うと寂しさが込み上げてくる。
そんな複雑な心情など知らず、すっかり懐いてしまったリディアの弟。僕へ飛びついてきては一向に離れようとはせず、手を握っては引っ張った。
「あそぼっ!あそぼっ!」
「え?」
遊ぶの?と躊躇うそんな僕に言った。
「だってねーねのおともだちでしょ?あそぼ!」
その時、今まで固まっていたリディアが微かにビクリと震えたのを僕は見逃さなかった。何も知らない弟は姉が友達を連れてきたのだと勘違いをしているが実際は。
リディアの顔は青ざめていた。
得体の知れない敵国のそれでありながら二重人格という異質な存在。
それが今まで関わって来た人たちのアレンと僕に関する主な感想。
どうしたらいいのか困惑するリディアは何かを言いかけるがそれを遮って僕は適当なことを言う。
「………と―――」
「僕は陰から守る秘密のヒーローなんだ。だから今は遊べない。それと……」
本当ならばどれほど良かっただろうか。
そう思いながら人差し指を口元に当てて。
「僕と会ったのは秘密だよ?」
子供の真っ直ぐな心を利用した酷い酷い嘘。
あっけなく騙されてしまうリディアの弟は目を輝かせながら何度も何度も頷いた。
心が抉られるような痛みに耐え、逃げるように背を向ける。
「道教えてくれてありがとう。後は自分でどうにかするよ」
今度はリディアへ。
何か言いたげな表情を浮かべているがあえてそれは聞かず僕は歩き出した。
日が沈み急激に増す暗さと寒さ。
一斉に付き始める街灯の光が暗い道を照らす。
「ごめんね、アレン」
ひとりぼっちで歩く僕は誰もいない虚空へ言葉を溢した。
『んー?』
間の抜けたアレンの返事が返って来る。
僕とアレンは二重人格であるが互いが互いに意思の疎通も出来れば、見えるし聞こえている。
それを遮断することも出来るがあまりしていない。それは今日も例外ではなく。
なので当然アレンは先ほどのリディアとのやり取りも見ていて、聞いていた。
アレンには申し訳ないことをした。
『まあ、仕方ないよ』
がっかりしていることだと思っていたが案外素っ気ない。
それよりも、と続ける。
『これからどうやって帰ろうか。どこに行けばいいんだか………』
「ご、ごめん………」
何からなにまで。
リディアだけが最後の手綱だったのにそれを切ってしまったのは僕の判断。
アレンは気にしてないと言うがこのままでは文字通り帰れない。
『ひとまず交代しようイリア。その恰好だと寒いでしょ?』
「………うん」
***
昼間はまだ夏の残った暑さがあったが日が沈めばそれも嘘のように消え去る。
よくイリアはその中で肩を出して歩いていたものだ。
イリアと交代して早数時間が経過している。
俺は適当なところを歩いては知りもしないところを探して彷徨う。
空には月と星が光り輝いている。
「どうしようかな」
綺麗な星空を見上げながら途方に暮れる。
適当に歩いたことが仇を成し暗くなるにつれどこから来たのかすら分からなくなってしまった。
最悪野宿と言う言葉が頭に過る。
こんな寒い中での野宿などお断りしたいが帰れなくてはそうする他ない。
そろそろ諦めようかと思い始めた頃、白くなるため息をつくと同時に背後から声を掛けられた。
「こんな時間まで何をしてんだ?」
気配もなく現れたその声にバッ、と勢いよく振り返った。
振り返った先にいるのは街灯の光に照らされた一人の二十歳過ぎ程度の坊主の男。始めは街の巡回兵などかと思っていたが服は甚平に履いているのは下駄とどうやらそういう類の人物とも違う。
でなければ近所の住人だろうか。
深夜に学生が徘徊していると不審に思ったのかもしれない。
坊主の男の声には若干の怒りが混じっていた。
「こんな遅くまでウロウロしやがって。一体いつになったら帰るつもりなんだ?」
「………帰ろうとはしたんですけど、どこか分からなくて」
「はあ?」
運が味方をした気がする。
学園では兎も角、一般人が俺と関わりを持とうなどするはずもない。ここへ辿り着くまでに何人かとすれ違ったが皆決まって無視か曖昧な返事で誤魔化され会話にすらならない。
この人を逃したら最後だ、と俺は必死になって事の顛末を説明した。
一通りの説明を終えて、後は目的地までの道を教えてもらえるかが問題だがその懸念は完全に杞憂だった。
「………なんだよそういうことかよ」
話を聞いて男は深くため息をついた。やれやれと首を振りながら。
男は続ける。
「ならもういい、案内してやるから着いて来い」
いまいち状況が呑み込めないがどうやら道は教えてくれるらしい。
やっと!と思いつつもこれまでの人の反応からしてここまで人が良いと若干怪しくなってくる。
あまり見ない恰好も相まって素直についていくことは出来ず、どうしようかと考えている俺に男は言う。
「物分かりが悪いな。俺が監視役兼親代わりの者だ」
「え!?」
『え!?』
これには俺もイリアもびっくり。
それはまあ当然と言えば当然で監視というぐらいだから常に姿を見せず陰から見張り、親代わりというのも都合上の名前だけのものだとばかり思っていた。
つまりは監視しながらも一向に帰ろうとしない俺を見て迎えに来てくれた、ということだろうか。
親代わりという言葉に幼い頃から両親がいなかった俺は思わず嬉しくなってテンションが上がる。
「これからどうぞよろしく!」
握手のつもりで突き出した俺の手を男は払いのけた。
「勘違いするな。立場上面倒は見るが慣れ合うつもりはねぇよ」
鋭く、細くなる目が俺を睨みつける。
最後に「とんだ貧乏くじだ」と吐き捨てくるりと背を向けた。
俺たちに向ける目はやはり誰であろうと変わらない。
「そりゃあまぁ………そうだよな」
期待しただけに少し残念だがこれが普通だ。
リディアもこの人も。
俺たちと仕方なく関わってしまっただけで実際は皆同じ。
どんどん先へ行く男の後を俺はトボトボと肩を落としてついていった。
翌朝。
昨日は学園に大遅刻して行ったのでその反省点を生かし今日は登校の二時間前に起床した。
着替えた制服の上から白黒の羽織りを上に着て剣を手に持ち忘れ物がないよう準備を念入りに済ませる。
出発前になって昨日案内してくれた男―シュウガから貰った地図を頼りに歩いていくと案外距離は近くてすぐに辿り着いてしまった。
時間にかなりの余裕を持って出たために教室内には誰もいない。
遅刻するよりはマシだがこれでは暇だ。
俺以外に誰もいない教室で座りながら何しようか考えていると誰かがこの教室へと足を踏み入れた。
(お、クラスメイトかな?)
まだいまいちクラスの顔と名前を把握していないため見ただけでは分からないが制服も着ているし恐らく生徒。
高い身長に青い短い髪の男子。
このままでは退屈なので話しかけようかと思ったが昨日のことを思い出す。
それを考えると話しかけてもいいのかどうか、答えてくれるかどうかと心を挫く。
だがこのまま話しかけずに気まずい空気で二人でこの教室に居座る方がキツイ。
それに可能性は限りなく低いがもしかしたらがあるかもしれないと意を決し話しかけてみる。
「おはよう、俺はアレン。よろし―――!?」
咄嗟に体を横に倒した。
その僅か一瞬の後、俺の頭があった位置に何かが高速で通過する。
「っるせぇな……」
その男子生徒の手に握られているのは目の細かい鎖。先には小さなナイフが付いてあり壁に突き刺さっていた。
(な、何だこいつ!?)
俺は急いでその男子生徒から距離を置くと男はその間に刺さった鎖を引っ張って抜いた。
床にじゃらり、と音を立てて垂れる鎖を手で巻き取りながら殺意にまみれた表情が俺を睨みつけていた。
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