『次は終点───…』




到着まで後わずか。


始発のこの時刻、しかも山奥の停車場行きのバスに乗り合わせる乗客などほぼいない。



必ず同時刻に乗車する、彼を除いては────…







私の名は、蓮村はすむら 真幸まさき

かれこれ10年以上、バスの運転手をやっている。

因みに独身。




36にもなって未だ独身な理由は、見てくれ云々では無い。


これでも同僚と飲み屋に足を運べば、大抵女性に声を掛けられるし。恋愛歴も多くはないが、人並みに経験くらいはあった。





ただ、興味が無いだけ。

本気で人を愛した事が無いからなのかもしれないが…


色恋沙汰に関しては、かなり無欲だった。






独りきりの人生も悪くない。

長男でもないから、親はとっくに諦めてくれてるし。

今更縛られるなんて無理な話だから。




そんな刺激のない毎日に、思ってもみない変化が訪れた。








いつも担当する路線。

バスターミナルから出発し、煌びやかな飲み屋街を中継停車。


ちらほらと乗車するのは、

今し方仕事を終えたばかりの、水商売の派手な雰囲気の乗客達。




次々に高級なマンション付近で下車していく同業者に対し。山奥の終点まで必ず残っているのは…


一際目立つホスト風の男。





一番後ろに陣取り、長い足を組んで佇む様はどこぞの御曹司かのように様になっていて。


簡潔に表すなら、格が違うというか…とにかく格好いい。




ホストなんてチャラチャラした職業を思わせる風貌も。彼がするとしつこくないと言うか、寧ろ気品さえ感じられるくらいに…


目を引く存在感を放っていた。







私が彼を意識し始めたのは、単に容姿に限った事ではなく…



それは今も捨てられずにいる、


一通の手紙の所為だった。









『どうぞ。』


ある日、初めて聞いた彼の声に弾かれれば。


大きな手によって差し出された、

白いシンプルな便箋。





『え…?』


戸惑う私に、彼は柔らかな笑みを湛え、





『…アナタ宛てですよ。』


そう告げて、ハンドルに添えていた私の手を優しく取り。手紙を渡すと…バスを降り立った。







『またね。』


バスを出す際、

チラリと盗み見た彼とバッチリ目があって。


そう、彼の唇が告げ…手を振られた。










─────拝啓、蓮村 真幸様



突然の事で驚かせてしまい、申し訳ありません。

名前は名札で知りました。



初めて出会った日から、僕は恋に落ちました。


勿論、貴方に。




気を害されるかもしれませんが、僕は本気です。



貴方の姿、声、仕草。

全てに惹かれ、思わず筆を取りました。





もっと、貴方が知りたい。

きっと今より好きになれる。



そして、貴方も必ず僕を好きになるから。




また、明日この場所で。




──────新垣あらがき とおる







若い頃はよく、

女みたいだと馬鹿にされた事もあったが。

この年にもなると、流石に間違われる事も無くなっていたのだけど…。





(いや、明らかに解っているだろう…。)



きっと、酔狂なホストの暇つぶし。

私の反応を見て面白がってるに違いない。


でも────…






(キレイな字…)


容姿も美麗なら、綴る字体も秀逸。


癖も少なく、

お手本にしたいくらいにキレイだったから。







(今日も見てる…)


気になって、仕方ない。





あの手紙以来、

彼からはなんの音沙汰も無いものの。


ほぼ毎日、始発の…いつもの時間。

乗車する彼は、あからさまに私を見ていた。








(何を考えてるんだ…。)



意識し過ぎかもしれない。

だが、それも仕方ない。


相手は男。

ましてや自分は、くたびれた中年のバス運転手。




裏の世界じゃ、男も女も関係ないのかもしれないが…

自分に好意を寄せる意味が解らず、理解に苦しむ。





なら、相手にしなければいい。


無視をしていれば、

そのうちこのくだらない遊びにも、すぐに飽きてしまうのだろう。





なのに彼の瞳は、常に私を映して離さない。



ただの遊び。

ならばあの熱視線の正体は、



なんなんだ…。








『…次は終点────…』



無人の停留所にバスを停車すれば…






「ッ…────!?」



いつの間にか目の前に佇む、新垣 透と言う男。






「蓮村サン…」



いつ聞いても低く妖艶な声音が、私の名を呼ぶ。




天井につきそうなくらいの長身で見下ろされ。

思わず圧倒され私は、言葉を失った。







「コレ、どーぞ。」


無言の私ににっこり微笑んで、差し出してきたのは────…







「野菜…?」



狼狽える私を気にもとめず、

ハイと渡されたビニール袋の中には…土まみれの野菜達。


眉間に皺を寄せて、それを凝視すれば。




「自家製無農薬です。美味しいですよ?」


と…答え、微笑み。

返事する間もなく新垣は、優雅に下車して行った。






野菜を手に固まるも、今は勤務中。

すぐ平常心を取り戻して、バスを発進させた。






『またね、蓮村サン。』



ウインクに、人差し指で投げキッス。


こんな仕草が許される人物は、そういないだろうが…オジサン相手に何を考えてるんだ、彼は。






(はぁ……)



蓮村 真幸 36歳。

ここまで他人に翻弄されたのは…


初めてかもしれない。


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