「やっぱりこの時期が一番キレイだなぁ~。」


鏡のように輝く月を仰ぎ、円サンが感嘆の声を上げる。


その度に耳がぴょこぴょこと揺れて。

俺の心は密かにざわついていた。



「そう、なんですか…?」



気を紛らわすよう、俺も円サンの隣り…ベランダの手すりに片手を乗せ。夜空に一段と映える満月を見上げる。







「うん。オレの家じゃね、兄ちゃんが何かと友達連れて来てはドンチャン騒ぎでさ。この時期になるといっつもお月見に便乗して大宴会に────…って、昴クン?」



神秘的な光りを放つ、青白い月の所為だろうか?

円サンの声に耳を傾けながらも、しんみりとした気持ちに陥り。俺の心は遥か上空へと捕らわれてしまう。


それに気付いた円サンは、言葉を中断させると。

俺の顔を覗き込むようにして見上げてきた。






「どうしたの…?」


こうして、たまに想い耽る俺を認めると。

円サンは決まって寂しそうに表情を曇らせてしまう。


いけないと解っていたけれど。

円サンに会う前と今とじゃ、あまりにも生活が一変してしまったから…



つい無意識に、浸ってしまう時があるんだ。







「いえ、月ってこんなに綺麗だったんですね…」


心配かけまいとする俺の想いが、伝わったんだろう。


敢えて円サンはそれ以上の追求をせず、暫く無言で見つめ合った後…。

ふわりと笑いながらまた、ゆっくりと視線を空へと戻した。





人々が暮らす生活音、

自動車がアスファルトを蹴る音…


静けさに身を任せれば聞こえてくる、

秋を歓迎する虫たちの歌声。







「そうだよ…だからね、昴クンと一緒に見ようって決めたんだ。」



今夜はきっと、

今まで見た中で最も綺麗な満月だから…と。



月光に照らし出された円サンの頬は。

ほんのりと赤く、染められていた。








「…そだ!昴クンもソレつけてよ~!」


照れ隠しのタイミングで、

思い出したように話題を変えた円サン。



ソレと言うのは、未だに俺の手中にあるこの…

の事のようだ。







「え…俺も、ですか…?」



円サンのようなタイプの人間なら、抵抗なんて全然ないんだろうけど…


さすがに俺は…キャラじゃないと言うか。

こんなファンシーなアイテムをつけたところで、絶対似合わないと思うんだけど…。



そんな意味も込めて、目で訴えてみたが────…






「お願い~!……ね?」



愛する人に、こんな可愛い格好でおねだりされたら、

拒める筈がなく。







「……これで、いいですか…?」



渋々手にした“トラさん”を、自分の頭へと装着すると。






「ふははっ…昴クン似合い過ぎ!スッゴく可愛いんだけど!」


「…円サンのが似合ってますよ。」


恥ずかしさのあまりいたたまれず、眉間に皺を寄せる俺。


吹き出した円サンはゴメンと謝るけれど…。

全く悪びれた様子はなく、口を押さえ必死で笑いを堪えていた。



隠してるけど。目、ガッツリ笑ってますよ…







「はぁ~楽しいねっ、お月見!」



外しちゃダメだよ?…と念押しされ。

仕方なく虎と兎に扮したまま、奇妙なお月見を再開する。



度々起こる円サンの突飛な行動には、

随分と驚かされてきたけど。


自分では思いも寄らないような、

サプライズだらけの毎日に。



心踊らせ、満たされていく感覚を、

ひしひしと思い知るんだ。







「…て言うか、なんでこんなモノを買って来たんですか?」


ウサギはまだ解るとして。


虎に行き着いた発想が、

イマイチ理解出来なかったのだけど…






「月と言えば兎でしょ~?虎さんはね~、昴クンに似合うかなって思って。」



本当は黒豹が俺のイメージだったらしいのだが…。

探し回っても全然みつからなかったんだ~と、余談を語る円サン。


どうやらのために、お店をハシゴしたらしい…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る