②
「やっぱりこの時期が一番キレイだなぁ~。」
鏡のように輝く月を仰ぎ、円サンが感嘆の声を上げる。
その度に耳がぴょこぴょこと揺れて。
俺の心は密かにざわついていた。
「そう、なんですか…?」
気を紛らわすよう、俺も円サンの隣り…ベランダの手すりに片手を乗せ。夜空に一段と映える満月を見上げる。
「うん。オレの家じゃね、兄ちゃんが何かと友達連れて来てはドンチャン騒ぎでさ。この時期になるといっつもお月見に便乗して大宴会に────…って、昴クン?」
神秘的な光りを放つ、青白い月の所為だろうか?
円サンの声に耳を傾けながらも、しんみりとした気持ちに陥り。俺の心は遥か上空へと捕らわれてしまう。
それに気付いた円サンは、言葉を中断させると。
俺の顔を覗き込むようにして見上げてきた。
「どうしたの…?」
こうして、たまに想い耽る俺を認めると。
円サンは決まって寂しそうに表情を曇らせてしまう。
いけないと解っていたけれど。
円サンに会う前と今とじゃ、あまりにも生活が一変してしまったから…
つい無意識に、浸ってしまう時があるんだ。
「いえ、月ってこんなに綺麗だったんですね…」
心配かけまいとする俺の想いが、伝わったんだろう。
敢えて円サンはそれ以上の追求をせず、暫く無言で見つめ合った後…。
ふわりと笑いながらまた、ゆっくりと視線を空へと戻した。
人々が暮らす生活音、
自動車がアスファルトを蹴る音…
静けさに身を任せれば聞こえてくる、
秋を歓迎する虫たちの歌声。
「そうだよ…だからね、昴クンと一緒に見ようって決めたんだ。」
今夜はきっと、
今まで見た中で最も綺麗な満月だから…と。
月光に照らし出された円サンの頬は。
ほんのりと赤く、染められていた。
「…そだ!昴クンもソレつけてよ~!」
照れ隠しのタイミングで、
思い出したように話題を変えた円サン。
ソレと言うのは、未だに俺の手中にあるこの…
トラ耳の事のようだ。
「え…俺も、ですか…?」
円サンのようなタイプの人間なら、抵抗なんて全然ないんだろうけど…
さすがに俺は…キャラじゃないと言うか。
こんなファンシーなアイテムをつけたところで、絶対似合わないと思うんだけど…。
そんな意味も込めて、目で訴えてみたが────…
「お願い~!……ね?」
愛する人に、こんな可愛い格好でおねだりされたら、
拒める筈がなく。
「……これで、いいですか…?」
渋々手にした“トラさん”を、自分の頭へと装着すると。
「ふははっ…昴クン似合い過ぎ!スッゴく可愛いんだけど!」
「…円サンのが似合ってますよ。」
恥ずかしさのあまりいたたまれず、眉間に皺を寄せる俺。
吹き出した円サンはゴメンと謝るけれど…。
全く悪びれた様子はなく、口を押さえ必死で笑いを堪えていた。
隠してるけど。目、ガッツリ笑ってますよ…
「はぁ~楽しいねっ、お月見!」
外しちゃダメだよ?…と念押しされ。
仕方なく虎と兎に扮したまま、奇妙なお月見を再開する。
度々起こる円サンの突飛な行動には、
随分と驚かされてきたけど。
自分では思いも寄らないような、
サプライズだらけの毎日に。
心踊らせ、満たされていく感覚を、
ひしひしと思い知るんだ。
「…て言うか、なんでこんなモノを買って来たんですか?」
ウサギはまだ解るとして。
虎に行き着いた発想が、
イマイチ理解出来なかったのだけど…
「月と言えば兎でしょ~?虎さんはね~、昴クンに似合うかなって思って。」
本当は黒豹が俺のイメージだったらしいのだが…。
探し回っても全然みつからなかったんだ~と、余談を語る円サン。
どうやらコレのために、お店をハシゴしたらしい…
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