第151話




 神獣の居る大神殿から王城の自室に戻ってきたクラウディウスは、長椅子に座り、もう何度も読んでいる古ぼけた本を開いた。

 その本は禁書扱いで、本来なら持ち出しも禁止なのだが、九歳の貴方にはまだ難しいのではないかしらと言いながら、母である神王妃が内緒で手に入れてくれたものだった。

 確かに子供向けには書かれてはいなかったが、クラウディウスはそれを乗り越えた。

 何故ならこれは、神獣の乙女について詳しく書かれていた本だったからだ。

 クラウディウスは大切で仕方ないといった手付きで本を撫でる。

 そんなクラウディウスを一緒に大神殿から戻ってきた乳兄弟のラザロスがつまらなそうに見ていた。


『それ、神獣の乙女について書かれている本なんだろ?』

『うん、そうだよ』

『そんなに大事なの?』

『うん、大事。たくさん学んで、彼女について知って、早く会いたい』

『ふぅん。俺にはよく分からないけど、早く会えるといいな、神獣の乙女に。俺はお前が幸せになるなら何でもいいよ』

『ありがとう』


 クラウディウスが礼を言うと、ラザロスはクラウディウスの寝台へと向かった。

 どうやら昼寝をするようで、それが分かると、クラウディウスは本を読みだした。


 ―――神獣の乙女は継承者だけのもの。


 色々と濃く詳しい内容が書かれている本であったが、クラウディウスはその箇所を読むのが特に好きだった。

 神獣の乙女はクラウディウスだけのもの。

 神獣の乙女が居れば、クラウディウスは寂しく感じる事も、孤独に感じる事も無いのだ。

 早く会いたい。

 早く召喚出来るようになりたい。

 先程まで大神殿で会話をしていた神獣ウオには、何故か召喚を反対され続けているけれど。

 クラウディウスは継承者の印がある胸に手を当てる。


 ―――神獣の乙女と会った時、僕は初めになんて声をかけよう。


 そんな事を延々と考える事もクラウディウスは楽しかった。

 神獣の乙女の禁書本を十数頁ほど読み進めた頃だ。

 部屋の扉が叩かれ、母である神王妃が入室した。

 今日という日の為に美しく着飾った母親は、クラウディウスのもとまで来ると、長椅子に優雅な所作で腰をかける。

 彼女はクラウディウスの手元に視線を向けた。


『またその本を読んでいるの?』

『はい、母上』

『貴方は神獣の乙女が本当に好きなのね』


 母親の言葉にクラウディウスは首肯する。

 ガルダトイア王族特有の銀色の髪がサラリと流れた。


『ねえ、母上』

『なぁに、クラウディウス』

『僕、神獣の乙女の部屋を作りたいです』

『もう? まだ早いのではない?』

『少しずつ作っていきたいんです。女の子が好むようなものを。神獣の乙女が喜んでくれるように』

『そう。分かったわ』


 母である神王妃が微笑んだ。


『お父様に知れると貴方が不愉快な思いをする事になるだろうから、アルシノエの新しいお部屋という名目にしましょう』

『ありがとうございます。あの、母上』

『なぁに』

『女の子はお花を好むでしょうか?』

『嫌いな子はいないと思うわ』

『花壇を作りたいです』

『手配しましょう』


 母である神王妃が愛おしそうに微笑みながらクラウディウスの銀髪を撫でた。


『今日はレオニダスの誕生日よ。クラウディウス、貴方は出席をしないの? 支度が全くされていないようだけれど』


 クラウディウスが表情を曇らせた。

 顔を俯かせた息子に、母である神王妃が下から覗き込む。


『わたくしと一緒に行きましょう?』


 クラウディウスが首を左右に振った。

 血を連想させる継承者の証である瞳を母親に向ける。

 神獣の乙女について書かれている本を閉じ、クラウディウスは縋るように胸に抱いた。


『行きません』

『どうして?』

『僕が行くと兄上が不機嫌になりますから。……父上も』

『……クラウディウス』

『母上は行ってきて下さい。僕は此処で本を読んでいます。神獣の乙女の部屋をどうするのかも考えたいから』


 母である神王妃が眉を下げ、クラウディウスの両肩に手を置いた。

 そして心配そうな眼差しを息子に向ける。

 クラウディウスは本を抱く腕に力を入れた。


『ねえ、クラウディウス、わたくしの話を聞いて?』

『……はい』

『貴方が神獣の乙女を大切に思うのは素晴らしいと思うわ。きっと、貴方の許に現れる神獣の乙女は幸せになるでしょう。でもね』

『……はい』

『依存しては駄目よ? 神獣の乙女という存在に縋りついては駄目。神獣の乙女と共に幸せになりたいのなら、彼女個人をちゃんと見て、そして頼ってもらえる存在に貴方がなりなさい。わたくしの言っている事が分かる? 九歳の貴方にはまだ難しいかしら』


 母である神王妃がクラウディウスから手を離して長椅子から立ち上がった。


『嫌な思いをするものに、貴方が無理に出席する必要はないわ。わたくしが上手く言っておくわね』


 顔を俯かせ続ける息子クラウディウスの両頬をそっと手で挟み、母である神王妃はその額に口づけを落とした。




 それは、今はトリエスの禁書室に収められた古い書物の記憶―――。






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第11章 陛下と私と闇に蠢く者たち 終


次回、第12章 陛下と私のエピローグ へ









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