第144話
神王ミトリダテスに箱庭と言われた神獣の乙女の部屋で、クラウディウスは一人、星々が煌めく夜空を眺めていた。
柱の近くに置かれた長椅子に無気力に座り、ガルダトイアの民族楽器である竪琴を手にはしているが、奏でる気力は当然ながら湧くはずも無い。
神獣の乙女が消えた。奪われた。トリエスの王マティアスに。
神獣の乙女が視えない。気配が感じ取れない。何度試みても糸口が見つからない。
継承者と神獣の乙女の繋がりを断ち切られたのが分かった。強制的にだ。無論、神獣の乙女がやった事ではない。彼女には出来ない。あくまで媒体でしかなく、力の発動は神獣の意思が彼女の望みと合わさった時にだけなのだ。力は神獣の意思が最優先で、しかし其れにも限度がある。神獣は天地の理に縛られ、様々な制約があるからだ。故に、とても不自由な存在なのだ。神獣も、神獣の乙女も。
それにも関わらず神獣が繋がりを断ち切った。もう少しで奪還出来るという段階だったあの瞬間に。
―――覚悟があるという事なのか。何故。
夜空の星々を眺めていたクラウディウスの瞳が神獣の乙女の寝台へと移った。
ある気配を感じたからだ。
無気力に座るだけだったクラウディウスが、寝台に向き合うような姿勢に変えた。
『―――神獣ウオ』
『(久しぶり、クラウディウス。ボクの言葉を唯一理解する継承者)』
『実体は?』
『(神獣の乙女の側だよ。トリエス軍に保護されて、今、彼女は馬上の人になってる)』
寝台の上に顕現した神獣は、小さな目をクラウディウスの瞳に合わせ、トリエスの者につけられた血の跡を避けるように動いた。
『トリエスの王城の時にも思ったのだけれど、随分と派手な色合いだね。ガルダトイアに居た頃は、古来より漆黒だったはずだけれど』
『(彼女が内に持つ色に合わせたんだよ。好かれたかったしね。体の大きさも小さくしてみたんだ。抜け殻を放置していたら回収されてしまったよ。まあ、学者には何も分からないと思うけど。どう? 少しは可愛らしく見える?)』
『……何故』
『(何故。それはボクがガルダトイアの大神殿を後にしてトリエスに居た事について? それとも君の神術を弾き返し、彼女との繋がりを絶った事? ボクがマティアス側に付いた理由についてかな?)』
『全てだよ、ウオ!』
クラウディウスが叫んだ。勿論、心からの叫びに他ならない。何故、敵国の王であるマティアスに彼女を渡そうとするのか。何故、古より守護していたガルダトイアより新興でしかないトリエスを取る? 何故、継承者である自分を捨てるのか。神獣の乙女は継承者であるクラウディウスのものである事を、なにより理解する神獣が此処にきて否定するのかが分からない。全てが―――。
『(ボクはさ、クラウディウス。警告したはずだよ? 君がヴィネリンスに来た時に。そのまま何もせずにガルダトイアに帰れって。君の前でマティアスの城を盛大に破壊して見せたじゃない。神獣の乙女を諦めなければガルダトイアもこうするよって)』
『彼女は私のもののはずだ! 私は継承者で、彼女は神獣の乙女じゃないか! 満を持して彼女を召喚したんだ、私は!』
『(―――そう、君は召喚してしまったんだよ、彼女を)』
『当たり前だろう! 私は継承者なんだ!』
ウオが頭を左右に振った。小さな目には非難と悲しみの色が宿っている。
『(君はさ、彼女を守り抜けた? あのマティアスからさ)』
『何を、』
『(現にまんまと奪われたじゃない)』
『神獣であるウオ、君が私の神術を弾き返したりしたからだろう?!』
『(それは関係ないよ。ボクが介入しなくても、いずれは奪われた。今回の手助けは彼女の負担を軽減したに過ぎないよ。酷くボロボロだったからね、あの娘が)』
『…………』
『(ねえ、なんで彼女を召喚したの? マティアスがどんな存在か知っていたじゃない。神獣のボクから見てもあんな規格外から、君達ガルダトイアは彼女を守り抜けないよね? だって彼女を召喚したんだもの。彼女を媒体として神獣であるボクから神力を引き出してマティアスに対抗しようとしたんだからさ。マティアスはさ、絶対に気づいたよ。知らなくても、真相を探れなくても、真っ先に潰さなければならない存在には絶対に気づいた。彼女はマティアスに殺されるしかなかったんだよ)』
実体があったのならポテンとした様子で寝台から神獣が床に下りた。
小さな目を継承者の証である紅い瞳に向けたまま、短い手足を動かしてクラウディウスに近づく。
少し歩いて面倒になったのかフワリと飛ぶと、長椅子に座るクラウディウスの膝の上に乗った。
神獣と継承者。本来なら当たり前の光景が、今は皮肉でしかない。
『(ボクはさ、君に彼女を召喚させないように大神殿を出たんだよね。そしてトリエスの王城に移って、のんびり暮らしながらマティアスやその周囲を観察していたんだよ。だってどうせ誰もボクのこと見えないし、気配すら感じる事も出来ないしさ。血の契約前だしね。でもある時クリスティーヌが来て、慌てて気配を消して地下に潜ったよ)』
『……そして私が召喚したと』
『(そう。召喚されてしまった。だからボクはね、彼女をマティアスの目の前に落とした。トリエス語のみの能力を付与してね。だって要らないじゃん、ガルダトイア語は。マティアスの許に彼女を出現させたんだし)』
『…………』
『(ボクね、マティアスの城に移ってからも、実はその前からもマティアスの事は意識を飛ばしたりして観察していたんだ。存在が異質だったからね。それで知ったことなんだけどさ)』
クラウディウスの膝の上で、神獣であるウオは紅い瞳から夜空の星々へと視線を移した。
『(マティアスはさ、努力していたんだよね。それこそ血を吐くような努力。無能な父王を排除して、王宮に巣食う酷い淀みも取り除き、トリエスに悪影響を及ぼしていた他国の力を少しずつ削ってさ。君の父王にやられた足の障害も、涙ひとつ流さないで克服したんだよ。どの医官にも歩行は無理だ、たとえ出来ても引きずるしかないだろうって半ば匙を投げられていたのに。そこで聞きたいんだけどさ。君は? 君は何の努力をしたの? マティアスのように血を吐くような努力。さっき、満を持してって言ったけど、君は継承者なんだ。初めから出来る事だったでしょ? 時期が大切ってだけだったじゃない。君はさ、呼んでしまったんだよ、彼女を。伝承通りにさ。殆ど消えかかっているけれど、セイメイの血を引く彼女を。少し考えれば分かった事じゃない。彼女をこの世界に呼べば、遅かれ早かれ大陸の悪魔と言われるまでに力をつけたマティアスに気づかれるって。ガルダトイアにとって重要な存在だと。そうなればさ、マティアスは直ぐに手の者を差し向けたよ。彼は王としての職務の為なら何処までも冷徹になれる人間だからね。だからボクは君の許でなく、マティアスの目の前を彼女の召喚先として決めたんだ。賭けだったよ? 彼女が生き残れる確率なんて、ほんの僅かだったんだから。それ程にマティアスは冷酷で残酷な王だった。それに彼女の召喚先はマティアスの許以外の選択肢は無かったよ。何処に召喚先を選んだとしても、君が、ガルダトイアが必ず居場所を突き止める。そしてその行きつく先はマティアスによる彼女の抹殺でしかないじゃない。少なくともボクは、神獣の力が欲しいからって、彼女の命の危険性を無視する君達ガルダトイアを召喚先にはもうしたくは無かったんだよ。ボクはね、先代の神獣の乙女の時にガルダトイアの血脈を見限った。知ってるでしょ? 先代のあの娘の惨状を。記録として残っているもの)』
『…………』
『(酷かったよ。本当に酷かった。それまでも酷かったけど、先代のあの娘は酷すぎて見ていられなかった。助けたかったよ。どうにかしてあげたかった。でも理がボクを邪魔するんだ。制約が縛るんだよ。ボクの意思だけではどうにも出来なかった。あの娘を元の世界に帰せなかったんだ。継承者の同意と協力がないとさ!)』
神獣のウオが星空からクラウディウスの紅い瞳に再び小さな目を合わせた。
その継承者の証である紅い瞳の遥か向こうに代々の継承者達を視るように。
彼らへの酷い憤りと激しい怒り、そして消える事のない神獣の乙女達への悲しみをぶつける。
『(……先代の彼女はさ、壊れたよ。直ぐに壊れてしまえば逆に良かったのかもしれないけれど、強い娘だったんだよね。長い間、体の痛みに苦しみ、心も苦しんで、救いが全く見えなくてさ。最後の方は本当に酷かったよ。君達はさ、帰さないでしょ? 帰さないんならさ、どうして優しくしてあげないの? どうして愛してあげないんだよ! 心からさ! 唯一としてだよ! 利用するだけ利用して、血の契約だと言っては酷く傷つけてさ! 尊厳だって有ったものじゃ無かった! 嗤って踏みにじっていたよ! 血を何度も大量に出させて、飲ませて、犯して、酷い痛みがあるのが分かっていて神力を引き出し続けて、挙句には、お前を愛する事は決して無い?! 期待するな?! 媒体でしかない神獣の乙女はただ其処に在ればいいだけで、どのような状態であろうが構わない?! 何を言っているんだよ! 神獣の乙女はボクの大好きなセイメイの子孫なんだ! だったら呼ばないでよ! 解放してあげてよ! 何度も帰してって言ったのに! 何度もお願いしたのに! 誰も聞いてくれなかったよ、継承者達は!)』
『……私は彼女を大切にするつもりだった。唯一として愛そうと思っていたよ。一緒に過ごせた時間が短すぎてまだ愛するとまではいかなかったけれど、私は彼女が好きだった。大好きだったよ』
『(君はそうだろうね。初代も君と同じような人だったよ。だからセイメイも提案したんだ。血についてはさ、当初は指を少し切って、神殿が聖水とするものにお互いに血を少し垂らす程度で良かったんだよ。それも継承者と神獣の乙女が想い合っている時の限定でね。だから媒体にされても、神獣の乙女の身に痛みなんて走らなかったんだ。初代は二人とも幸せそうだったよ。初代の神獣の乙女がこの世界に残ったのは彼女の意思。でもさ、次第にね、色々と過激になっていったんだよね。時代の流れかなと、決められた通りにボクも従ったけれどさ。ボク自身、人の世界が分かっていなかったのもいけなかった。それは人ならざる者に接し過ぎて此方寄りの考え方をしていたセイメイもだけれど。まずね、神獣の乙女達が痛みに苦しみだした。想いが通じ合っていないのに継承者が神力を引き出すからだよ。その痛みも段々と酷いものになっていった。時が経つにつれてセイメイの血が薄まっていったからだ。何度も継承者に教えたんだけどね。誰も聞いてくれなかったよ。先代も、今代の神獣の乙女も、酷い痛みを感じたと思うよ。彼女らの血を舐めたけど、セイメイの血の力なんて殆ど消えかかっていたもの)』
クラウディウスが半透明な存在の神獣ウオに手を伸ばした。
しかし実態の無い其れには触れられず、指は自身の大腿に下りた。
『……血、か。では、トリエス王と彼女が血の契約を交わしていなくても、君は姿を現したという事? 彼女は血など飲んでいないと言っていたよ』
『(ああ、それね。飲んでいるというか、舐めているんだよね。血の契約はしっかり交わしているよ、あの二人。歴代のどの継承者と神獣の乙女より、濃すぎる体液の交換もやってる)』
『ではやはり血の交換も、契りもしていたと』
『(体の関係はないよ。言っても誰も信じないと思うけど)』
『信じられない』
『(だよね。まあ別に信じてくれなくてもいいけどさ)』
『彼女はどのようにトリエス王の血を? トリエス王は彼女の血をどのように浴びたの。神獣の乙女の体液を得れば得るほど引き出す力が強まるという体液の交換については? ウオ、君が言うには濃すぎるのだろう?』
クラウディウスが眉を寄せた。
既に気にしても仕方が無い事ではあったし、気にする事は其処では無いのも頭では分かっていたが、不快なものは不快であった。
そして真実は知りたい。
―――全てが終わるのならば尚更に。
『(あの二人に関しては全てが恐ろしい偶然の上なんだよね。実際、ボクも凄く驚いたんだ。出鱈目過ぎて)』
『恐ろしい偶然?』
『(うん。あそこまで偶然が重なると、もう必然と言っていいくらい。運命かもね)』
クラウディウスの眉が更に寄った。
触れられないウオの体を指で撫でるように動かし、気持ちを静める為に息をついた。
『必然? 運命? 一体、彼らはどういう経緯で?』
『(聞かない方がいいと思うよ? 馬鹿馬鹿しくて人生投げたくなるから)』
『何を。既に投げざるを得ない状況だろうに』
『(そうだけど。じゃあ教えるけどさ。彼女が血を口にしたのは、マティアスの鼻に指を突っ込んで鼻血を流させたから。綺麗に拭けなかったから舐めたんだよ、マティアスの顔を。最初の口づけも其の時。マティアスの唇を舐めたんだよね、あの娘。躊躇いもなくね)』
『…………』
『(彼女の血をマティアスが浴びたのは、彼女がマティアス専用の浴場で飛び込んで遊んで、底に頭を打って額を切って流れ落ちたんだけどさ。その後、マティアスが面倒って言って、湯を取り替えずに入っただけなんだよね。僕が彼女の血を体に入れたのも、その時だよ。額から流れていたから、ついでに舐めたんだ。乙女の体液を浴びれば浴びる程、術の力が強くなるっていう後世に後付けされた条件についてはさ。涙は彼女が自分の胸の小ささで傷ついていて、マティアスの胸の上で勝手に流しただけだし、これまでの召喚では無かったんだけど、鼻水とか涎とか汗とか月のモノもね、マティアスは一方的に付けられただけなんだよね。あ、それと吐瀉物にも触れていたかな、彼。それも仕方の無い事だったんだけど)』
これに関してはさ、マティアスはもう本当に完全なる被害者だよ、と神獣であるウオは溜息をついた。
『(君が信じられないと言った体の関係もさ。いつも仲良くじゃれ合っているようにしか見えなかったから、君と一緒で殆どの人が信じないと思う。でもさ、ガルダトイアが彼女を攫わなければ、まだマティアスは自分の気持ちには気づかなかったんじゃないかな。鈍いんだよね、マティアス。頭は非常識なくらいに凄くいいんだけど)』
神獣ウオは実体の無い半透明な体をクラウディウスの手に擦り付けるような仕草をした。
それはまるで神獣なりの謝罪にも感じられ、クラウディウスは神獣の半透明な体を包むように両手で囲った。
『(ねえ、クラウディウス)』
『うん、なに?』
『(今回で君達の血脈を絶とうとするマティアスの考えにボクも賛成だよ)』
『…………』
『(継承者である君が死んでもさ、また新たな継承者が現れては意味が無いもの。それ以外の事についてもマティアスは気づいてる。それは彼的に譲れないみたいだから仕方ないのかな。マティアスはさ、僅かな情報で限りなく真相に近づく事の出来る天才だよ)』
神獣ウオの小さい目がクラウディウスを悲しそうに見る。
それに気づいているクラウディウスは、継承者の証である紅い瞳を諦めに翳らした。
『……そう』
『(クラウディウス、もうさ、ボクの時代は終わりにしようと思うんだ。継承者である君を見捨てて、ガルダトイアに引導を渡すよ。ボクは召喚されてしまった彼女と、囲い込むだろうマティアスと一緒に残りを生きて、長すぎた役目と生を終えたい。ボクがさ)』
『うん』
神獣ウオの小さな目から涙が零れたようにクラウディウスには見えた。
『(ボクがガルダトイアのような特定の勢力に力を使うから、この世界はこれ以上発展しない。成長しないんだよ。神獣の乙女から聞くセイメイの世界とは随分と文明に差がついてしまったみたいだもの。マティアスはさ、成長を押さえつけられた此の世界の悲鳴だよ、クラウディウス。マティアスには全てが揃う。マティアスには全てが与えられる。マティアスは押さえつけられた世界の希望で、その勢いはもう無視も否定も隠す事も取り除く事も出来ないんだよ)』
囲うクラウディウスの両手から神獣ウオは抜け出し、短い手足を動かして、クラウディウスの体を這い上がった。
膝の上を歩き腹を通って、クラウディウスの胸元、心臓のある位置まで辿り着くと、神獣ウオは足を止めた。
『(ボク、君が大好きだよ。君と彼女が幸せになる姿を本当なら見たかった。そうしてあげたかった。クラウディウスと彼女なら絶対に幸せになったもの。可愛くて温かくて、ほんわりとした幸せ。でもさ、状況がそれを許さないんだ。歴代の継承者の事だけじゃない。マティアスの事だけでもない。今のガルダトイアはさ、もう色々と腐っているでしょ? 神王を筆頭にさ。長く続き過ぎてしまったんだよ)』
神獣ウオがクラウディウスの体を更に攀じ登った。
心臓の上から移動し、クラウディウスの顎に短い手を添える。
長すぎる時代を生きる事によって、どうにも消化する事の出来なくなってしまった虚しさと悲しみ。
そしてクラウディウスに対する謝罪と訪れる永遠の別れに、神獣ウオは彼の顔に自分の顔を寄せた。
『(―――さようなら。ボクの声を聞ける最後の継承者。ボクはセイメイの血を引く向こうの人達も、こちらの世界のセイメイの血を引く君達の血脈も愛していたよ。ごめんね、こういう幕引きになってしまって。ボクとセイメイのせいだ。さっきも言ったけど、セイメイはさ、人間より神獣のような人外寄りを優先させてしまう人だったから、思考がとても偏っていたんだと今ならボクも分かるよ。ボクもセイメイと出会った頃は、人との接触が殆ど無かったから、あの時はとても無知だったんだ。マティアスにさ、君の血脈を断絶させたら、もう彼女は元の世界に帰れない。もしかしたら夢という形で飛ばせるかもしれないけど、それが精一杯だろうね。でも、彼女が命を失うよりはいいと思うんだよ。そこはセイメイだって、きっと頷いてくれるはず。それに彼女はマティアスに愛されたし、未来は明るいんじゃないかな。ずっとマティアスを見てきたけど、マティアス、真面目な性格だし、物凄く一途だと思うよ。強大な力を持つ者から一心に愛されるのは重過ぎると言えるかもしれないけど、彼女なら大丈夫。性格的に笑い飛ばせるんじゃないかな。あの二人は幸せになるよ。君と彼女とは違った形の幸せだと思うけど、きっとね。―――ああ、彼女がボクを呼んでいるみたいだ。ボクの意識を向こうに戻さないと)』
クラウディウスの紅い瞳が悲しみに歪んだ。
神獣ウオが何度も何度も実体の無い半透明な顔をクラウディウスに擦り付ける。
最低限の明かりのみが置かれている夜の薄暗い神獣の乙女の部屋で、ウオの体が光り出した。
『―――ウオ』
『(さようなら、クラウディウス。ボクはさ、ガルダトイアは滅ぶべきだという考えを変える気は無いから、君達を完全に見捨てる。ボクはこれからトリエスに一度だけ手を貸すよ。三ヵ国同時に喧嘩を売るなんて、彼女を手元から奪われて激怒していたんだろうけど、マティアスもかなり無理をしていると思うから。マティアスの事だから確実に勝てる手を打ってはいるんだろうけど、戦況が厳しいのは事実だしね。全てを早く終わらせて、全体の被害を最小限に食い止めないと。ガルダトイアが滅べば、レネヴィアもラガリネも終わるよ。ねえ、クラウディウス。本当にごめんね。君自身は此処で命を落とさなければならない程に悪くは全くないのに。君が好きだったよ。優しい君が大好きだった。こんな状況下でなければ、君と彼女とボクで、いろんな事をしたかったよ。美味しいものもたくさん食べたかった。彼女、食べるの大好きだし。クラウディウス、ごめんね。君が死後の道を正しく進めるよう、ボクが必ず導くからね。本当にごめんね、さようなら。ボクの言葉を唯一聞ける継承者。大好きなクラウディウス―――)』
クラウディウスに顔を擦りつけ続けた神獣ウオの気配が完全に消失した。
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