第118話




 ルドルフさんの怒りが多少は沈静化したと陛下が判断したのが、城の三区画が倒壊してから約三週間が経ってからだった。

 その同タイミングで、軟禁と言われたあの夜から大人しく部屋から一歩も出ずに過ごしていた私の許に、『い・ち・ご』が繁盛しているとの嬉しい報告が上がってくる。

 かぼちゃパンツはバイバイ! トリエスの女性に素敵なランジェリーを! をコンセプトにした『い・ち・ご』王都ヴィネヴァルデ第一号店には、城下で食事をした時に陛下に言われた通り、開店準備に携わる事は一切出来ず、またそのオープンに行く事も出来ず、結局、未だに一度もお店に行けていないままだった。

 陛下出資、私発案、アニと城のお針子さん達と、イェルクさんとその愉快な仲間たちが頑張ってオープンにまで漕ぎ着けた『い・ち・ご』のお店。

 そんな皆の努力の結晶であるお店の繁盛っぷりがどうしても見たいと思うのは当然の事で。

 行きたいと、一度でもいいからお店に顔を出したいと、私は陛下に何度も交渉して、軟禁が解除されて更に二週間が経った頃、ようやく許可が下りた。

 許可が下りて、同行する警備の調整の為にまた更に二週間が経ち、『い・ち・ご』のお店の訪問当日を無事に迎える。


「ちょっとお城から出てお店に行くだけなのに、なんだか凄く此処までが長かった!」


 そう言いながら豪華な馬車に乗り込む私に、護衛のディルクさん、そして、減量運動でお世話になっている、これまた今回の護衛担当に割り振られたラードルフさんとホルガーさんが銘々に意見を述べた。


「正直なところ、俺は今回の外出は反対ですよ、珍獣様」とはディルクさん。

「私もです。共有された情報の件もまだ解決されておりません」とラードルフさん。

「行きたいものは、しゃーねぇよな、珍獣の嬢ちゃん。まっ、この三人で嬢ちゃんの首根っこでも、ずっと掴んでいようや」と相変わらずのニヤニヤ笑いのホルガーさん。

 今回の外出の護衛度は、私基準ではとても物々しく感じられるものが敷かれていた。

 いつもの護衛のディルクさんだけでなく、第三騎士団長のラードルフさん、第五十一騎士団長のホルガーさんを始め、その第三、第五十一の大勢の団員達もぞろぞろと一緒についてくるらしい。

 ディルクさんが言うにはそれだけでは無く、裏でも人が配置されたり色々と動いたりしているとの事だった。

 それを聞いた時、そんなに大袈裟にしなくても、と呟いたのだけれど、その時にたまたま側にいたヴィルフリートさんが「そんな事はないですよ。うーん、そろそろ互いに気づいてもよい頃合いだとは思いますが、まあ、それはそれで私が面白いのでよいのですけれどね。ウチの第一も無理にでも加わりたかったのですが、別件で動いている最中でして、残念です」と胡散臭さが漂う微笑みを浮かべて、よく分からない事を言っていた。

 ちなみに今回の外出は、ウオちゃんはグイードさんとお城にお留守番が決定されていた。

 陛下曰く、城下で万が一にでも光線を吐かれては堪らない、との事で、それには私も大賛成だった。

 そう、そんな風に、警備は万全だった。

 ド素人の私にだって分かる徹底ぶりだったのだ。

 ―――でも。

 『い・ち・ご』のお店の真ん前に、私が乗っている王宮のものと丸分かりの馬車が停められた。

 馬車の窓から外を見ると、お店を中心に王城の騎士達が円形にズラリと二重三重に並び立っていて、庶民どころか貴族も猫も犬も入れない状態だ。

 お店に行くって、こんなにも人に迷惑をかける行為だったんだ、と引き攣りつつも申し訳なさでいっぱいになっていると、ディルクさんが馬車から降りるよう私を促し、ラードルフさんがフォローの手を差し伸べてくれる。

 ホルガーさんは、いつものニヤニヤ笑いを引っ込めて周囲を伺っていた。

 馬車から降りて。

 開いていた『い・ち・ご』のお店の扉から、スタンバってくれていたのだろう、アニやイェルクさん達が笑顔で迎え待ってくれていて。

 それに手を振って、お店に歩いて近づき、出発前の言葉通りにホルガーさんが私の襟首を掴んでいたのに。

 ディルクさんもラードルフさんも、少し背中を倒せば触れ合える程に近くに居たのに。

 私がお店の扉の前に辿り着いた時。

 ピリッとした静電気に似た痛みと共に、パッと写真を撮る時のフラッシュのような眩しい光が私の足元から放たれて。

 思わず眩しさに目を瞑って、そして直ぐに開けたのに、『い・ち・ご』のお店も、ディルクさんもラードルフさんもホルガーさんも、アニもイェルクさんも、たくさん周囲に居た騎士団の人達も庶民も貴族も、トリエスの人達は誰一人として居なかった。

 居たのは、暗い色のフード付きの外套を纏うガルなんとか国の王太子のパーシヴァル様そっくりさんと、彼と同じような外套を纏う知らない人達が数人で。

 彼らは何処かの路地裏に居て、私はパーシヴァル様そっくりさんの腕の中に居た。


「え、なんで?」

「―――帰ろうか、ガルダトイアに」

「言葉……」

「話せるよ、私も。トリエス語をね」

『殿下、急ぎませんと。此処はあの店からそう離れておりません』

『分かっている』

『では、ひとまず馬の方へ―――』

『いや、連続してあと数度神術を使えそうだ。―――正式な契りを結んでいなくても、彼女の傍に居るだけで力が底上げされたのが分かる。此処にいる全員をこの広いヴィネヴァルデの外まで飛ばせるだろう』


 パーシヴァル様そっくりさんが私を包み捉える腕に力を入れた。

 その上で、右手で何度か私の背中を優しく撫でる。

 今のこの状況に私は心の中でパニックになりかけていて、どう行動していいのか全く分からなかった。

 私の分からない言葉での彼らの会話は続く。


『殿下、あれはどうします? まだヴィネリンス内に居ると思われますが』

『彼女さえ手に入れば、あれは向こうからやってくるよ。常にその血筋の娘の近くに。あれはそういう物だと伝えられている』

『……クラウディウス、本当に連れて行くのか、その女を』

『連れていくと言っているだろう。私は彼女という存在をもうずっと待っていたのだから』

『俺は反対だ! 何度も言うが、それはトリエス王の女と成り下がった穢れた裏切り者でしかない!』

『乳兄弟とはいえ言葉が過ぎる!』


 憎々し気な声音を出す男の人に、パーシヴァル様そっくりさんが声を荒げた。

 それに私が思うのは、言葉が分からないのは怖い、という事だ。

 分からない言葉も、口調も、彼らの雰囲気も。

 異世界に来て初めて感じる不確かさであり、陛下のもとでは此処まで感じる事の無かった不安と恐怖。

 ―――ねぇ、陛下。


「行こう。大丈夫。これからは私が君を守るから。―――少し力を引き出すよ?」

「え? ―――痛っ! きゃあっ」


 私の全身を激痛が襲った。

 その痛みは、昨年、向こうの世界の産婦人科で生理不順の時に打ってもらった筋肉注射のような痛みで、鈍く、重く、しびれて、そして物凄い痛みで。

 そんな注射を全身に隙間なく同時に打たれたような、そんな酷い激痛だ。

 当然、私はそんなものに耐えられるはずもなく、一瞬で気を失う。





 ねぇ、陛下、痛いよ、怖い―――。





 ―――誰のせいでもない。

 ディルクさんを始めとしたトリエスの護衛の人達は誰一人悪くない。

 彼らは任務に忠実で誠実で、だから誰の落ち度でも無い。

 けれども私は、いともあっさりと。

 トリエスから、陛下の国から連れ去られたのだった。






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第10章 陛下と私と夢の世界 終


次回、第11章 陛下と私と闇に蠢く者たち へ







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