第4話




 ユーリウス少年は陛下の言葉に腰を折って頭を下げると、物音も立てずに退室した。

 なんともあっけない立ち去り方に少しだけ物足りなさも感じるけれど、もしかしたら私は元の世界には帰れない可能性だってある。

 またいつか会う事もあるだろう、と思うんだけど、どうだろう?

 そういえば私ってば、この先どうなるのかなぁ?

 客観的に考えなくても私という存在は相当アヤシイような気がする。

 そもそも異世界人とか言っているし。

 まあでも、陛下やヘロルドさん、その他のたぶん侍従、従僕、女官さんとか侍女さんとかの使用人が突如として現れた私を目撃している訳だし、異世界人であることは完全に信じてはもらえないにしても、頭から否定はしないだろうとは思うんだけどね。

 私はなんとなく、いや、かなり不安になって今更ながら顔を青褪めさせた。

 そういえば私は自分の今後の為に、陛下の機嫌を損なってはいけないのではなかった?

 ああ、しまった! 

 後悔先に立たずとはこのことだよね?!

 テーブルの上をズリズリと移動して、おもねるように陛下の方へと私は擦り寄った。

 ズリズリ移動したから、オシリの下の肉も、大腿の間のソーセージも勿論一緒だ。

 こうなれば無い色気をどうにかして捻り出して、加藤めに貧乳判定された胸をも動員して、この嫌味でしかない超絶美形で美声を持つ陛下を色仕掛けで落とすしかない、なんて無理です。

 どうしたって無理。

 例え天地が逆さになったって無理。

 海を割れって言われた方が簡単な気がするよ?

 私は溜息をついた。

 物凄く深い深い溜息をね?


「ねね、陛下」

「近い。もう少し下がれ」


 くぅ、やはり色仕掛けは通じないか。

 距離を縮めただけで陛下が嫌そうな顔をするくらいだし。

 なんか微妙に傷ついたよ、陛下!

 乙女のガラスのハートを傷つけた責任を取ってもらうからね! 

 ……というか取って下さい、是非、好待遇を用意するという形で。

 お願いします。

 城に客人待遇が私的に希望です。


「あの、陛下」

「なんだ」


 おずおずと話しかける私に、陛下はもう億劫そうに対応する。

 目線なんか私を見てすらいない。

 遠い窓の外。

 つまり木々らしきものが夕闇に隠れ、黒々としている闇を見ているんだよね!

 私より木々の闇の方がいいと、そういうことなんだよね、陛下! 

 いいけどね!

 別に!

 その態度に本気でイラっとくるけれど、私は陛下に足元が丸見えなのだ。

 異世界に知り合いも居なければ、生活基盤もない無一文人間だしね?

 陛下に放置プレイされるだけでも野たれ死ぬこと請け合いだし。

 下手に出なければならないのがツライところだよね。

 今は応じてくれているだけで良しとしないと。

 私は日本人特有の、とにかく面白くもなんともないけれど無難に笑っておけを、また陛下に向けて実行した。

 もちろん陛下は見ていないけれど。


「陛下、私、この先どうなるんでしょう?」

「どうとは?」

「いえね、私ってば異世界人じゃないですか。ということはですよ? ほら、この世界に知り合いが一人も居ないでしょう?」

「そうだな?」

「無一文ですし?」

「…………」

「まあ異世界転移のお約束というかなんというか、言葉は通じるみたいなんですけど、きっとそのお約束の法則でいくと、言葉は通じるけど文字は読めず、って流れなんじゃないかなと思うんですよ、たぶん」

「……だからなんだ」

「だからですねー、って陛下、そんな私を流石に放置はしないですよね? ね? だってほら、か弱き乙女な私ですから、無一文だったらホテル……じゃなくて、宿も取れないし、文字すら読めなかったら飲食店で注文すら取れないでしょ? 契約とかで騙されちゃいますよ、私! いいんですか、陛下はそれで!」

「なにか問題が? 余には全くないが」


 陛下はこちらにようやく視線を戻し、呆れたような色を宿すアメジストな瞳で私を見据えた。


「酷すぎる! 分かってはいたけど、陛下はやっぱり非人道冷酷人間なんですね! ほんと分かってはいたけど!」


 私はカクリと肩を落とした。

 仕方ない、ちゃんと説明しないと分からないのだろう、陛下は。

 なんてったって陛下は王族。

 きっと何不自由なく大切に大切に育てられて、庶民の事情なんて知りはしないのだろうし。


「いいですか、陛下。宿が取れなかったら野宿ですよね、私。そうしたらどうなると思います? か弱き乙女が野宿。それ即ち強姦の末、絞殺決定ですよ? 衣服ビリビリで半裸のまま野山に放置か、海、湖、沼あたりに重しをつけて沈められちゃうんです!」

「…………」

「んで、文字が読めなかったらね? 不平等な契約を知らずに結んじゃって、借りてもいない借金背負わされちゃったりして、売春宿に売られちゃって。で、脂のノリまくったプヨンプヨンでデブンデブンのオジサン達にこの乙女の柔肌が好き勝手に弄られて、体の中を蹂躙されまくって、口内までヤツラの何かに犯されるんです! それで私は精神を病んでいくんです。もうこの後は転落への一途ですよ!」


 此処で私は両手で顔を覆ってみせた。演技は大切だからね? 物凄く重要ポイントだよ?


「さてクイズ、ここで問題です。陛下、こういったシチュエーション、局面の場合は何が登場すると思います?」

「……さあ?」

「うーん、陛下、妄想数値をもっと上げる訓練をしないと駄目ですよ? 正解はですね、どうしようもないクズ男が登場するんです」

「ほう?」

「大抵、そういう場合に登場するクズ男は太ってはいません。病的に痩せているか、中肉中背です。で、顔はそういい感じではないんですけど、傷つき折れた心の私には、良く見えちゃうんですよねぇ」

「そういうものなのか?」

「はい、そういうものですよ?」

「そうか。で?」

「で、ですね。ただニタリとその男が笑っただけだとしても、優しい包容力がある微笑みに見えちゃったりして胡散臭い甘い言葉にもコロリと騙されちゃうんです、寂しさ故に。ああ、可哀相、私ってば!」

「…………」

「でもその男が良く見えたのも最初だけなんです。男は私の体を思いのままに味わった後、お金をせびるようになるんですよ。よくあるパターン、えっと、状況に突入です。男は頻繁に、そしてどんどん高額のお金を私から毟り取っていくようになるんです。私が少しでも拒否をすれば、顔を殴り、お腹を蹴って、髪を掴み壁に叩きつけるんです! 私は部屋の隅で唇の端が切れて血を滲ませながら、ゴホゴホと咳きこみます。男はそんな私を尻目に箪笥を漁ってこう言うんです。『けっ、やっぱり隠してやがったじゃねぇか、このアマ! 素直に出せば痛い思いをせずに済んだのにな! クソがっ』って。で、またそこで一発蹴りが入るんです。私はあまりの衝撃に気を失います」

「なかなか壮絶だな」

「でしょう? その後どうなると思います? もう涙無しには語れませんよ? 私が気づくと、枕元には同じ職業を持つ悲しくも優しい女性が額に冷たい手拭いを乗せてくれているんです。『馬鹿だねぇ、お前さん。あんな男に騙されちゃってさ』って言いながら。私は『彼は?!』って言いながら飛び起きて、蹴られた腹の痛みに身を屈めます。女性が『ほらほら無理するんじゃないよ』って支えてくれるんです。その時です!」


 私は此処で右手を払うように大きく左右に動かした。

 それによって微量の風圧が発生して、陛下の黄金の髪をほんの少し揺らす。

 彼の整った形の良い眉が一ミリだけ中央に寄った。


「スパーンと子気味の良い音を立てて障子が開くんです。あ、障子って扉の事なんですけどね? 開いた障子から、その売春宿の女将さんが現れるんです。そして『馬鹿な子だよ。お前、あの男に金を持ち逃げされた挙句に、お前名義でたらふく借金こさえられやがって! これからは休む暇なんて無いよ! どんな客でも嫌がらず、どんどん取らせるから覚悟しな!』って言われるんです。同僚の女性は同情の視線を向けてくれながらも溜息をついて部屋から立ち去ります。どうしようもありません、彼女には何もできないのですから仕方ないんです。それから私の更なる地獄の日々が始まります」 

「地獄の日々?」

「そうです。どんどん仕事を取らされた私は、日に日に痩せていきます。そしてある時、血を吐いちゃったりするんです」

「何故?」

「当然病気ですよ」

「肺の病か何かか?」

「その場合もありますけど、今回の話では違う設定です」

「……設定な」

「次第に性器部分に膿が出てきたり、いろんな箇所が腫れたり、体に発疹ができたりしちゃうんです。性病ですよ! 性病をうつされるんです! 性病をうつされた事は、そのうち女将の知るところとなります」

「どうなるんだ?」

「追放ですよ、追放。病気持ちの女は店には置いておけないですもん。場末のあばら家に放りこまれるんです。絶望に身を浸しながらも、それでも生きていくために、格安の値段で自分で客を取るんです。足下にされて、疎まれ、蔑まれながらも! そして人知れず死んでいくんです、私! 陛下、少しなりとも会話を交わした私が、そんな運命を辿っても平気なんですか?!」

「平気なのかと言われてもな。全くといってよい程、余とお前は関係ないだろう?」


 こんなに物語を聞かせても、まだそんな冷酷発言が出来るのか、陛下!

 私はギギッと彼を睨め付けた。


「陛下ぁ」

「五月蠅い。もう少し待て。そろそろお前の処遇を手配する者が来る」

「え、処遇? え、え、え、誰か来るんですか?」

「法務長官だ」


 そういえば、さっきユーリウス少年に陛下は至急来るように言っていたっけ。

 あれって私に関係することだったんだ。


「私の処遇って、もう陛下の中では決まっているんですか?」

「一応な」

「ややっ、何?! 私の処遇、どういうのなんですか、陛下!」

「だからもう少し待て。何度も言う手間すら面倒だ」

「面倒って! 陛下、そんなイケズなこと言わないで、教えて下さいよ! 教えて、教えて、教えてぇ! 知・り・た・いぃ!」

「…………」


 むむっ、陛下め、その法務長官が来るまで無言で通すつもりだな?

 そっちがその気なら、こちらにも考えがある! 

 なにせ私の今後が関わってくる重要事項なのだ。私は必死だよ!


「陛下、覚悟!」

「っ!」




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