第3話
「そもそも陛下は、私のこの状態に直ぐ何らかの対処をしてくれなかったという時点で非人道的冷酷ド変態人間だって証明しているようなもんなんですよ!」
悟って、そ・れ・ぐ・ら・い!
陛下の頭は飾りモノなの?!
長所はそのイケメン面だけなのかな?!
私は鼻息を荒くして続けてみる。
ふんがふんがだ。
「私の目の前に、えっらそうに座っていてパンツの惨状がバッチリ見えているくせに、少しは心が痛まないんですか?! 肉汁シミシミで可哀相とか、ソーセージが変な場所から見えているから避けてあげようねとか、スカート捲れているから上着をかけてあげようかとか、思わないんですかね?! 思いますよね、普通! 羞恥に震える傷つきやすそうな年頃の、繊細なガラスのハートを持っている麗しき乙女が目の前に居るのに!」
「思わんな、全く。……小娘、お前、よく自分をそう言い表せるな。逆に感心する」
陛下は呆れの含んだ視線を私に向けた。
何?!
生意気にも私に向かって呆れ視線を向けるなんて、百億年早い!
異世界の日本国民たる私には、陛下の地位は全く効力が無いんだからね!
日本万歳だ!
万歳三唱だ!
―――とまあ、私は事後になってから必ず深い後悔をする種の暴走を、この時は止められなかった。
基本、小心者属性なのにね?
私は陛下に掴みかからんばかりに姿勢を前のめりにする。
顔対顔の距離が近づいてしまったけれど、私はイケメン面には負けない。
負けない自信は満々なのだ。
なんていったって私には耐性があるのだし。
そう、言うまでもないよ!
某乙女ゲーの魔皇帝パーシヴァル様のお陰でね!
もう銀髪の彼はこの時点で私の唯一絶対神に昇格決定だよ!
「思わないなんて! しかもこの私に向かって乙女否定発言とも取れる言い方をするなんて! そんな不適切生意気発言が出るのは、その口ですか?!」
陛下のイケメン面に絶妙な位置で配置されている理想的な形の唇に向かって、私は思いっきり指さした。
「随分と偉そうだな」
「陛下なんて、陛下なんて、」
「なんだ」
「陛下なんて騎士失格です! 騎士に対する大いなる侮辱ですよ! 騎士道精神をもう一度学び直してきて下さい! 騎士道とは何だったですか? 思い出・し・て! 騎士道には、女性への奉仕などの徳を理想とした、とかありませんでしたか?! そんな基本中の基本を忘れているような陛下は、もう騎士道精神の書トリエス王国版の清書百回宿題です!」
「先程言った気もするが、余は国王でな? 理解できているのか、その頭は」
それに騎士道精神の書なぞ見た事も聞いた事もない、と陛下は頭の弱い子を相手にしてやっているといった感じで鼻を鳴らした。
「馬鹿にしないでください!」
私は指さしていた手を下ろして、どんとテーブルを叩いた。
こうなれば音による威圧効果を狙うしかない。
「馬鹿だろう、普通に」
「陛下なんて変態なくせに!」
「どの辺が」
「分かりませんか? 分からないんですか、その頭は! そんな事も分からない頭なんて外堀にでも捨てたらいいんです! 金色の藻が浮いているみたいで寧ろ観光名所になるかもしれないですしね! 国の観光課が観光収入上昇で泣いて喜ぶんじゃないですか?!」
「小娘っ」
「分からないんなら、この私が教えてあげましょう!」
「もうよい」
うんざりした様子で陛下が手を振った。
しかし!
そんな中途半端、この私が許す訳がない!
あるはずがないではないか!
相手が誰であろうが、もうこの際一切関係ないからね!
そう、例えヘロルドさんが恐怖に慄いた表情をしていてもだよ!
「なんにも良くないですよ! なに言ってるんですか! いいですか、陛下。その耳の穴かっぽじってよーく聞いて下さいよ?! 陛下の変態確定の理由はですね、繊細且つ麗しの乙女であるこの私の肉汁シミシミパンツを至近距離で見続けた事です! 会話しつつも時間をかけてバッチリじっくりシッカリその両眼で見てたでしょう?! 日本の花の女子高生、JKのシミシミパンツですよ?! ウチの国なんか、女子高生のパンツは高値で売れるんですからね! 洗ったら駄目なんです。脱ぎたてほやほやシミシミパンツが価値有り有りなんです。マニア垂涎モノなんだから! その私のパンツをタダ見した挙句、さも自分は『興味もありません』みたいな態度を取って真っ当な人格者のフリをするなんて! イヤラシイ上に盗人猛々しいとはこのことです! 陛下のむっつり助平!」
大興奮中の私は、所々に日本の恥晒し発言があるのに気づかない。
陛下は眉間どころか鼻の頭にまで皺を寄せんばかりの、思いっきり嫌そうな顔をした。
「何故、余がお前の下着如きを見た程度で、そのように言われなければならん? 全くくだらない。そもそも異世界の小娘、お前、祖国でそれこそ真っ当な女扱いをされていたのか? 余にはお前が女には全く見えない。そんなお前の下着なぞ視界に入ったところで何とも思わないし、寧ろ目障りで不快だ。お前の下着に価値が付くなど余には想像もつかん話。お前の祖国、ニホンとやらは変わった国なのだなとしか言いようがない」
「酷い! やっぱり陛下は変態なだけでなく冷酷非道な人間なんだ! よくもいたいけな女の子に向かってそんな酷い事が言えますね! だいたい私が女じゃなかったら、じゃあいったい何だって言うんですか?! 陛下から見て、私は何に見えるんですか?! 女じゃないんですか? 乙女じゃないんですか? 淑女じゃないんですか?!」
「淑女? よく言う」
陛下は明らかに小馬鹿にしたように嗤った。
「珍獣だ」
「は?」
私は思わず聞き返した。
今、理解不能な単語が飛び出した。
不適切生意気発言を発したことのある前科持ちの陛下のあの口からね!
「珍獣だと言った。余にはお前が珍獣にしか見えない。女どころか人にも見えんな。―――そうは思わんか、ヘロルド」
「……そう、でございますね。私もそのように」
やっぱり私は人外扱いだったのか!
どおりで名前をいつまで経っても聞かれないと思ったよ!
突然、話をふられてヘロルドさんが盛大に困っている。
ていうか、今、肯定した?!
ねえ、ヘロルドさん、今、肯定したの?!
酷い、ヘロルドさんも!
ううん、いや、酷いのはやっぱり陛下だ!
「というか、陛下がそんな風に聞いたら忠臣ヘロルドさんは否定できなくないですか?! パワハラだ! 威力業務妨害だ! 職権濫用反対! 訴えてやる!」
何処に? という指摘はこの際不要だよ!
「五月蠅い、珍獣」
「ムカつく! 言うに事を欠いて私を珍獣と呼びましたね?!」
「言ったが、それがどうした」
陛下は肩を上下に動かす。
もう彼の全ての動作が私を小馬鹿にしていた。
あー…腹が立つ!
私は目をキッと吊り上げて陛下を睨みつけた。
「陛下は異世界転移モノの男役失格!」
断言だ!
はっきりキッパリ断言してやる!
私の唯一絶対神に誓ってもいい!
「逆ハーメンバーには絶対に入れない! 意地でも入れない! 陛下が泣いて頼んで土下座して悶え苦しんでいたって、死んでも入れてなんてあげないんですからね!」
「逆はーめんばー?」
陛下はチラリとヘロルドさんの方を見遣る。
ヘロルドさんは控えめに首を横に振った。
二人とも意味が分からないのだろう。
無知め!
小学生からやり直すべし! 天使の羽なランドセルを背負ってね!
「逆ハー。それは乙女の永遠なる憧れであり夢のことですよ!」
私は両腕を天―――厳密には異様に豪華なシャンデリアや黄金彫刻や天井画がワキワキな天井だけど―――に向けて広げて見せる。
ああ、うっとり。
その単語にキュンキュンしちゃう、私ってば!
「夢?」
陛下は不可解そうに眉をひそめて、よく分からないという意思表示をする。
「この世に男が理想とする美女美少女で構成されるハーレムがあるように、逆ハー、つまり逆ハーレムとは読んで字の如く、女ひとりに対して、老若の美男美青年美少年の様々なタイプ、様々な身分、様々な境遇のイイオトコ達が女、つまり今回は異世界転移を果たしたこの私に対して先を争い歓心を得るために鋭意努力することですよ! イイオトコ達が死ぬ気で努力をするんです! この私に少しでも好意を抱いてもらう、ただそれだけを目標として! ちなみにヘロルドさん、貴方はロマンスグレー部門に入ってますからね! メンバーです、逆ハー構成員のひとりですよ!」
「わ、私がですか?」
ヘロルドさんが狼狽えた。
心の底から狼狽えているのが見て分かる。
ややっ、ロマンスグレーの狼狽っぷりって、なんて可愛いんだろう!
「お前は真正の阿呆だな」
失礼な!
馬鹿に続いて阿呆が追加なの?!
私は憤然たる面持ちを彼に向けた。
もうこれは己の置かれた立場というものをキッチリと理解させないといけない。
そう、つまり陛下は逆ハーメンバーからは完全に外れているという事をだよ!
「何と言おうと異世界転移モノの王道設定である逆ハー、その私の栄えある薔薇の逆ハー構成団、通称ブルーヘヴンに陛下は入れませんからね。ご愁傷様!」
ブルーヘヴン。
ある時に日本に登場した薄く淡いブルーが入る綺麗な薔薇だ。
私の逆ハー構成団名になんて相応しいんだろう!
そんな魅力的な名称を持つ私のブルーヘヴンに陛下の名前は無い!
一切無い!
断じて無いよ!
「誰が入るか。馬鹿馬鹿しい」
陛下は吐き捨てるように言った。
その言い様に私が口を開こうとすると、控え目に、だけどしっかりと重厚で品の良い装飾が施されている扉を叩く音が聞こえた。扉越しに少々くぐもった声がかけられる。
「お食事中失礼いたします。陛下、宰相閣下から使いの者が来ていますが如何しますか」
「入れ」
陛下は扉に視線を向けることもなく、命令しなれた者独特の声音で応じた。
扉付近で固まっていた従僕Aといった純朴そうな亜麻色の髪の青年が若干慌てて扉に手をかける。
今の今まで存在感が全く無かったメイドらしき女性たちが、優雅な動作で体の向きを変えた。
入ってきたのは何とも貴族然とした若者だった。
年の頃は私と同じか若干下くらいに見える。
陛下のように『黄金!』と強烈な主張を放ったような金髪ではなく、淡い優しい色味の金色の髪を持っていた。
髪は陛下より少し長く、緩くひとつに纏めて背中に流している。
瞳は目を伏せているので色は分からない。
「失礼いたします、陛下。エーヴァハルト宰相閣下からの言伝がございます」
「許す」
少年は陛下の許しに視線を上げた。
おおぅ、瞳は碧眼か。
というか、予想を裏切らない美少年ぶりに私は妙に感心する。
やっぱり異世界転移には美少年は必須だよね!
美少年といったらやはり儚げ系かな? やややっ、気になる!
凄く気になるよ!
まあ美少年儚げ系といったら一歩間違えるとボーイズラブの世界に突入してしまう危険性はあるけれど、今回は私にとって異世界転移王道路線で進行中のはず、きっとね!
そっち系にならない事を私は祈っているからね、切に祈っているからね、少年!
視線をあげた少年は陛下を見ようとしたのだろう、―――が、その碧眼は陛下の目前の私で止まる。思わず視線がいってしまったという感じだ。
あ、目が合った。
彼は少しだけその碧眼が納まっている目を見開いて、そして固まった。
「…………」
「…………」
少年は固まり、私は今この場で声を発しては流石に拙かろうと無言を通す。
そんな私たちに陛下が促した。
厳密には少年をだけどね?
「―――どうした?」
「あ、いえ。失礼致しました」
陛下の促しの声に、少年はハッとしたように私から視線を逸らす。
まるで何も見ませんでしたの如く秀麗な顔を素早く無表情に変え、彼は陛下に浅く頭を下げた。
その素晴らしい切り替えに私は思わず唸る。
凄いね!
私と年はそんなに変わらなそうなのに!
ウチの学校の超優秀と言われている生徒会長でも、そういった切り替えはなかなか出来ないんじゃないかなぁ?
だって陛下って国王でしょ?
謂わば一国の頂点。
絶対的権力者。
ウチの生徒会長は少女漫画を地でいく感じの、そこそこの容姿と運動能力、何故ウチの学校に入学したの? っていうくらいの優秀な頭脳を持っていて、そして嫌味なくらいに素晴らしい外面を持つ人間だ。
でもそんな流石の生徒会長も、内閣総理大臣を目の前にして『どうしたのか』と問われれば、まず間違いなく凝固するだろうと容易に想像できる。
アヤツはあの外面で周囲を騙している詐欺師類鬼畜科な生物だけど、内面には私と同様、気の小さいところを隠し持っているんだよね?
武装に武装で誤魔化してはいるんだけれど。
あ、何故、生徒会長が鬼畜科だって分かるのかって?
アヤツ、同類センサーでそれを見抜いた口止めとして、私の胸を揉んだんだよね!
しかもブラの中に手を入れて!
そして揉んだ挙句に『貧乳にも程があるだろ!』って大ウケしてさ!
あー…物凄く嫌なこと思い出しちゃったよ!
加藤め!
いつか目にモノみせてくれるは、って私、元の世界に戻れないフラグ立ってないよね? え、もしかして立ってる? 仕返しする前に敗走なの?
そんな衝撃的事実に気づき、思わず私は声に出してしまっていたようだ。
「五月蠅い! 少しは黙っていられないのか、お前は!」
陛下は背凭れから身を起こし、すらりとした長い指を持つ綺麗な手で私の頭を鷲掴みにしてギリギリと力を入れた。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
陛下、痛い!
暴力反対!
「痛いですよ、陛下! 超痛い!」
私は涙目で抗議する。
鷲掴みする陛下の手を外そうと試みるけれど、外れないどころかビクともしない。
ていうか、本当に痛くてホロリと一粒の涙がこぼれた。
突然の異世界転移を果たし、帰還不可フラグが立ったかもな状況でも出なかった私の涙がだよ?!
「当たり前だ! 痛くしているのだからな!」
「乙女に暴力なんて最低! 冷酷変態極悪鬼畜陛下!」
「極悪と鬼畜が増えたな」
私が若干の涙声なら、陛下はもうこれ以上無いというくらいのうんざり声だ。
「極悪で鬼畜なんだから仕方無いじゃないですか! 極悪鬼畜ド鬼畜ド変態ドS陛下!」
「どえす? ……いや、いい。何でもない」
陛下が私の言う彼にとっての意味不明な言葉にまた不可解そうに眉をひそめるが、それも一瞬で、うんざりした表情を取り戻すと、軽く振りまわすようにして私の頭から手を放した。
気を取り直すかのように陛下は浅く息をつく。
「おい、ルドルフの元へ戻る前に法務長官の所へ寄って、至急、此方へ来るよう伝えろ。あれには用件を済ませ次第行くと」
「御意」
「ルドルフ?」
「五月蠅い、黙れ」
「酷い! 聞いただけじゃん!」
私と違い、陛下の命にそつなく返した少年は、ちらりと此方に綺麗な碧眼を向けた。
その瞳に驚愕の色が浮かんでいるのに私は首を傾げる。
ああ、それより本当に頭が痛かった!
陛下、微塵も容赦しなかったな?!
一粒だけこぼれた涙の跡を拭いながら、私は少年に声をかけた。
もう陛下同様、彼に対しても遠慮はいらない気がする。
なんとなくだけれど。
「あれ、少年、陛下への伝言はもう伝えたの?」
私は今にも去りそうな気配を漂わせている少年に思い切って疑問をぶつけた。
くどいようだけれど、私は何においても気が小さいんだよ?
「えっ、僕ですか?」
「あ、うん」
「はい。たった今、申し上げましたが……」
少年は私から声をかけられるとは思っていなかったのだろう。
目を見開いて、碧眼を戸惑いに揺らした。私はそれに更に首を傾げる。
「え、言った?」
「聞いた。お前が聞いていなかっただけだろうが」
「えー…」
聞きたかった!
全然関係ないけどね!
だって、ねぇ?
やっぱり国王への伝言って何だが気になるじゃない?
今まで一般庶民中の底辺小市民だった私なだけに、国の中枢の片鱗が見てみたいというかさ。
野次馬根性というか、ネタ的にというか。
そして出来るならSNSにでも晒してみたいというか。
その時はきっと陛下に殺されるような気がするけれど。
「なにがだ。お前にはそもそも関係のないことだろう? 少し黙れ。―――ユーリウス、これの相手をする必要はない。行け」
お、少年の名前はユーリウス君というのか。
うんうん、なんか合ってる!
いいね、益々貴族様って感じで!
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