第2話
おおぅ、それは痛い。
痛すぎるよ!
陛下と来ちゃったじゃん!
これってさ、益々王道を踏襲してしまい続けているよね?
せめて殿下くらいにしておいて欲しかった!
私の心臓の為にも!
手にしていたアメリカンドッグを私は被害を免れた彼のパンが鎮座している小皿の上に乗せて、コンビニ袋と鞄を脇に置いて蟀谷に手をあてた。
この際、視界もシャットダウンだ。
あー…どうしようかな。
全く人生って悩みが尽きない。
少なくとも私の現況の悩みは、学校の帰りに寄った家電量販店で『愛と絶望の黒薔薇魔帝国物語弐~魔皇帝復活愛憎編~』の初回特典スペシャルドラマCD付き本体同梱版予約を断られたところから始まっているのだ。
同梱の本体がパーシヴァル様仕様だったのにだよ?!
―――あ、えとえと。
基本的にオタク属性、且つ、引き籠り属性なんだよね、私。
学校のお友達には必死に隠しているけれどね?
そんな現状にはどうでもよいことを薄っすら現実逃避気味に考えていた私を余所に、イケメン君、もとい、陛下とヘロルドさんは会話の応酬を始めた。
「ヘロルド、この世界に魔法があると聞いた事はあるか?」
「……いえ、私は耳にした事がございません」
「では、世界が滅亡の危機に瀕している、この国が亡国の危険に晒されている、邪神復活、魔王、魔族が攻めてきている、といった事は?」
「いえ、それもございません。各国、争う事は多々ありましても世界滅亡までとは。この国も同様です。それに、邪神、魔王、魔族も神話や物語の域を出た存在ではないと認識しております」
「成程。それでは、この異世界人らしき者を召喚したという話は聞いた事があるか? 余のところには話は上がってきていないし、指示も出した記憶も無いが」
「私も聞いた記憶がございません。そもそも陛下がご存じでいらっしゃらない異世界人召喚という大事を私めが知っているはずがございません」
「―――だそうだ。これでお前の先程の、緊急的理由で召喚したとかは、の疑問に答えられたか? ああ、そうそう、我が国には異世界人の女を妻にしなければならないという決まりも今まで耳にした事が無いし、王族に行方不明の姫も居ないと一応追加で言っておく。―――おい、異世界人。お前、何をしている? 話を聞いているのか?」
両蟀谷にぐりぐり中指を押し当てて現実逃避の為に目を閉じていた私に、陛下が怪訝そうな声音を出した。
目を開くと、彼のアメジストな瞳に不愉快そうな光が宿っている。
あ、ごめんなさい。
怒らないでください。
私は慌てて陛下に日本人特有の、とりあえず笑みを浮かべてみる、を実行する。
もうとりあえず笑っておけ。
少なくとも空気はこれ以上悪くならない、と思うけれど、どうなんだろう?
「聞いていますよ、陛下、で合ってますか? ヘロルドさんとおっしゃるそちらの方が陛下と呼んでいるという事は、国王なんですよね、やっぱり」
「そうだな。一応、国王という地位に就いてはいるみたいだな」
なんか答え方が捻くれていると思うのは気のせいだろうか。
というか、小馬鹿にされている感じかな。
くそぅ。
そこへなおれ!
この私が小一時間懇々と懇切丁寧に説法してあげるよ?!
土下座だ、腿にコンクリートのブロック五個乗せてあげるから覚悟しろ、それとも有刺鉄線で亀甲縛りとか? ん? ……なんて勿論言えないよ?
とりあえず私、怖いもの知らずでは無いからね?
長いモノには張り切って巻かれちゃうんだよ?
もう巻っき巻きの、ぐっるぐる!
簀巻き状態どんと来いだよ!
「そうですかぁ」
「声に力が無くなったな」
「えー…そうですか? まあ、そうかもしれませんね。だってもう異世界転移確定の、転移先が一国の国王の下で面倒臭いルートだし力も抜けますって。加えて今後、万が一にも帰還方法皆無フラグが立った日には立ち直れません、私ってば。流石に泣きそうですよ」
「余の下は面倒臭いのか」
陛下はほんの少しだけ面白そうな顔をした。
面白そうっていっても、意地悪そうな雰囲気の面白そうね。
嫌な感じの。
あー…不幸フラグも立ちそうだな。
厄年って何歳だっけ?
女の人は確か十九歳で一度来たような?
それって来年?
あれあれ、数え年だっけ?
どちらにしても前厄か本厄じゃん!
しまったなぁ。
この間、御神籤を引きに行った時に厄祓いしてもらうんだったなぁ。
もう最大級の厄が発動しちゃったじゃない。
私は溜息をつきながら陛下に教えてあげた。
「面倒も面倒ですよ。異世界転移ものの国王ルートは無理矢理正妃コース、拒否不可側室コース、何らかの身勝手な理由による拉致監禁コース、使用人侍女コース人格無視強制労働編、使用人侍女コースいびられ性処理凌辱強姦編か、無一文で城外放り出し放置プレイコース野垂れ死に編、えっと、他には」
「他には?」
「んとんと、他にはですね、無一文で城外放り出し放置プレイコース売春宿行き編、奴隷降格家畜以下扱い通告コースに、最悪、牢獄ぶち込まれ処刑コースギロチン編、牢獄ぶち込まれ処刑コース獄吏による輪姦獄死編です」
「なかなか豊富だな?」
「でしょ? ちなみに理想は城に客人待遇コースです。衣食住保障の有りの放り出しプレイ無し、無理強い投獄無しで基本的人権保障有りな。あ、でも何よりせめて陛下じゃなくて殿下だったらまだマシだったんですけどね。しかも第一王子じゃなくて、第三以降の。王位継承権から遠ければ遠いほど理想的です。ちなみに王弟殿下ルートは駄目です。面倒度は下手すると国王ルート以上かもしれません。必ずといっていい程、王位継承権がらみの王子殺害編か、王位簒奪の陰謀暗躍政争内紛国王暗殺編に巻き込まれますからね、あれは。恐怖で震えちゃいます、私ってば」
陛下が小さく噴き出した。
あれ、この人、笑うんだね。
とりあえず不機嫌よりはマシだから良しとしよう。
私の今後の為にも彼の機嫌を損ねる訳にはいかないもんね?
別にウケ狙いで言った訳じゃ全然ないんだけどさ。
ていうか、ヘロルドさん。
その未確認生命体Xを前にしたような信じられないモノを見るような目は何なの?
止めてみてくれる?
ロマンスグレーにそんな風に見られたら流石に私も傷つくよ?
一応、傷つきやすいお年頃なんだよね、これでも。
まだ十代学生なんだよ?
高校卒業はまだ半年後なんだからね?
「幾多の道があって素晴らしい限りではないか、余の下は。そうだな、余も王弟殿下ルートとやらは避けたいものだ。隣の小国がこのほど見事にそれを実行して、今や内戦にまで発展している醜態を演じていてな? 我が国としては黙って見て見ぬふりをしておれば良いのか、向こうは侵略をして欲しいのか判別がつかず余としても悩んでいるところだ。異世界人、その辺りどう思う? お前が余ならどう動く?」
「陛下」
ヘロルドさんが静かな声で明らかに陛下を諌める。
おお、出来た臣下だね。
そうそう、国王が突然現れたアヤシイ―――自分で言っててめげそうだけど―――異世界人の私のような者に聞くような内容ではないもんね?
間違った言動行動をした主君に勇気を持って諌める事ができるなんて、なんて良い臣下なんだろう。
幸せ者だね、陛下。
ところでヘロルドさんは、どういう立場の人なんだろう?
なんとなく執事っぽいんだよね。
爺的雰囲気というか。
ヘロルドというよりセバスチャンという名前が似合いそう、なんて、凄く偏った私の思い込みなんだけどね。ごめんなさい、ヘロルドさん。
心の中で謝っておくね?
そんなヘロルドさんの諌めも、壮絶に偉そうな―――偉いんだけど―――陛下の前ではやはりというか何というか、あまり意味を成さなかったようだ。
陛下は片手を少し上げてヘロルドさんを制する。
コンプレックス持ちの私には嫌味にしか見えない宝石みたいな紫の瞳に、挑発の色を滲ませているのを私は見た。
見たよ!
見たんだからね!
よし、その挑発買った!
私ってば買ったよ!
受けて立つからね?!
後で吠え面かかないでよ、陛下め!
うけけ、なんて、何の挑発を買ったんだか自分でもよく分からないけれど。
陛下は私の意見なんて聞いて面白いんだろうか。
面白いんだろうな、小馬鹿にしてるみたいだし。
私の考えなんて参考にすらならないもんね?
完全なる部外者だしさ。
「ただ聞いてみたいだけだ、ヘロルド。異世界人はどう考えるものなのかとな。まあ、この小娘が異世界人の平均的思考を保有しているかどうかは甚だ疑問だが。で、どう動く、異世界の小娘。お前に責任は皆無なのだから自由に申してよいぞ?」
陛下、異世界人に小娘オプションを付けたな。
くぅ……始めに名乗らなかった私も大概だけど、陛下も名前を聞こうともしないところをみると私は人外扱いかもしれない。
まあ、陛下の世界の人ではないけどね?
うん、私が陛下の世界の人ではないように、もちろん私はこの世界の人には全く関係がない。
今のところね?
だから陛下の言う通り責任は皆無のはずだ。
日本の事だったら、いち国民として例え実行力や影響力が無くても無責任な事は口にしたくはないけれど、ここは異世界。
私にとって、今のところ所詮異世界なのだ。
正直、知人の一人も居ないこの世界では、かなりの上から目線の神様目線で非情な事も言えてしまう。
それこそゲームの攻略法のように。
この世界の命の重さがイマイチ感じられていないしね、今の私には。知らないんだから。
「無責任にも正直に言って本当にいいんでしょうか?」
「そう言っている」
「うーん、じゃあ、遠慮なく」
私は腕を組んで陛下と目を合わせる。
何事もお話する時は目線を合わせないとね、なんて。
まあ、どんな姿勢であれ態度であれ、私のオシリは相変わらず肉を敷いていて、大腿の間からはソーセージを出している時点で全くもって様にはならないんだけどさ。
私は深呼吸をした。
自分の意見を言うのは少々勇気が必要なのだ。
「その対象小国の領土的価値にも寄るんですけど、基本的にはやっぱり侵略の方向じゃないですかね」
「ほう? 理由は」
陛下、目がなんだか楽しそうです。
うん、まるで珍獣の小躍りを見ているかのよう。
小馬鹿にしている小娘の考えは、そんなに笑えるのかな?
あー…絶対笑えるんだよね?
私ってば、やってられないよ!
鼻をフンと私は鳴らした。
「だって。自国を豊かにするんだったら、やはり他からの搾取が手っ取り早いじゃないですか、どうしたって。後々まで尾を引く差別意識や民族的紛争を考えるなら緩い植民地支配程度に留めた方がいいかもしれないですけど、領土、隣なんですよね? しかも陛下の国から見て小国でしょ? 国土を広げすぎると、それはそれで治めきれない不都合が生じてきますけど、小国なら属国にするより国土として広げて、更にその先の近隣国にまで触手を広げて、日々植民地候補の物色をして、虎視眈々と狙った方がいいですよ。ハンターですよ、陛下。気分はもう狩人の如くです、海賊の如くですよ!」
「海賊な」
「ですです! その際は非情ですけど、後顧の憂いを完膚無きまで消す為に小国の王族は殲滅です!」
「成程。それで?」
「それでですね、反抗的そうな貴族も勿論粛清です。反乱刺客暗殺がウザイ、えっと、目障りですから。適度に原住民に人望のある長いものには巻かれる系の穏健派地元貴族だけを少数残して現地を管理させればいいです。何でも自国から賄おうとすると、必ずといっていいほど反発が起きて反乱の火種になりますしね。面倒です。侵略する為の必要経費と、その後の見込める利益を天秤にかけて利益の方が大きければ、悩むことなんてあまり無いんじゃないですかね? だって、自国が潤えば陛下の支持率も上がりますし、地盤が固まります。国民って景気良くなって自分がウハウハなら、多少の暴君でも若干恐怖政治敷いても、寧ろ陛下がド変態でも、ハーレムを作って美女千人くらい囲って国庫を多少無駄遣いしても見て見ないふりをするもんですよ。所詮、末端の国民です。陛下にとっては虫螻にもなりません。焼却炉に放り込むべきゴミも同然です」
「なかなか酷いな、お前は」
「そうかなぁ? まあ、皆ね、臭い物には蓋をするもんです。だって自分が一番カワイイんですから! 自己愛最高です! 逆に不景気だと政権打倒の革命とか起こしかねないですからね。舐めちゃいけません。ひとりひとりだと指で簡単にぷちぷち捻り潰せるただのアリンコですが、集団になると軍隊蟻ですよ! あの凶暴で威力ありまくりな軍隊蟻化するんですよ、陛下。ある意味、為政者からすればタチが悪いんです、庶民って」
「蟻か。余の前で民を蟻と例えたのはお前が初めてだ」
「そうですか? じゃあ、陛下の周囲はお上品な人達しか居ないじゃ? 黄金の箱入りの深窓系お坊チャマだし。国王なんて。軟弱過ぎてお城の外では全く役に立たなそうですしね?」
「…………」
「まままっ、そんな事はどうでもいいんです! 陛下、支持率上昇を狙って下さい。それが政権維持には大切です。血筋に胡坐かいていたら、いつか寝首を掻かれますよ? ウチの国なんか、景気対策で失策したり、愛人ひとり発覚したら大臣の座から簡単に追われちゃうんですからね。愛人一人でですよ? 当人同士とその家族が納得していて、政治家としての仕事をきちんとしていれば、その人の私生活なんてどうでもいいから、と思う私は変わってますかね?! 知りたくないですよ、別に! 政治家のオジサン、オバサンの不倫の話なんて!」
なんとなく私語りの内容が逸れた気がしないでも無かったけれど、最後の方では拳を固めてテーブルをどんどん叩きながら力説できた事に、私的には大変満足した。
ふぅ。
ストレス発散万歳。
すんごく語ったような気がする。
まあ、全体的になんともお粗末な内容だったりしたんだけれど、それでも良かった。
だって陛下はどうせ碌に聞いてなんていないんだから、と思っていたのに、なんでそんなに真剣な目で此方を見ているの?
怖いよ、陛下!
ごめんなさい!
大変申し訳ありませんでした!
私ってば、なんか気に障ること言った?
あ、やっぱり無責任な事を言いまくったのがいけなかったのかなぁ?
だって陛下、いいって言ったじゃん!
本気じゃないよ? 侵略しちゃえとか本気で言った訳じゃないからね?!
異世界に転移したことよりも、その目に私は泣きそうだよ?!
もう泣いちゃっていいかなぁ?
「―――異世界の小娘。お前は、よく分からん奴だな。長々と力説していると思ったら、何故、今になって悲愴感を漂わせている?」
「え、だって陛下、怒ってそうなんですもん」
まだ涙は出ていなかったけれど、女の涙は卑怯な涙。
ということで、私はちょっぴり鼻をすすって、目元を拭うフリをした。
「あー…陛下、私の女の涙に免じて怒りを治めてくれませんかね?」
陛下が片眉をあげた。
おおぅ、器用ですね。
そんな些細な表情筋の動きも素敵です。
イケメンって何をしても絵になるんですね。
いいな。
「涙など出ていないではないか。それに、そのあられもない下半身の惨状に今なお平然とそのままにしているような者が、女などとおこがましいとは思わないか? そもそも怒っていないしな、別に」
その言葉に私はムッとした。
当然だよね?!
「いや、陛下は怒ってます! 目がそう言ってます! それなのに怒ってないなんて、そんな嘘つき人間におこがましいとか言われたくないです! 陛下は酷いです! 非人道的性格の冷酷人間です! もしかしたら、ううん、もしかしなくても変態属性確定です!」
「ほう?」
もう言ってやる!
例え陛下の横でヘロルドさんが顔を青褪めさせていたって言っちゃうよ!
私は我慢してたんだからね!
私のパンツだって言えって、ずっと叫んでたんだよ!
肉汁ソース吸いまくりなんだぞって!
もうきっとシミになって落ちないよって!
今日はお気に入りのを履いていたのに!
それを……それを、それをっ!!
パンツの恨み、知るべし、陛下!
私は日本人なんだぞ!
という事はだよ?!
一滴くらいは希代の陰陽師安倍晴明の血が流れている可能性だってあるんだからね!
なんていたって彼は平安時代の人。
枝分かれに枝分かれした血が、先祖はずっと農民だったと言われている私の家系にだって間違って潜り込んでいる可能性は、例え極小でもあるんだからね?!
ふふふっ、思い知れ、陰陽師の呪!
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