解決篇
どうしてそれを園田さんが知ってるの?
「男と逢引かい? でも学校でそんな話もなかったから、違うと思うけど」
何で学校の会話を知ってるの?
「友達と怪談話で盛り上がるのもいいけど、君はかわいいからね」
何で近づいてくるの? なんでネクタイを緩めるの?
「危なっかしくて、今日も見回りしててよかった」
何でさっきまで私が家にいないことを知ってるの?
「もう少し見守るつもりだったけど、誰かにとられるくらいなら」
じわじわと近づく園田さんから距離を取るうちに奥の便座にひざがあたり、そのまま座り込んでしまった。
「いやーーーーーーーー!!」
私は、今まで出したことのない大声を出した。
出したはずだった。
その悲鳴は、便器から噴き出した大量の水の噴射によって、かき消されてしまった。
「わぶぶぶぶ! 何だ!」
構図としては私の足の間から噴き出した水が顔にあたった園田さんは、突然の水圧洗顔に驚きながら後ずさりする。そして、吹きあがった水柱を見上げてさらに後ずさりした。
私は、その水柱に見覚えがあった。
『だからいったじゃない。もう少し待ったほうがいい、って』
真っ黒のセーラー服。長くきれいな黒い髪。
「……花子、さん?」
「なっ何だお前! どこから入ってきた! そうかお前がストーカーか! 俺の優子ちゃんに付きまとう失礼な奴か!」
もうほぼ半裸になった園田さんは、まだ首に巻いたままのネクタイを完全に解き、両手に持って花子さんを威嚇し始めた。
『私は古い感覚の持ち主だからよくわからないけど、それはあなたの方じゃないかしら』
ぴた、ぴたと花子さんの水に濡れた上履きがタイルを踏みしめながら園田さんに近づく。一歩近づくにつれて園田さんの表情も強張り、一定の距離を保つよう同じだけ後ずさる。
「くっ…… うおおおおおあああああ!」
壁あたりまで追いやられた園田さんは、足が壁にあたるのに気が付き、一気に距離を詰めた。
『馬鹿ね』
花子さんが伸ばした手を園田さんはネクタイで絡めとり、背中にまわって間接を決めにかかろうとするが、そのまま紐を相手にするかのような抵抗のなさに一瞬力加減が暴走し、態勢が崩れた。その隙をついた花子さんは後ろ手のまま背中で園田さんの首を極める。
「ふぐっ!」
『大丈夫だった? 優子ちゃん』
百八十度回った首が、私を気遣って声をかけてきた。
「え、ええ…… なんとか」
とにかくその場から立ち去りたかったが、既に腰も抜け、便器から降りるだけで精いっぱいだった。
『やっぱり、友達を怖がらせるようなやつは流した方がいいと思うの』
首ごと園田さんを持ちあげた花子さんは、再びゆっくりとした足取りで便器に近づき、園田さんを抱え上げた。
『ば い ば い』
そして、二人して渦巻く水流の中へと吸い込まれていった。
数日後。
あの一件から悩まされていた謎の視線は感じなくなり、部室の方も散らかることがなくなった。
本当に園田さんが犯人だったのかはわからないけど、時期が一致しているのは間違いない。
一応解決はした、と思って警察署へ被害届の取り下げに行くと、園田さんの同期と名乗る刑事さんから声をかけられた。
なんでも、園田さんは今行方不明になっているらしい。
家族もいないらしく、最近接触があった人間に声をかけているのだが何か知らないか、とのことだ。
多分、最後に接触したのは人間ではないのだろうが、教えても信じてもらえないと思ったので黙っていた。
私は気持ちが落ち着いたあたりで、もう一度花子さんに会いに行ってみた。
結論から言うと、もう会えなくなっていた。
旧校舎の改修が決まったらしく、バリケードが築かれており入れなくなってしまったのだ。
お礼が言えなかったのが残念、と思う自分と、もう会わなくてもいいんだ、と安心している自分がいる。どちらも本当の気持ちかもしれないが、きっと時間が経つにつれて安心の方が強く残るだろう。
部活の帰りにバリケードの近くまで来た私は、その向こう側の旧校舎を見上げながら誰にも聞こえないほどの小さな声で『ありがとう』と呟いた。
暗くなるのも早くなり、風が強くなってきたので上着の襟口を強く締め、足早にその場を去った。
そんな風に乗って、私は『またね』と聞こえた気がした。
花子さんは真夜中のトイレで待っている 国見 紀行 @nori_kunimi
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