第2話 ある男のハナシ

ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ......


無機質な機械音が、木を伝って、骨を伝って俺の脳内に響く。昨夜は仕込みをして、早く床に就いた記憶だったが、まだまだ寝足りない。数秒前まで、頭でスライドショーのように流れていた夢の映像も、ブチリと切られ、再生不可能だ。心地のよいまどろみの中に、身体を預けて寝てしまいたい衝動に駆られるが、数ミリほどの理性が、起きるように促してくる。


南枕にしたのは間違いだった。寝ていたい身体とは裏腹に、頭は日光を浴びてしゃんとする。諦めて、布団を全力で蹴とばし、跳ね起きると意外にも身体は軽い。思っている以上に俺の身体は丈夫らしい。


まあ、起きてしまえば何て事はない。連日の習慣として染みついた朝のルーティンは、一日で崩れるほど“やわ”じゃない。

“ローマは一日にして成らず”と言うが、まさにその通りだ。


いつも通りほとりの湖まで歩こう、と散歩する。

人は期待していないときほど、思いもよらない幸運をつかむ。家のそばに湧き水があることを知ると、俺の水道は場を移した。

ひやりと冷たい水の感触を、頬が捉える。早朝の涼しい気温と相まって、何とも言えない気持ちよさだ。


最近うっとうしくなってきた前髪も、この際切ってしまおう。そう決意すると、慣れた手つきで重くなった前髪をすいていく。ツンツン頭俺は、ストレートな髪に憧れていた時代ときもあったが、今は気に入っている。重くなったら切ってしまえばいいだけだ。案外上手く切れた前髪は、更に俺のテンションを上げた。


今にもスキップしだしそうな軽やかなリズムで卵を割り、といて、油を引いたフライパンに丁寧に流し込む。半熟状態の卵に塩、コショウを振り、マヨネーズでふっくらさせると、箸で中央から解体する。いつもより多めにチーズを入れ、とろりとしたスクランブルエッグの完成だ。

トースターでは、先程入れたパンも焼きあがっている。

満足げにそれを見ると、ベーコンを厚切りにし、フライパンへIN。俺の上がりきった陽気なテンション同様、ベーコンは自身の油でダンスする。

フライパンから逃げ出しそうな程の高いジャンプは、俺への攻撃だろうか。有頂天な俺を冷まそうと、ひどく熱せられた油が飛んでくる、見事に手の甲へと命中した。


森をつんざくような悲鳴と共に、俺の一日は始まりを告げた。

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心を満たすレストラン 紀伊航大 @key_koudai

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