第2話 物忘さんと図書当番

 物忘さんと俺は図書委員で当番のペアだ。

実は、1年頃からの付き合いなのでかれこれ2年目になる。

そもそも、図書当番とは、昼休みと放課後のそれぞれ二回、図書室の戸締まりと貸出・返却窓口を担当する仕事だ。

この他に、入荷した新刊のラベル貼り、書庫整理、おすすめ図書の選出、ポップ作りなど仕事は多岐に渡るが、人に見える業務はカウンター業務くらいだ。

 当番のペアは毎年同じ学年同士くじ引きで決めるのだが、俺と物忘さんはまた奇跡的にペアになったのだ。

『今年も一緒だね、馬締くん』

そう言って物忘さんは嬉しそうに笑った。こっちの気も知らないで。



 そんなわけで、彼女の仕事ぶりとわすれっぷりに関してはよくよく理解している。

けれど、わすれっぽい物忘さんが絶対に忘れない事がある。それは、図書当番だ。

1年の頃から、図書委員の集まりと図書当番だけは忘れたことがない。

図書当番の日は必ず早くに図書室に到着していて、準備もテキパキとしている。貸出・返却もしくじることなく受け付ける。

一連の作業が終わったあと、ほぼ毎回教室に忘れ物をしているのでそれを取りに行き、それを回収したあと、戸締まりをする。

新刊が入っている日は早めに図書室を閉め、準備室で本の帯や栞を外して貸出が出来るように体裁を整える。これがいつもの流れだ。

 今日も、いつものように閉室時間が迫ってきて、お互いが暇になった頃、ポツポツと雑談が始まる。

「……暇だねえ」

「暇だね」

「この時間は全然来ないもんね、皆おうちかな」

「部活生はその辺で頑張ってるよ、ただ本に用事がないだけじゃない?」

「それもそっか」

そこで一旦会話が途切れる。ふと、物忘さんの横顔を眺めた。少し輪郭が丸い、女の子だなという顔付き。切れ長と対極を成す丸い目が小動物っぽい。肩まで届くか届かないかのセミロングが表情を隠していた。すると、急に物忘さんがこっちを見る。

「……なに?」

「馬締くん、ずっとこっち見てたでしょ」

気付かれてた。

「……はい」

「……見た?」

主語がない。いったい何を。そしたら、物忘さんは不意に髪の毛を払って、首筋を見せた。日焼けもない生っ白い肌にちょっとだけ動揺する。

「な、なに?」

「……ここ、ちっちゃいホクロがあるの」

マジマジと見詰めると、確かにホクロがあった。目立つようなもんじゃないけど、あると思えば見える。

「……あるね」

「恥ずかしいから髪で隠してたんだけど……ついにバレたのかと……」

今自分でバラしましたよ。

「う~恥ずかしい……」

そう言って、物忘さんは身体の向きを元に戻した。それきり、閉室時間まで俺たちの雑談は再開されなかった。時間になると西名先生がやって来て、一緒に戸締まりの点検を始める。そして、それが終わると、先生は「お疲れさん」と言って鍵を受け取って俺たちを先に帰した。

 図書当番が終わり、玄関へ向かうと、毎度のように物忘さんが俺の袖を引く。

「馬締くん、途中まで一緒に帰ろ?だめ?」

断るわけがない。いいよと頷く。



 取り留めもなく、物忘さんと雑談をしながら歩き、俺は前から気になっていたことを彼女に問い質した。

「物忘さんってさ、図書当番忘れないじゃん。あれってなんで?」

他のことはよく忘れるのに。

「図書当番?忘れないよ、だって大事な事だもん」

「筆記用具も大事だよ。今日も忘れてたじゃん」

「へへ……面目ない」

「物忘さんにとって大事なことは忘れないってことね。……本好きだもんな」

俺がそう言うと、物忘さんは嬉しそうに頷く。

「本も好きだし、馬締くんともお喋り出来るからね当番。……あ、今日は買い物あるからここで、また明日ね!」

物忘さんは一方的にそう言って、手を振って走り去った。

……俺と話せることも、大事って思っていいんですか。

家に帰ると、母に顔が真っ赤よ、と言われた。

物忘さんのせいです。

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ミスターおこりんぼとミスわすれっぽい 弌原ノりこ @mistr_1923

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