ミスターおこりんぼとミスわすれっぽい

弌原ノりこ

第1話 物忘さんと俺

 HRホームルームが終わると、俺はすぐに立ち上がって、通学用のリュックを肩に掛けて教室を出た。部活に入っていない同級生や先輩後輩が学生玄関へ向かうのを尻目に、俺は彼らと逆方向の職員室へ向かった。

 職員室に入り、少し首を巡らせると、見慣れたごま塩頭が目に入る。そちらに近付いて、気持ち抑え目の声で西名先生に話し掛ける。

「先生、図書室の鍵貰いに来ました。今週の当番は俺です」

「おお馬締まじめくん、いつもながら早いねえ。鍵ね、はいはい。ほい、今週もよろしく」

「はい、頑張ります」

俺はそう言って、職員室を後にした。

 職員室を出て、真っ直ぐに歩くとすぐそこに階段があって、そこを上がると3階だ。

3階には、3年生の教室と視聴覚室、音楽室、生徒会室、そして図書室とそこに隣接した図書準備室がある。階段からあがって右手側に曲がり、突き当たりまでいくと、そこが図書室だ。この高校の中で最も日当たりが悪く、生徒会がふざけて行ったアンケート曰く利用率最下位(そんなわけあるか)の教室らしい、小国の辺境だ。普段なら誰もいないはずが、一人の女子生徒が扉と格闘している。

「あれえ……おかしいな、んしょんしょ……なんで開かないの?」

鍵がしまってるからだよ。

俺は、コホンと咳払いをして、彼女の肩をちょいちょいと指先で突っつく。すると、彼女がこちらを振り返る。俺が誰だかわかるまでの一瞬はキョトンとしていたのに、俺が誰なのか一瞬で理解すると、彼女は満面の笑みを浮かべて俺に話し掛けてきた。

「馬締くんおはよう」

「おはよ、物忘ものわすれさん」

彼女の名前は物忘彼方ものわすれかなた、図書当番の俺の相方だ。

「あのね、馬締くん、図書室開いてなくて、どうしよう」

「鍵開いてないからね」

そう言って、受け取ってきた鍵を掲げると、彼女は「あっ!」と声をあげる。彼女は毎回、図書当番の度に何かを忘れて「どうしよう馬締くん」と俺を頼る。いい加減、そうやって宛にしてくるのも勘弁して欲しいと思いながら、俺は眉間のシワを今日も深くしている。

「しっかりしてくれよ、俺とペアなんだから」

つい説教っぽく、いやイライラしているように物忘さんに言ってしまう。本当は、そんなことが言いたい訳じゃないのに。

「へへへ……面目ない。馬締くんがペアじゃなかったら、きっと色んな人を怒らせてたんだろうなあ、わたし」

俺も怒ってない訳じゃないです。

「……馬締くん、怒ってる?」

叱られた子どものように物忘さんが訊ねてくる。別に、致命的な失敗をしてる訳じゃないし、貸出返却業務はちゃんとやってくれているし、反省してない訳じゃなくて、物忘さんは忘れっぽいだけだと俺はわかってる。だから、こう言うしかない。

「……怒ってないよ」

「……馬締くん、いつもありがと」

 俺たちの中で決まりきってることが二つある。

一つ、物忘さんはいつも何かを忘れる。

二つ、それをカバーするのは俺。

けれど、それは別に嫌なことではない。

そして、物忘さんには言えない秘密がある。

なぜか俺は、このわすれっぽい娘のことが好きらしい。

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