25.竜と向かうは黒い月

「ロマニ!?」


 プレトは悲痛な叫びをあげた。


 その目の前でロマニは、乾いた笑いを零しながらも片腕を抑えていた。

 トゲを腕に刺したままだらりと垂れた義手は、ワイヤーが収納しきられておらず、だらしなく伸びている。


「間に合って本当に良かった。お前がもし死んでいたら、どうしようもなかった……」


 坂に並ぶ左右の家屋を使って、急ぎここに来たのかもしれない。辛そうな息を吐きながらロマニはそう言って笑った。


 それからすぐに、左手で自分に刺さったトゲを引き抜き、痛みに眼を瞑る。


 シロヤネズミ達が再び襲い掛かろうと迫って来る。しかし、それらの魔物達はロマニ達を攻撃する前に、真横から飛んできた灼熱の息に飲み込まれた。


 あっという間に魔物たちはただ燃え続ける火の玉となって、近くの地面に落下した。

 プレトが火の飛んできた方を見れば、ベラが深紅調の翼を傍目かせ建物の上を飛んでいた。


「ロマニ、また無茶する」


 ベラは納得と言った顔持ちでロマニ達の傍に降り立ち、ロマニの右腕を持ち上げる。


「怪我はおじさんよりまし。どうする? ロマニも焼く?」


「焼く? 焼くって、何を言ってるの? そんなことしたら後が恐ろしい!」


 ベラの淡々とした一言にプレトは危機を覚えた。プレトは慌てて、今にもロマニの腕目掛けて何かしそうなベラとロマニの間に割って入る。


 急ぎリュックサックを開き、大量の薬瓶の中から、シロヤネズミの麻痺毒に対抗した薬を取り出した。


「治せるの? なら、時間稼ぐ!」


 ベラは感心したように言うと、目の前の魔物達の方に振り返り、近づく魔物達に火を噴きだして、魔物たちを退け始めた。


「ど、どういう事なの。火を噴いている? まさか、地竜様……?」


 突如やって来た二人組のうちのベラに、特に動揺を見せていたのはソワレであった。


 その様子にプレトは小さく相槌に頷きながらも、落ち着いて傷口に薬を流す。


「いぎっ、つぁ……!」


 ロマニは流し込まれた痛みに顔を再び歪めるが、すぐにプレトが別の瓶を開けて傷口に追加で注いだ。すると、ロマニは多少の痛みが中和され和らいだ。


 仕上げに、その上から加護土に埋めてから殺菌した濡れ包帯が巻かれ、しっかりと縛られた。


 土に埋めた上で殺菌を施される包帯は、普通の傷には余計に膿を悪化させる危険がある為ふつう使われない。しかし、負った傷が魔物の瘴気を含んだ害をもたらすものであるのなら、効果は危険を上回る。


 ロマニは加護土の包帯が巻かれた腕の下で、すっと痛みが引くのを感じた。


「できたよ、ロマニ」


 プレトがそう言って一歩下がる。ロマニは包帯の巻かれた自分の腕を動かしてみるが、毒で震えていた腕の痺れが抜け、怪我をする前の状態に近いぐらいには、難なく動かせるのを感じた。


「相変わらず見事な腕前だよ。助かる」


 ロマニは自分が再び戦える事がありがたいとばかりに、笑顔でプレトに感謝した。


「しかしなんだ。ソワレおばさん助けに戻るなんて、勇気あるじゃねえか」


「えっ、み、見てたの……?」


 ロマニはこくりと頷く。


「坂だから、左右にワイヤー打てて跳べてな。おかげで早かったが……それでも、お前をかばうにはぎりぎりの時間だった」


 ロマニはそう言いながら、どこか申し訳なさそうに横を見て頬を掻く。


「……もしお前が助けようと戻ってなかったら、俺はソワレおばさんを助けることもできなかった」


「!」


 ありがとう、とロマニは言った。


「後は任せろ。俺とベラで全部倒してやる」


 そう言って、ロマニはベラと共に目の前の怪物達に立ち向かっていった。


「──ありがとう、なんて……それは僕の方が言いたいよ……」


 その言葉を背に、ロマニとベラは、目の前の魔物達に挑んでいく。


 ロマニは近くの建物の屋上へとアンカーを打ち込んで跳び、ベラは坂の中央に浮遊し続ける魔物達の前に、飛び上がった。


「とげとげで、取り付く場所もない怪物。ロマニ、飛べるとしても、簡単には手を出せないでしょ」


 ベラはちらりとロマニの方に目を向けてから、再び目の前に相対する魔物達に目を向け直す。

 実際、その通りであった。


 建物に魔物問わず、アンカーを打ち込んで跳びまわったり、引き寄せる。実質空を飛んでいるかのような動きを展開できるロマニであったが、その着地点そのものが危険であれば、その自由は許されなかった。


 シロヤネズミは巨大なウニそのもので、体表は触れれば体を害する毒を滴らせた針で埋め尽くされている。そんな場所に飛べば、自殺行為だった。


「まあな、傷を付けようものなら、あいつは自らの毒血を全身にまとう」


 ロマニはそう言いながら、親玉の周りを周回するシロヤネズミに義手を構えた。


「今回の戦いの決め手は。ベラ、お前の炎だ!」


 ロマニはそう叫ぶと、親玉を中心に飛んでいる魔物達の内の一体に義手を向けて、アンカーを射出した。アンカーの先の銛に魔物が刺さり、ロマニはそのまま引き寄せる。


 その攻撃に魔物達は驚き、即座に同胞が引き寄せられたロマニの居る方に、群れを成して襲撃しようとした。その瞬間、ベラが口いっぱいに炎を満たし、火を噴きだした。


 ロマニが魔物を引っ張った慣性のままに引っ張り、自らの後方へアンカーを刺したまま投げ飛ばした直後、ロマニの眼前一杯にベラの炎が広がった。


 ロマニに襲い掛かっていた魔物達十数体が、一度に火の海に飲みこまれる。そして、宙を浮かぶ魔術を保つことも出来ずに地に落下した。


「お返しだああぁぁあ!!」


 ロマニは火が途切れる瞬間を逃がさない。ベラの炎が吹き終わるタイミングで、義手のワイヤーの引き戻しを早め、ボールを投擲するように腕を振るう。


 勢いよく後方から引っ張られ、飛んできた魔物の遺体は、ロマニの背後にぶつかる寸前に、ロマニ自身が横へ回避し、ワイヤーの巻き上げは解除され、そのままベラの方へ向かって跳んでいく。


 飛んでいった魔物の遺体は、ベラに復讐をしようと新たに隊列から離れてベラへ向かっていた魔物達に、横から直撃し、反対側の建物へと叩きつけられた。


「ありがとう、ロマニ」


 期待通りに連携が決まったことを見届けたロマニは、拳を握りガッツポーズをした。


 それからの攻撃は、ロマニとベラによる絶え間ない交互の攻撃の連続であった。


 ベラが火を噴き、魔物達を焼き焦がし、その攻撃の隙にロマニが火から逃れた魔物にアンカーを打ち込む。そして自分かベラに迫っている魔物目掛けて、アンカーを刺した魔物をモーニングスターのように振り回し、叩き込む。


 ロマニが攻撃をされたら、ベラが火を噴いて撹乱し、その隙にロマニは反対側の建物にアンカーで飛んで、着地次第すぐに魔物をアンカーで撃ち仕留める。


 互いの攻撃を妨害しようとする魔物達の襲撃を、互いが攻撃を加えることで妨害しカバーをする。息が合っていて、魔物達は次第に攻撃しようとすることに意識を割かれ、その隊列を崩し始めていく。


 魔物たちは混乱を見せ始めていた。


 ばらついたものは、親玉からの回避の指示がうまく届かない。混乱の最中にベラから吹かれた火によって、二度と動かないという点で纏まった一つの塊になって坂に落下し、トゲを折りながらころころと坂を転がっていくのだった。


「凄い……あんなにたくさんいた魔物が、どんどん……」


 たった二人による多勢に無勢に思えた人間と魔物との数の差が、縮められていく様を見て、プレトは唖然と声を漏らした。


 プレトは、今になってベラがロマニに舞い込んだ不安要素である以上に、自分含め、島の人々がその存在を信じ崇める、地竜であった事を思い知った。


 その姿に惚れ惚れとしていると、隊列から大きく離れた魔物の内の1体が、手詰まりな中でせめてもの害をもたらそうとしたのか、目の前の脅威である二人をそっちのけに、プレト達の方へと真横から接近してきた。


「えっ……うわっ!」


 自分の視界の端で何かがちらつくと思い、横を向いたときは遅い。


 プレトが母を引っ張り立ち去ろうとするには、魔物はもうすぐ目の前まで来ていた。


「っ! プレト!」


 プレトは、頭上から自分の名前を呼ぶ声を聞いた。


 その声は、よく自分の事を心配し呼んでくれていた少年の声じゃない。もっと幼い、甲高さの抜けてない少女の声であった。


 プレトが魔物を見ていたところに、真っ赤な者が空から素早く落ちてくる。それは地面に着地すると、背の翼を前に広げて、魔物を受け止めた。


 まず、その受け止め方よりも先に、助けてくれた相手にプレトは驚き声をあげた。


「ベラちゃん……?」


 助けてくれたのは、自分よりもさらに幼い少女、ベラだった。


 ベラは自らの翼をまるでマントのように前に翻して、魔物の攻撃を受け止めたのだ。

 翼の膜は向こう側に火をかざせば、透けてしまいそうなほどに薄いにも関わらず、鋭く尖ったシロヤネズミの針を通さなかった。


「ベラ達が相手! ロマニの友達に手を出すな!」


 ベラは叫び、その魔物目掛けて真正面から火を噴き、形が残らぬほどに燃やし尽くした。


 プレトはその光景を見て、唖然とすると同時に、辛い気持ちになった。


 自分は昨日から引き続き、ロマニと彼女が一緒に居る事は良くないと、距離を取らせようとし続けていた。


 それにも関わらず、危険だと非難していた相手に、心配され助けられるのは、申し訳ない気持ちで一杯になった。


「……あ、ありがとう、ベラちゃん。おかげで助かった」


「ここに居るのは危ない。二人とも、逃げた方が良い」


 ベラはそう言いながら振り返ると、プレトに手を伸ばし起こす。


「……本当に、ごめんなさい。僕は、君の事……」


「? なんのこと?」


「……君が居ると、ロマニが危ない目に会うと思って、あまり良く思ってなかったんだ。それなのに、助けてもらって……ごめん」


 本当にこの場で正直に言う事が、正しい事か。プレトには分からなかった。


 でも、これ以上うしろめたい気持ちを持っていた相手に、当然のように助けられるのは、耐えられなかった。だから、プレトはベラに謝る事にした。


 ベラは、その言葉の意味がどういうことか分かり切れてない様子で、少しきょとんと首を傾げる。

 しかし、少し考えた後に、ぽんっと手を打って、プレトの顔をまっすぐに見て喋った。


「平気。失うの辛い事、ロマニも私も、大切な人死んじゃってよく分かる。だから、失うの嫌で必死になるの、よく分かる!」


「っ!!」


 笑顔で自信を持ってベラが言った言葉に、プレトはハッと目を見開き、固まった。


「……君も、家族か誰かが、死んじゃったの?」


「うん。だから、プレトが大切な人失いたくなくて、ベラ傷つけちゃうのも、分かる。心配しないで!」


 そう言ってベラは翼を広げると、再び空へと飛び、ロマニを助けに向かった。


「…………ああ」


 夜空の中で、空よりもより真っ暗な塊を前に、輝いて見える程に必死に戦うロマニとベラ。

 失いたくない物の為に戦い、守り抜こうと戦っている二人の姿を見て、プレトは自分はなんて小さい人間なんだと、思い知った。


 失いたくないっていう気持ちで、3人とも同じ? なんだ、それは。


 ロマニは分かっていたんだ。頼れる相手も家族も居ないで、居場所のないベラは辛い思いをするだろうという事を。この地上で、自分の不安を分かってくれる人がいる事が救いになるのだという事を。


 自分がその怖さを和らげる、暖かく思える相手になってあげようと誓い、ベラの面倒を見てあげたんだ。


 ベラはそんなロマニの支えに感謝し、彼女自身も、この知らない人ばかりの地上で、誰かの身を案じてあげられるだけの優しさを見つけ、プレトを助けてくれた。


『ならば──僕はなんだ?』


 優しくしてもらい続けているだけで。その優しさに救われることに感謝するばかりで。それをロマニに返すことが出来ていたか?


 優しいロマニが、そばからいなくなることを不安がるばかりで、彼自身を支えようと思ったか? 思っていたとしても、本当にふさわしい助けを返せたか?


 彼自身が心配しているベラを、彼自身から引き離し非難することが、支えようとしていることだなんて、口が裂けても言えないだろう?


 だから、僕は、優しい人に惹かれて好いたのに、その優しさを学べなかったのだ。駄目な奴だ。

 プレトは、この場になって思い知った。

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