5.承認の悩み
プレトの喜びようにロマニが戸惑っていると、表からカランコロンと誰かが入店する音が聞こえた。
ソワレの挨拶と、短いやり取りが続き、こちらに向かって声が掛けられる。
「プレト―。ニの3番の薬1週間分、それにホの5番1回、袋に詰めてー」
「あ、はーい!」
ごめん、ちょっと失礼。プレトはそう告げると店内に向かった。
ロマニは、あの数えきれない棚の一覧を一通り覚えているのかと感心を覚え、そのままなんとなしにプレトの後をついていった。
プレトが棚から薬を取り出し、小袋に纏めると、表のカウンターへと向かう。
「はい、ニの3番1週間分とホの5番1回」
「ありがとう。待たせたわね、はいこれ」
「! 親父じゃないか」
ロマニがカウンターにて出会ったのは、自分の父親であるショウコウであった。
「おお、ロマニか。またプレト君に会いにきてたか」
「わっ、こ、こんばんは」
急に声を掛けられたことに驚いたのか、ロマニの横でプレトが縮こまってしどろもどろにお辞儀をする。
「何を改まってんだ。仕事終わりはここに居るじゃないか」
「それもそうだな……ああ」
何事もなく言葉を返していたショウコウであったが、ふと何かに気が付いたらしく、ロマニとプレトの顔を交互に見て手を打つ。
「それでお前、ツキニエを狩ってたのか。取ってく素材も、普段選ばないようなもんだと思ったら」
「えっ、んまぁ……そう、だけど……」
ロマニは、ショウコウに指摘されると、急に照れ臭くなってしまった。
別に、褒められたくてやったわけじゃない。プレトの努力は報われるべきで、自分はその助けをしただけだ。と言おうとしたが、それはそれで、急に自分自身の努力を口にするようで、どうしてか恥ずかしくなってしまった。
そこは、ショウコウという親譲りなんだろう。誰かの努力は好きだが。自分の努力を口にするのは、どうしてか恥ずかしくなってしまうのだ。
「──って、ちょっと待てよ。よくよく考えれば、なんで親父は協力してくれないんだ?」
急に自分に焦点が当たったことに、ロマニが話題を逸らそうと思考を巡らせていると、そもそもの、プレトの海上用薬をショウコウが認めてくれない問題が思いついた。
「ん、協力してくれないって。なんだ?」
「プレトの薬だよ! 親父達の為にって、必死に頑張ってるのに耳を傾けないだろ」
「え、えと……」
ロマニはプレトの肩に手を置き、ショウコウを見つめる。が、一方でプレトは恐る恐ると言った様子で、自分より2頭身近くは高いだろうショウコウを見上げていた。
「なんの事だいったい? 何かあるんなら、話は聞くが……」
「──え、知らないの?」
ロマニは、てっきり父がプレトを認めないだけの、厳格な理由を持ち出すであろうと思っていたばかりに、すっかりきょとんとした様子を見せだした父に対し、同じようにきょとんとした顔を返してしまった。
「ご、ごめんロマニ! 魔物の素材が来ないって思っただけで、実はまだ話してないだけで……!」
隣のプレトが、急に慌ただしく訂正を挟んだ。
「そうだったの!?」
プレトは、ちょっと取って来ると言って、店の奥へと姿を消した。
ロマニは、その去っていく後ろを姿を見て、やってしまったかと次第に顔が青ざめてきた。
プレトの言動からして、父を始めとした父のみんなが、魔物自体を狙う余地が無いと言って、プレトの提案を跳ねのけていたと思っていた。だからこそ、プレトがサンプル薬を作り、見せることができるきっかけを用意しようとしたのだ。
なのに、そもそもプレト自身が、一切漁師の皆に、薬の事を話していない? もしかして、自分は考えが先走りしすぎて、プレトの皆へのサプライズを、潰してしまったのではないか?
そう思うと、次第にロマニ自身の中に、裏切りを題した冷たい水が染みこんでくる実感が湧いた。
少しして、プレトが短い往復なのに軽く息を切らしながら戻って来る。ロマニはそのプレトの顔が、悲しい表情ではなく、いつものようにちょっと緊張した表情をしていることに気が付き。勘繰りも外れたと少しほっとした。
「しょ、ショウコウさん。これです!」
プレトがそう言って出したのは、別島から取り寄せた、魔物を素材とした薬に関する図鑑。開かれたページは、先ほどロマニが見せてもらった予防薬だった。
「これは……魔物を使った薬か?」
「そ、そうです……魔物も、浄化した素材を使えば、良い薬が作れるんです。それを飲めば、ただでさえ危ない、海上も、す、すこしは、より安全になるかな……って……」
プレトは、あまり話さない人との会話ではどうも上手く会話が続かない。それでも、必死に伝えようと、何度か勝手にそれてしまう目をショウコウの目に戻しながら、薬の事を語った。
「なるほど……」
ショウコウは、プレトの話をゆっくり聞き届けると、小さく思案する。
「……薬はもうあるのか?」
「い、いえ! ロマニがくれるまで、代用の方向で悩んでいたので……で、でも。揃ったので、一回分は、少なくとも調合できます……」
「──そうか」
プレトが不安げにショウコウを見上げていると、ショウコウは優しく微笑み、プレトの頭を撫でた。
「わっ」
「本当にすまないな、プレト君。そして、私達の為に考えてくれてありがとう。良ければ後日、持ってきてくれないだろうか。次の漁で試したい」
「い、良いんですか!? ──あ、ありがとうございます!」
ショウコウの言葉を受け、それまで不安気そうにおどおどとしていたプレトの表情は晴れ、自分が頑張った側にも関わらず、口から感謝の言葉が出た。
「あらあら、良かったわねぇ」
カウンターで一部始終を見ていたソワレが、自分の息子を褒める。
それに対し、プレトは戸惑う事も無くうんと頷いた。
「ロマニも、えらいじゃないか。プレト君の為に魔物を狩って」
と言って、急にロマニの頭もわしゃわしゃと撫でだし、ロマニは驚き戸惑った。
「えっ、や、やめろって! もう何歳だと思ってんだよ親父!」
「何歳でも変わらんって、素直に良い事したってだけだ。プレト君の方がお前より一歳年上だろ」
いくら自分の歳を思っても、扱いは変わらないのだろうか。ショウコウはさも当然のように語った。
ロマニは14歳であることに対し、プレトは15歳だ。
でも、初対面の頃から今のようにおっかなびっくりであったりもしたし。馴染んだ今でも、プレトはどこかロマニを信頼できるお兄さんのように見ている部分もあるからか、今ではロマニの方がどこかお兄さんのようになっていた。
「そういう問題かよ……というか、その……ごめん。てっきり親父達がプレトの話、ろくに聞いてないもんだと思ってたから……」
ロマニが少し頬をかきながら、横目を見て呟く。
その言葉に、ショウコウは軽く笑いを返した。
「いくらなんでも、意欲を持ったもんの気持ちを蔑ろにはせんよ。しっかりと話は聞くわ」
「っ…」
その言葉を聞いたとたん。ロマニは、自分の心に暗い影が落ちたのを感じた。
蔑ろにしないか。自分は、散々同い年の子たちが先に漁師見習いと言って、船に乗船していった光景を見てきた。
親父は、俺の話を聞いてくれたか? 漁師なのに漁師にさせてくれない。外の島を見に行きたいって言ってるのに、外の島に行かせてくれない。いくら願っても、自分だけ島に取り残され、置き去りにされる理由を、話してくれたか?
何気ない父の一言に対する跳ね返りが、ロマニの中で溢れた。
しかし、目の前を改めて見ると、そこには頑張りを見てもらえて嬉しそうなプレトの顔があった。
今この場で、自分の中に渦巻いた気持ちを父にぶつける事はできないと堪えた。
「だが、そういう事も大事だが。まじめに港仕事には出てくれよな? 居なくなった分、周りは怒るんだから。ははは」
ショウコウはそう言うと、プレトと明日の約束を交わし、店を出ていった。
ロマニは父が出るのを追って表へ出ると、坂を上り、終点の先に待っている竜の森へと向かっていく父の背中姿だけが、ただ見えた。
「ロマニのお父さん、本当に優しいね」
ショウコウの背中がだんだん小さくなっていったところで、店内からプレトがやってきてそっと言った。
「優しい……かな」
「優しいよ。僕はずっと臆病だから、良くわかる」
プレトはそう言って、ロマニと同じように、ショウコウの背中を見送る。
「……優しいんなら、せめて一緒に連れてってほしいけどな。この所、漁が終わった後も見ての通りだ」
ロマニはぽつりとそう語る。
ここ最近の父は、漁が終わり休漁日が来ても、休日を共に過ごすことが少なくなっていた。
漁が終われば、まず、リュウセ島の名所たる、竜の森に向かう。しばらく森の中をうろつき、満足したのかと思えば、今度は決まって、一人小舟でリュウセ島から離れるのだった。
ロマニはついていこうと何度もその後を追ったが、決まって拒否され続けた。その回数は、更に増すばかりだ。
「な、何か……連れていけない理由があるんじゃないかな」
「それを語れって言ってるのに、言わないんだよほんと」
ロマニは首を振る。
「ま、それも今日で終わりさ」
「終わり?」
ふとプレトが言葉に疑問を思い、ロマニの顔を見上げた。
その顔は、新しい事に挑戦するのにわくわくとした、自信に満ち溢れた顔だった。
「ノーと言われてハイそうですかって、子がいつまでも何もしないとは思わないでくれってね」
ロマニは意を決していた。
今夜こそ、もう親父に置き去りにされない。否が応でも親父についていき、自分でも外でやっていけるという事を見せつけるのだ。
自分にはできる。小舟の操作も、手先の良さも、魔物狩りも、見習い以上の一通りは自分で身に着けた。今さら未熟だなんだと言われ、置いてかれる筋合いはない。ロマニは確かな確信があった。
後は、無理にでもついていき、親父にその実力を証明するだけだ。
ロマニは野心を胸に抱き、さっそく作戦を実行に移しに、港に向かった。
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