第25話 連絡先

「おはよう。なんだ? 何か用か?」

「お、おはよう……。別に用ってわけじゃないけど……わざわざ朝早く来てあげたんだから、ちゃんと私に構いなさいよ。そして私を愛しなさい!!」


 今まさに髪を弄られているし、飛び起きて急いで家を出てきたように見える。まだ眠そうな目をしてるし。

 天使はこちらを見て無言で小さく会釈。


「よく起きられたな。夜九時には寝て昼まで涎を垂らしながら爆睡してるイメージだった……というか実際そうだろうに」

「また馬鹿にして……! お子様扱いしないで」


 ニヤニヤしながら言うと神羅は「ぐぬぬ」と顰めっ面で睨んできた。

 そこで天使が満足げに自分の席へと戻った。奇矯な女に振り回されて苦労人だな。


「天使以外にメイドは雇っていないのか?」

「勿論いるわよ。たしか今は……何人だっけ?」

「私を含めて十人です。学内へ同行しているのは私と運転手の二人だけですが」

「運転手ってことは自家用車で登校しているのか」


 それはルール上は何も問題ないし、むしろ【可能性】次第では学校側が推奨しているくらいだが、神羅の車はどんな高級車なのだろうか。今度見せてもらいたいものだ。


 なんて思っていると、「ねぇ」と神羅が声を掛けてきた。


「さっき、あのハゲと何を話してたの?」


 ナチュラルに人をハゲ呼ばわりするな。心の中だけにしておけ。


「連絡先を交換してたんだよ」

「へ、へぇ~! ふ~ん、連絡先をね~!」


 視線を斜め上に逸らし、なんだか上擦った声を出す神羅。


「そ、そういえば、私もスマホを持っているわよ。ほら!」


 言いながら、スカートのポケットから淡い紅色の高級そうなケースを付けたスマホを取り出して、これ見よがしに見せてきた。俺と同じ最新機種のようだ。

 それを確認して視線を上げる。

 神羅は何か言ってほしそうな顔でこちらを見ていた。


 どうしたんだろう……。

 さては、きっと最近スマホを手に入れて、誰かに自慢したくて仕方がない時期なんだな。昨日はスマホのことを携帯電話とか言ってたし、間違いない。

 気持ちは分かるぞ。


「俺と同じ機種か。多機能だし防水だし使い易くて良いよな、それ」


 取り敢えず褒めてみた。『女は取り敢えず褒めておけ』って親父が昔言ってたし。


「で、でしょ? 昨日の午後、わざわざ買ってきたんだからね!」

「そうだったのか。前のが壊れたとか?」

「いや……そうじゃないんだけど……」

「……?」

「だから……その……」


 もごもごと下を向いて何かを呟いているが、要領を得ない。

 予想が外れた俺は、神羅の意図が理解できずに眉を顰めた。


 すると僅かに間を置いて、我慢できなくなったかのように天使が言った。


「神羅様は昨日、初めてのスマホに結人さんとお揃いの機種を選んで購入してきました。なので、コネクトを交換して毎日連絡を取ってください。そして神羅様を愛してください」

「コネクトを?」


 本当のことを言うつもりがなかったのか、顔を真っ赤にした神羅が無言で悶えながら天使の両肩を掴んで前後に揺さぶった。無表情のメイドが首振り人形のようにツインテール頭をぶんぶんと振られている。

 神羅は今までスマホを持っていなかったのが余程恥ずかしかったらしい。


 二人の単純な思惑は理解できた。


 可愛い女子と毎日コネクトなんて年頃の男子にとっては願ってもいないことだし、嫌でも意識して好きになってしまうことだろう。

 所詮男は勘違いしやすい馬鹿な生き物だからな。俺は例外だが。


 しかし、これまでの様子を見る限り神羅には友達なんて一人も居ないはず。

 他人と連絡を取り合う機会なんて無かった少女がお前のためにお揃いの機種を買ってきたなんて言われたら、無下に頼みを断るのは気が引ける。


 毎日連絡を取るだなんて面倒だが、大人しく承諾するしかあるまい。断ったら天使が率いるメイド部隊に存在を抹消されそうだしな。

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