第26話 パンドラの箱

 俺は照れ隠しのために、少しからかうことにした。


「分かった。じゃあ、そっちが赤外線機能で送ってくれ」

「せ、赤外線で……? い、いいわよ! 任せなさい!」


 神羅が両手でスマホを持ち、慣れない手つきで必死に昨日インストールしておいたのであろうコネクトの設定画面を開いたり閉じたりして項目を探すので、横から無言で見守ってやる。


 ――が、当然そんな機能は見つからず次第に戸惑いの表情に変わっていく神羅。アホ可愛い奴だ。

 ガーネットの両目が潤んできて可哀想なので、教えてあげるか。


「嘘だぞ。赤外線機能なんてこの機種にはないぞ」

「なっ……!! なんでそういう嘘つくわけ!?」

「ごめん、嘘って言ったのが嘘だ。ちゃんとあるから探してみろ」

「え? えっと……ここでもないし……。うぅ……」

「嘘だよ、ねぇよ」

「いい加減にしなさいよ、あんた!!」


 立ち上がって怒られた。

 今にも泣き出しそうな顔だ。からかいすぎたか。


 本気で申し訳なく思った俺は「ごめん、悪かった」と真摯に謝罪し、神羅の手からスマホを受け取った。物珍しそうに覗き込まれながら、コネクトの連絡先を交換する。


 神羅のコネクトの友達人数は案の定、俺と天使の二人分だけだった。

 俺は家族三人と薫とハゲと神羅で六人。トリプルスコアで俺の勝ち。

 もう六人とか、百人になる日も近いな。


 スマホを返却すると、神羅は初めて神妙な表情を見せて「ありがとう」と呟いた。唇をぎゅっと閉じて、笑顔を堪えきれなくなったかのように微笑んでいる。

 ずるいぞ。なんでこんなにも蠱惑的なんだ、こいつは。


 心が奪われるのを回避すべく俺は天使に話を振り、彼女ともコネクトを交換しておいた。これで七人だ。神羅はともかく天使と交換できたのは本気で嬉しいかも。


 そこで、先程の金城との会話を思い出す。


「そういえば、金城が仕事を宣伝して連絡先を配ってくれると助かるって言ってたんだ。あいつのコネクトも送っておくか? 命令して無料でやらせるのはなしだけどな」


 二人しか登録されていない寂しい友達欄が一枠でも増えるのは嬉しく思うはず。

 そう気を遣っての提案だったのだが――


「金城って誰?」

「ほら、さっき言ってたハゲ」

「あぁ、あれね……。仕事って何? あれ、どんな【可能性】なの?」

「あれ呼びは酷いだろ……。【照照坊主】だよ。皆の【可能性】を確認してないのか?」

「まだ確認していなかったわ。天使、見せて」


 言われた天使が机に掛けていたスクールバッグからタブレットを取り出して、クラスメートの顔写真とプロフィールが一覧にされている名簿ページを開いて渡した。


「これ、高校のサーバーに保管されているデータじゃないのか?」

「何のことでしょう?」


 問うも、天使に無表情のまましらばっくれられた。

 本当に冤罪なら顔を逸らすな。


 画面をスワイプしてクラスメートを確認していく神羅。

 しかし、そんな彼女の姿を横目に俺は微かな違和感を覚えていた。


 神羅は昨日、「ここに入学すれば面白い判明者に会えると占われて来た」と言っていた。だが思えば、入学式では「私に干渉するな」なんて命じて他人を避けているし、今もクラスメートや学内の判明者に興味がなさそうな反応だった。


 やはり俺に密着しているのは何か裏の目的があるんじゃ……。


 そう推察する俺とは対照的に、神羅は明るい顔を見せる。


「へぇ。あのハゲ、外に吊されると晴れるって結構面白いわね」

「有料だけど、絶対に晴らせるって便利だしな。依頼する時がくるかもしれないぞ」

「あんなのの連絡先なんて入れたくないわよ。でも【可能性】は見てみたいわね」


 さらりと酷いことを言った神羅がチラリと窓の外を見て、


「曇ってるし丁度いいわね。そこのハゲ、外を晴らしなさい!」


 教室前方に座る金城へ、声を張って命じた。

 呼ばれた金城の背中がピクリと反応したかと思うと、直ぐに後ろを振り向いて頷く。


「あぁ、神羅さん。わかった」


 そう言って金城が席を立った。

 肩にかけていた極太のロープを外し、慣れた手さばきでリュックを背負うような形でロープを回していき、腹部にもやい結びを作っていく。


 昨日に引き続きシュールな絵面だが……。

 他人が【可能性】で意識を操られている様子を見ると、下腹部から吐き気のような不快感が込み上げてくる。


 耐えられなかった俺は立ち上がり強い語調で声を掛けた。


「おい、やめろ金城」

「なんでだ?」

「なんでって……お前の意思じゃないからだ」

「神羅さんに言われた。これは必要なことだ」


 聞く耳を持たず、ロープが解けないようにキツく締める金城。


「よせ。神羅の命令に従う必要なんて――」


 そんな彼の元へと歩んで肩に手をかけて制止しようとした、その瞬間だった。金城は刹那の迷いすらも見せず、全力の右拳ストレートを俺の顔面へと放った。


「ッ……!!」


 咄嗟に顔を逸らして避ける。

 しかし続けざまに繰り出された回し蹴りは回避できず。腹部を強く蹴り飛ばされた俺は衝撃を殺すために後ろへ跳んで、机を勢いよく巻き込みながら仰け反った。

 俺が喧嘩慣れしていなかったら、もろに喰らっているところだった。


 机に背中を預けながら唖然とする俺へ、金城は言った。


「邪魔するんじゃねぇよ、式上。殺すぞ」

「…………」 


 淡々とした口調で告げた金城の顔に感情は見られなかった。


 彼だけでなく、気付けば教室内に居る全員が真顔のまま俺を刮目していた。

 いつも笑顔を振りまいている薫も、心を喪失した不気味な表情で瞬き一つせず俺を捉えている。


 まるで言葉も文化も異なる人々の中に一人だけ放り込まれたかのような異物感。

 昔のように直接的に悪意を向けられるのとはまた違う、言葉にできない

不快感。

 それは逃げ出したくなる程に気色が悪かった。


 このまま俺が神羅の命令の妨害を試みれば、彼等は愛を以て俺を殺害するのだろうか?


 蹴られた腹や打ち付けた背中には大した痛みはなかったが、唐突な敵意に対する驚きから、俺はどうすればいいのか分からずに体が固まっていた。

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