第15話 真面目な話
「ともかく悪意は無いんだな? ならそこは勘違いしてたよ。常動型の【可能性】なら、他人へ影響を与えてしまうのは仕方がないことだからな……」
判明した【可能性】は不可逆で、決して捨てることのできない個性だ。その事実は俺自身もこれまでの人生で、この身を以て嫌というほど理解させられている。
【私乃世界】の場合、神羅の命令には従わされてしまうが、生理現象まで消えて完全な人形化させられているわけではない。
あくまで皆の中に『神羅を愛している』という要素が追加されるだけなのなら、特別に問題視する必要はないのかもしれない。
少なくとも小中学生時代に体験したような悪夢は、もう二度と起きないのだから。
そう理解した俺は一瞬だけ目を瞑って静思した後、神羅の目を見て告げた。
「分かった。悪影響や被害がないなら、普通に高校生活を送るってことなら、俺は何も言わないことにする。ただ、さっきみたいに他人へ命令することだけはやめろよな。もう二度とするな」
「別に変なことするつもりはないわ。私だって常識人だし、勘違いしないでよね!」
「そうか……そうだよな。逆に【可能性】のことで困ったことがあったら言ってくれれば俺にできる限り力になるよ。じゃあ、そういうことで」
失念していたが今は普通に授業中で、一時間目の残り時間も気づけばあと二十分。
なので早々に神羅との閉鎖空間を解除してもらいクラスメート達の自己紹介を再開すべく、俺は半ば強引に話をまとめた。
だが、神羅は依然として動かず。
なんだかもどかしそうにこちらを見ている。
「そういえば、お前クラスはどこなんだ?」
「一応……Aだったけど……」
「戻れよ。まだ授業中なんだぞ。あっちでも自己紹介とかしてるんだろ?」
「いや……その……」
神羅は歯切れが悪そうに窓の向こうに広がるキャンパスへと顔を逸らした。
今こんなに外が快晴なのはハゲ金城の【照照坊主】のおかげなんだぞ、感謝しろ。
「なんだ? まだ何か用があるのか? ないなら早く帰れよ」
「っ……だ、だからっ!!」
詰問された神羅は、タッチディスプレイの精密機器である教卓を両手で容赦なく叩きつけ、恫喝するように俺を睨んで言った。
「あんたも、私を愛しなさいっ!!」
…………。
こいつは人の話を理解できていないらしい。
「あのな、【絶対拒否】の俺は【可能性】の影響を受けないんだ。お前の【私乃世界】とやらも俺には効力がない。そんな風に指図しても意味がないんだ。言ってる意味、分かるか?」
手振りしながら、なるべく優しく分かり易く説明してあげた。
万象神羅は先天性の【私乃世界】によって全人類から愛されて生きてきた。
つまり愛の虜にならず自我を保って反抗してくる人物と出会うのは初めての体験なわけで、俺という人間が存在する事への理解が追いつかず、どのように接したら良いのか分からないのだろう。
と思ったが――
「そうじゃなくて……!! 【可能性】とか関係なく、私を愛しなさいって言ってんの!!」
叫んだ神羅は、脳内の回線が焼け切れたみたいに顔が真っ赤になっている。
受け取った言葉を咀嚼してみるが、何を言っているのか理解できなかった。
「意味が、よく分からないんだが」
「私を愛さない人間が居るなんて許せないの!! だから、あんたも私を愛しなさい!!」
「…………つまり、全人類から愛されていないと気が済まないから、俺にも自分を愛してほしいってこと?」
「そ、そういうことになるわね」
「しょーもな……アホかよ……」
「ア、アホォ!?」
何を言い出すかと思えば……。
生まれつき全人類から愛されて生きてきただけあって我が儘の度合いが振り切れている。想像を絶する自己中な姫君のようだ。
「私にとっては真面目な話なの!!」
「真面目にそんなこと言ってるのが尚更アホだって言ってんだよ!」
「ア、アホじゃないもんっ!! バーカバーカ!!」
「面倒くさっ! 小学生かよ!」
チッ。なんだこいつ? どうしろと?
取り敢えず言葉だけでも肯定しておけばいいか?
二度と他人を愛さないと決めた俺は「愛してる」なんて口に出すことを躊躇った。
「分かったよ。神羅様大好き。これでいいだろ」
「…………馬鹿にしてるでしょ?」
目を細めて問われた。
本気かどうか疑っているところが本物のアホって感じだ。
「いーや、してない。全力で好きだわ。こんくらい好きだわ」
背筋を伸ばし両腕を大きく広げて言ったら、神羅が余計にキッと睨み付けてきた。
「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!! こっちは真面目な話をしてんのに!!」
バンッ!! と再び教卓が強い張り手を受けた。
壊れちゃうだろうが。
「じゃあどうしろって言うんだよ!! 愛しなさいとか言われたって困るだろうが!!」
「そ、それは……だから……」
ぐぬぬと口籠もった神羅。
この膠着状態をどんな意見で解決に導いてくれるのかと期待するが、神羅の口から出てきた答えは想定外のものだった。
「天使っ!!」
その呼び声の直後、神羅の真横に突如としてメイド服姿の少女が出現した。
瞬間移動してきたかと勘違いする程に俊敏で、まさに目にも留まらない早さだった。意識の裏をかかれたとでも言うべきか。移動する姿を上手く視認できず、気がついたら其処に居た。
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