第7話 解放

「ぜ、絶対、拒否……!?」

「そうだ。だからお前の【可能性】も俺には効かない。愛だかなんだか知らないが、俺の心は絶対に操れないぞ。分かったら直ぐに皆の洗脳を解け!!」


 神羅は俺のようなイレギュラーの存在は予想していなかったのだろう。困惑に満ちた表情で冷や汗を流しながら、ぐぬぬと俺を睨み付けてくる。


 のはいいが……どうする……?


 衝動的に動いてしまったが、俺以外の人々が神羅に心を操られているのは間違いない。もし「その男を殺しなさい!」なんて命令されたら、俺はマジで殺されるんじゃないか……?


 非常口と逃走経路を横目で確認して逃げるための心の準備をしていると、神羅は俺を指さし、顔を真っ赤に染めて言い放った。


「お……覚えていなさい……!! 絶対に、私を愛させてやるんだからっ!!」


 自分の【可能性】を否定されたのが余程悔しかったのか、目を潤わせた神羅は焦りを露わに壇上から駆け下りると、キョロキョロと辺りを見回して一番近い出口へと走った。


 かと思えば、途中で足を躓かせて勢いよくすっ転んだ。


「ギャッ……!!」


 間抜けな声を出したが、怪我はしなかったようで直ぐに起き上がり、俺と目が合う。すると神羅は何かいいたげな表情で俺を見つめた後、猛ダッシュで姿を消した。


 神羅の姿が見えなくなった一瞬後、静まり返っていた体育館内の空気が一変した。   

 止まっていた時計の秒針が再び時を刻み始めた感覚。


 皆が正気に戻ったみたいで、ざわざわと辺りから声が聞こえてきて、俺は強張っていた全身の筋肉が弛緩していくのを感じた。


 のも束の間、


「お前、そんな所で何をしてる!!」

「……はい?」


 立ち尽くす俺の元へ、先程のゴツい体育教師の二人が再び駆け足でやってきた。


「今は入学式の最中だぞ!! 勝手に席を立っていいと思っているのか!!」

「いや、あんたらに無理矢理連れてこられたんだが!?」

「言い訳をするな!! その反抗的な目はなんだ!!」

「目つきは元からだよ!! 痛っ! わ、分かったから引っ張らないでください!」


 ――そして俺は体育館の脇へと再び力尽くで引き摺られ、学生証を確認され、叱られた。


 俺は万象神羅の存在と教師の行動を咎めたが、それは無駄だった。


 どうやら、神羅に関する出来事は全て当然のように受け入れられ、マインドコントロールされているという事実は理解不能らしい。

 彼女の存在自体が愛によって保護され、彼女の命令による行動は愛を以ての正当な行いだと、そういう風に認識している。


 神羅の【可能性】は世界を掌握してもおかしくない程に強力な力だった。


 それを理解した俺は、大人しく謝罪して反省の意思を示すことで解放してもらえた。


 神羅の出現など無かったかのように壇上のスクリーンは収納され、入学式の進行に戻って来賓の祝辞が行われる中、俺は薫の隣へと戻った。


「結人、どうしちゃったの? 大丈夫?」

「ああ……良かった、薫も元に戻ったか」


 安心し、ホッと安堵の息をついて椅子に腰掛ける。


「愛しの神羅様に怒鳴りつけるなんて、おかしくなっちゃったのかと思ったよ」


 愛しの神羅様……。

 俺は薫の心へ訴えかけるため、彼女の肩へ手を置いて正面から見つめて言った。


「いいか、よく聞け薫。さっきスクールバスで話していた事態が起きているんだ。お前達全員、万象神羅の【可能性】の影響を受けているんだよ。そもそも神羅様っておかしいだろ? 初めて見た他人だろ? お前は人の事を様呼ばわりするような人間じゃないだろ?」

「だって、そうしてほしいって神羅様が……。結人も結人様って呼ばれた方が嬉しい?」

「いや、そうじゃなくてだな……」

「結人、さっきから変だよ? 大丈夫? おっぱい揉む?」

「揉まねぇよ!! もういいよ!!」


 自分の胸を掬い上げるように揉む薫を見て、ドッと力が抜けた。本当は全て忘れて胸でも揉んでいたい。薫なら土下座して頼めば本当に揉ませてくれそうだし。


 にしても、神羅も新入生のようだし、「覚えていなさい」などと捨て台詞を残していたし、きっと今後も学内で出会う機会があるだろう。

 一体彼女は何を企んでいるのだろうか。


 分からないが、俺は彼女の力をどうしても許せず、見過ごすことができなかった。


「万象神羅、か……」


 こうして俺は出会った。

 全人類に愛される力を持ちながら、どうしようもなく愛に飢えた少女に。

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