第8話 本質

 入学式後は各教室に集まり、ロングホームルームを終えれば今日は解散となる。


 俺と薫は体育館を出て、行きのバスから見えたガラス張りの校舎へと向かった。明麗高校は広大な敷地を持つので、体育館との往復だけで十分な運動になる距離だ。


 爽やかな初春の風に吹かれながら五分弱歩いて辿り着いた校舎は、地下が視聴覚ホール、一階がロビーと購買部、二階が職員室と図書室、三階~五階が普通教室で、五階より上は特別教室や学習支援センターや文化系部室など色々らしい。


 一年生の教室は三階。十五階まである建物なのでエレベーターはあるものの、混んでいたので大人しく階段を上って教室へ向かう。


 俺達のCクラスへ着くと、既に半数近い生徒が着席していた。入学式で意気投合したのか、既に仲良さそうにしている者達も数人見られる。


 ここにいる全員が何かしらの【可能性】を持っているわけで、皆の自己紹介を聞き仲良くなれるのが楽しみだ。


 モニター機能付きの電子黒板に名前と着席位置が表示されていたので、それを確認する。俺は窓側の一番後ろで、薫は俺の三つ前の席だった。


 席の並びが出席名簿順でないのは学校側の配慮だろう。

 様々な【可能性】を持つ学生がいるからこそ、個々人の現状や意見を尊重して馴染みやすくしてくれているのだと思う。


「結人の後ろが良かった……。授業中も結人の匂いを嗅いでいたかった……」

「引くぞ。最初が肝心だし授業には集中しろ」

「顔怖いくせに真面目な事言ってて説得力ないのが結人の面白いところだよね」

「うるさい。俺は高校じゃ勉強も頑張るって決めたんだよ」


 薫にトイレへ行くと伝えて教室を出た俺は、新入生が集う三階を少し見回ってみた。


 判明者用クラスのA~E教室のどこにも神羅の姿は無かった。

 どころか、誰一人として神羅の事を話題に上げてすらいない。


 さっきは誰もが立ち上がって愛を叫んでいたくせに、まるで賢者タイムに突入したかのような無関心っぷりだ。これも彼女の力によるもので、「干渉するな」という命令に服従している結果なのだろう。

 それを確認し、俺は教室へ戻った。


 やがてチャイムが鳴って全員が席へと着くと、二十代後半に見えるうら若くも気の強そうな女教師が教室へと入ってきて、ホームルームが始まった。


「担任の吉田仁美だ。よろしく」


 吉田先生は引き締まった表情で淡々と自己紹介をした。担当科目は日本史で、女バスケ部の顧問で、趣味は菓子作りで見た目とのギャップが売りらしい。


 そんな吉田先生は数枚の配布物を配った後、改めて入学祝いと激励の言葉、高校生活における注意点、今後の予定を延べると、最後に【可能性】についての持論を語った。


「このクラスには判明者が集まっている。中には自分の【可能性】を忌み嫌う者もいるだろう。他人に影響を与えてしまう者も、他人の影響を受けてしまう者もいる。本人が望もうと望むまいとだ。だが、それが個性で、人間の本質だ。親から授かった血や生まれ育った環境と同じく、変える事のできない運命だ。だからこそ大事なのは、現実を受け入れて前を向いて歩いて行くことだと私は思う。ここに居る皆はそれを理解し、手を取り合って今後の三年間を過ごせると信じているぞ。――と言うわけで、本日はここまで」


 そう話を締めくくった吉田先生は、教室を出る際「言い忘れていたが明日の始めに自己紹介をしてもらうから、そのつもりでな」と告げ、初日のホームルームは解散となった。


 クラスメート達がそれぞれのペースで黙々と教室から去って行く様を、俺は横目で眺めた。


 きっと自己紹介を終えた明日の放課後には、互いの【可能性】を認め合い友人ができた者達が幾つかのグループに分かれ、仲良くお喋りをして賑わうことになるのだろう。


 手を取り合って、か……。

 もし、この教室に彼女が居たら、どうなっていたのかな……。


「ほら結人、ボーッとしてないで行こ!」


 物思いに耽っていた俺は、薫の言葉で我に返った。


 教室を出て、バスでの約束通り薫と一緒に広大なキャンパス内を見て回ることに。

 俺達と同じ事を考えている新入生が数人まばらに見られたものの、敷地内は閑散としていて散歩にはうってつけだった。


 木漏れ日が気持ちの良い桜の並木道を抜け、図書館棟内をぐるりと一回りし、研究棟や実験棟が連なる建物の隙間を抜け――。二時間ほど散策した。


 その後、もう良い昼時なので休憩することにして、キャンパスを一望できる幅広いテラス席に向かい合って腰掛けた。


 テラス横には食堂があり、出店しているスイーツや軽食が揃うカフェで、クリームたっぷりのワッフルを購入して昼食とする。何故か俺の奢りで。

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