第20話 遅刻
朝のホームルームぶりに教室へ戻ってきた先生は、やはり先週の金曜日に行われた実力テストの束を持ってきていた。
授業に入る前にテストが返却され、俺も渋々と受け取る。
結果は――悲しいかな、予想通り平均点より下だった。
ガーンと効果音が鳴りそうな表情で落ち込んでいる薫よりはマシだろうけど、初テストから幸先が悪い。神羅に心を乱されなければこの程度のテストなら高得点は堅かっただろうに、勿体ないことをした。
だがまぁ、神羅も気持ちを入れ替えたようだし、この事は答案用紙と一緒にトイレの水にでも流して綺麗さっぱり忘れてやろう。
そう思って授業を受けていた時、教室後方の引き戸が勢いよく開いた。
クラス全員の視線が集まる。
そこから現れたのは、神羅だった。
彼女の少し後ろにはさも当然のようにメイド服の天使も居て、神羅の物であろうスクールバッグを両手で持っている。
乱入者が神羅だと認識した瞬間、俺以外の全員は平然と授業へ意識を戻した。
天使を引き連れ、先週よりも若干覇気のない顔つきで教室内にツカツカと入ってきた神羅は、俺の右隣の小林君とその右隣の横山さんの前で立ち止まり、彼等に声を掛けた。
「あんたとあんた、私達とクラスを代わりなさい!」
「「はい、神羅様」」
師匠に努力が認められた弟子のように至福そうに返事をした二人は、一片の迷いも無く荷物をまとめて、愛を以て教室から出て行ってしまった。
天使も合わせて二人分の席を確保したということだろう。
せっかく少し会話をして距離を縮めた友達候補の二人だったのに…………。
こんな異常事態だというのに、先生もクラスメート達も我関せずと授業を進行している。入学式での神羅とのお約束一つ目に従い、このイレギュラーを無視しているのだろう。
やはり他人が自我を失う様子を見ると昔の出来事を思い出して、気分が悪くなる。
「何のつもりだ、お前……!!」
気色ばんで問い詰めたが、隣に立つ神羅は何が悪いのか分かっていない様子だった。
にやりと自慢気な笑みを浮かべて俺を見下ろしてくる。
「ふふ、知ってるんだから。男子は席が隣になった女子を好きになっちゃうんでしょ? 男子が隣に来た転入生の美少女に惚れちゃうのは一般常識よね!」
「そんな信憑性皆無の一般常識をどこから得たんだよ……」
アニメや漫画じゃあるまいし。
いや、創作物ならそもそも主人公の隣だけ不自然に空席だからまだマシだ。こいつは無理矢理に席を空けさせる分、余計にたちが悪い。
「愛させるためには先ず距離感をなくして私の存在を意識させることって天使が言ってたもの。観念したら、私を愛しなさい!!」
「何が観念だ。他人に命令するなって言っただろ」
「仕方ないでしょ、こうしないと近付けないんだから。それに命令じゃなくてお願いしたら代わってくれただけよ。愛されているだけだもん、私は悪くないわ」
他人が抗えないのを良い事に白々と。
「それに、なんで授業中の今なんだよ。せめて朝一で来いよ」
「起きられなかったんだから仕方ないじゃない」
つまり……寝坊したってことか?
神羅が眠そうに欠伸をした。もう昼だというのにまだ眠り足りないらしい。こんなにも堂々と偉そうに遅刻する人間がいたなんて。
俺は敢えて小さな天使へ矛先を向けてみた。
「メイドってことは家でも仕えているんじゃないのか? こいつを管理しろよ」
「声はかけましたが「あと五分」と呟く寝顔があまりにも愛らしいので見蕩れてしまい、気付けばこの時間になっていました」
「五分どころか、もう四時間目だぞ……。何時に寝たんだよ」
「九時よ」
何故か超ドヤ顔された。
早寝が偉くて褒められることだと信じているらしい。
てかその時間に寝てまだ眠いのかよ。
「愛を以て起こすか見守るか、事前に確認しておくべきでした。申し訳ありません」
「いいのよ天使。早起きしなきゃいけないこの学校が悪いんだから。いっそのこと、午後から始まるように変えさせましょ」
「妙案です。早速手続きを――」
「するな!! お前達と話していると頭が痛くなってくる……」
こんな奴等の相手をしなくちゃいけないのか……。
今後を憂い、俺は頭を抱えた。
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