第19話 高校生活

 実力テストを済ませ、憑き物が落ちた気持ちで土日をのんびり過ごし、月曜日になった。


 今日から本格的な授業が開始で、いよいよ高校生活スタートと言える。


 俺の自宅は一戸建てだが、祖父母と住むように建てられたため玄関が世帯ごとに設けられている左右完全分離型の二世帯住宅。


 とはいえ現在住んでいるのは式上家一世帯だけで、色々な事情があった名残から、左半分が俺一人の占有状態で右半分に両親と妹が住んでいる。でも今では、家族の住む右側へと室内ドアで移動して一緒に食事するし風呂も共用だ。


 そんなわけで自室で目覚めた俺は左側の洗面所で洗顔と歯磨きを済ませてから家族の居る右側へと移動した。


 のだが、両親は共働きでジュエリーショップを経営していて早朝出勤、妹はテニス部の朝練で、結局のところ朝から一人ぼっち。


 俺は一人寂しくトーストに苺ジャムを塗っただけの朝食を済ませ、家を出た。


 今日も快晴で気分も爽快。青空を仰ぎながら駅まで歩いていく。


 俺は土日にクラスメート達の自己紹介を復習し、会話のネタもストックし、授業の予習もこなして部活リストも確認しておいた。

 青春を謳歌する準備はまさに万全と言える。


 だから、本来なら新入生らしく友人関係や授業や部活動への期待で満ちていたことだろう。


 だが……今の俺の頭の中は、万象神羅に関する不安で埋め尽くされていた。


 神羅は俺の恋人のように接して俺に愛させると言っていたが、土日はコンタクトを取ってくることがなかった。きっと今日から何か仕掛けてくるだろう。


 たとえどんな愛情表現をされても、それは偽り。それを理解しながらも、神羅に愛を感じて満足してもらわなくてはいけない。

 彼女を拒絶しようものなら、俺だけでなく周囲の人々に危害が加えられてしまうかもしれないから。


「…………考えれば考えるほど難易度の高い問題だな」


 今後に悲観しながらも朝のクラスは和気藹々とした雰囲気で、先週のことなど露知らずいった様子だった。


 俺は早速自己紹介時の怖い奴というイメージを払拭すべく、勇気を出して席が右隣の男女に挨拶をしてみた。

 すると、意外にも普通の態度で接して雑談してくれた。


 てっきり避けられるかもと身構えていたが、この調子なら憧れていた普通の高校生活を謳歌できそうだ。友達百人計画が達成される日は遠くないかもしれない。


 ただ、【今何自慰】のシコリンが教室に入ってきて、

「あら、皆変わっていないようね。式上君だけは分からないけれど」と言った瞬間は、皆の時間が静止して俺に悪意が向けられた気がした。


 シコリンはスマホと皆の顔を見比べて無表情でフフフと笑っていたので、クラスメートの自慰回数を毎日記録しているのかもしれない。どれだけ性悪な女なんだ。


 ――そして朝のホームルームが終わり、休憩時間を挟んで一時間目の数学が始まった。


 俺自身は勉強が好きでも得意でもないが、頭はそこまで悪くないと自負しているし知識を得ること自体も嫌いではないから、新たな環境で受ける授業は面白く感じられた。


 なによりも、こうして普通に授業を受けられることが嬉しかった。


 小中学生時代に悪意の標的だった俺は、教室に居ても碌な事がないため全ての授業を欠席し、日の射さない陰鬱とした空き教室で自主勉強していた。

 だから、他の生徒に混ざって普通に授業を受けることは懐かしくも新鮮だった。


 黙々と平穏に授業が進む中、いつ再び神羅が教室へ乗り込んでくるかと気が気でなかったが――チャイムが鳴っても神羅は現れなかった。


 常識外れの行動を慎んでくれる気になったようでなによりだ。

 あるいはメイドの天使が抑止してくれたのかもしれない。


 休み時間になって薫やクラスメートとたわい無い雑談をして、二時間目の英語へ。嬉しいことに、これも何も起きずに終わった。三時間目の国語も。


 そして四時間目の日本史。

 担任である吉田先生の科目となった。

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