第18話 答え

 そんな風に言い合う俺達を横目に、神羅は顎に手を当ててムムムと唸りながら酷く悩ましい様子を見せていた。天使の提案を吟味しているのだろう。


 神羅が値踏みするように俺を見た後、やがてぷいっと窓の外を向いて言った。


「し、仕方ないわね。私が勘違いさせてあげるから、私を愛しなさい!!」

「…………」


 もう何がなんだか分からなくなってきた。


「では先ず結人さんに意識させるために接触機会を増やしましょう。神羅様はCクラスへ変更し、席も結人さんの隣へ。登校時と帰宅時には共に――」

「おい、勝手に話を進めるな! 俺の意思はどうなるんだよ!」

「拒否しても構いませんが、神羅様を愛さない人間には消えてもらいますよ?」


 可愛い顔でサラリと恐ろしい事を言うな。


「それに愛を蔑んでいた結人さんにだって大切な人達はいることですし」

「…………どういう意味だ?」

「全人類は私の愛の虜なのよ。中にはあまりに私が愛しいあまり、自分の命を絶っちゃう人もいるかもしれないわよね」

「っ……!!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら脅された。


 神羅が「愛のままに死になさい」と命じれば、全人類が愛を以て自らの命を絶つというのか?

 流石に本気で実行する事はないと思いたいが……この女ならやりかねない……か?


 考えると同時、思い出したくなかった過去の映像がフラッシュバックした。

 幼馴染みの少女の笑顔を。

 彼女と共に乗り越えてきた地獄のような時間を。


 俺はごく普通の日常に憧れる平凡な高校生でしかない。

 ただ、安寧が欲しいだけなんだ。

 小中学生時代に失った学校生活を、青春を謳歌したいだけなんだ。


「なにより結人さんには恋人も想い人もいないため、問題ないはずです」

「それは……いないが……」


 二人の言葉は冗談だろう。

 ここで神羅を完全に拒絶しても、実際に俺や家族が危害を加えられることはないはずだ。多分。恐らく。希望的観測。


 だが、神羅の歪な感情を受け止めるのは【絶対拒否】の俺にしかできないことでもある。俺を必要とする人が居るのなら、どんな形であれ力になってあげたい。

 それも本心。


 それでも、万象神羅の存在を受け入れられない理由があった。


「言っただろ。俺は、もう誰も愛さないって決めたんだ」


 だから俺は、決して神羅の望みを叶えることはできない。


「なんで? 私みたいな美少女を好きにならないわけないでしょ」

「…………他人を愛しても、幸せになれるとは限らないんだよ」


 瞼を閉じた。視界を消して、もう一度考えた。


 今までの人生を頭の中で思い返した。

 一年前の出来事を。

 この一年間の出来事を。


 そして、答えを出した。


「分かったよ。恋人みたいに振る舞って、俺がお前を好きになったら正直にその想いを告白すればいいんだな。まぁ、そんな日は一生こないが」


 親身に接してあげていれば神羅もそのうち満足してくれることだろう。


「そこまで言われたら、絶対に私を愛させてやるわ」

「大丈夫です。神羅様に好意を向けられて堕ちない男はいません」


 天使に褒められた神羅は、長い睫毛をしなやかに揺らして得意面を見せた。


「そうね。私が愛してあげるから、あんたも私を愛しなさい!!」


 そう啖呵を切ると、「行くわよ天使」と言って、ズンズンと教室から出て行った。

 特注制服の金髪少女と、後ろをついていくツインテールメイドの組み合わせは嫌な程に様になっていた。


 そうして嵐が去った静寂の中、俺は無人の教室に一人ぽつんと残された。


 その場に立ち尽くしたまま窓の外を眺める。

 とても良い天気だ。

 ハゲのおかげだ。


「…………私を愛しなさい、か」


 胸中には不安九割と期待一割がミックスされた不思議な感情が渦巻いていた。


 その後、一時間目終了のチャイムが鳴って休み時間になると生徒達が教室に帰ってきたが、薫を含めて誰一人として俺に神羅との会話の内容を尋ねてはこなかった。


 二時間目は神羅の介入で自己紹介できなかったクラスメートが自己紹介を終え、学校案内され、テキスト類を受け取った。


 三時間目は入学直後の実力テスト。当然俺は神羅との一件のせいで集中なんてできるはずもなく、頭が回らなくてボロボロ。


 四時間目は新入生歓迎会。体育館で上級生達のありがたい出し物や部活動・委員会の紹介をしてもらい――。


 そうして、波乱の二日目が終わった。

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