第21話 条件
嘆息を漏らすと、神羅が不服そうに腕を組んだ。
「クラス変更の許可を取れば文句ないのね? ねぇあんた、私をこのクラスにしなさい!」
神羅が教壇の吉田先生へ紅い瞳を向けて告げる。
すると俺達のことなど気にも留めず授業を通常進行していた先生が、電子黒板にペンを走らせていた腕を下ろしてこちらを向き、真剣な表情で頷いた。
「かしこまりました。神羅様がCクラスへ移動する件、後ほど正式な手続きをしておきます」
「ほらね?」
ほらね? じゃねぇよ。ドヤ顔すんな。
神羅に何を言っても無駄そうなので、立ち上がって先生に抗議してみることにする。
「正気に戻ってください先生!! 入学直後のこのタイミングでクラス変更なんてされるわけないじゃないですか!!」
「問題ない。決定事項に文句を言うな」
「でもっ――」
「今は授業中だぞ、座れ式上」
「…………すみませんでした」
もう諦めたね。
ただ、今のやりとりで何故ここまでこの女に嫌悪感を抱くのか分かった。
「お前……他人に命令したり、敬わせて神羅様って呼ばせたりするのはやめろ。【可能性】で皆の心が侵されているのを見ると、気分が悪くなって仕方ないんだよ」
知人達が正気を失った姿を見る度に、過去の忌々しい記憶が蘇る。
心臓を強く握られているかのように左胸が疼く。
そんな俺の意見を聞いた神羅は、心底不服そうに目を細めて教室内を一睨すると、小さな声で告げた。
「別に……どうでもいいじゃない、こんな奴等……」
「なに?」
「どうせ愛を知らない碌でもない人間達なんだから、私を愛せていることに感謝してほしいわ」
「…………ふざけんなよ。他人はお前の操り人形じゃねぇんだぞ」
「…………」
鋭い目で言うと、神羅はモジモジと悩むように視線を斜め上に移して逡巡し、言った。
「なら、やめてもいいけど、条件があるわ」
「条件?」
「…………お前って言うの、やめて。名前で呼びなさい。私も名前で呼ぶから」
威勢が無くなり、妙に畏まった言い方だった。
きっと天使が「名前で呼び合うだけで男なんてメロメロです」とか的外れのアドバイスでもしたのだろう。
親しみ易くはなるが、その程度で愛に繋がるわけなどないのに。
だが、それで満足してくれるというのなら安い物か。
「分かった。名前で呼べばいいんだな、神羅」
「…………うん、結人」
急に塩らしい素直な態度をとられたせいで、少し困惑する。
自分で提案したくせに照れたのか頬を赤く染めた神羅は満足げに頷くと、俺の右隣――今はなき小林君の席へと腰掛けた。その右隣の元横山さんの席には天使がちょこんと座る。
教室の面子は変わってしまったが、これで漸く俺も授業に集中できる。
ほっと安堵の息をついて、意識を授業へ戻した。
――だが、やはり気になってしまい、チラリと右へ視線を移す。
天使が机を神羅の机にくっつけて席を寄せていた。
身体を密着させて、何やら神羅へ耳打ちしている。何を話しているのか気になるが、無視して教科書へ目を落とす。
すると少しして、神羅が座ったまま机をガタガタと音を立てて左へ動かし、俺の机とくっつけてきた。天使もそれに合わせて静かに机をずらして三連結させてくる。
俺は授業の邪魔にならないように小声で注意した。
「おい、何してんだよ」
「恋人らしく席をくっつけるのよ。さぁ私を意識しなさい。そして私を愛しなさい!!」
「意識しなさいって……」
周囲をチラリと見るがやはり誰も何も指摘してこない。
もう何を言っても無駄か……。
まぁ机の移動は常識の範囲で特に不便もないし、受け入れていいだろう。
告白しろと言われたが、要は神羅に満足してもらうのがゴールなのだし、彼女の我が儘を聞き続ける王様ゲームのようなものだと思えばいい。
そう、これは神羅様ゲーム。耐えろ俺。
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