第10話 相談

 その日の夜。

 夕食を終えた俺は二階の自室でベッドに腰掛け、スマホを弄っていた。


 きっと今の俺は鏡で見たら自惚れてしまうような、かつてない精悍な面構えをしていることだろう。

 それくらい真剣な心持ちで、過去にアドレス帳に登録していた番号へ電話をかけた。


 電話先は『【可能性】相談ホットライン』。

 二十四時間対応フリーダイヤルで、専門相談員が【可能性】に関するあらゆる悩みへの相談を聞いてくれる国営安心サービスだ。


 当然、相談内容は万象神羅について。教師達に相談しても無駄なあの【可能性】にどう対処すべきか悩んだ俺は、冷静にプロの意見を仰ぐことにした。


 ナビダイヤルで一番を入力して、相談員との直接通話を希望。

 回線は混雑していないようで直ぐに繋がった。俺みたいな可哀想な悩みを持つ人間が少ないようで何よりだよ。


『お電話ありがとうございます。こちら【可能性】相談ホットラインです』


 どんな悩み事も受け止めてくれそうな温和で可憐な声をしたお姉さんだった。


 声だけでこの安心感……流石プロだ……。


 でも、俺自身は何も悪いことをしていないはずなのに、こうした電話は無駄に緊張してしまう。街中で警察官を見た時に思わずドキリとしてしまうのと同じ感覚。

 俺の場合は目つきのせいか夜にただ街を歩いているだけでも職務質問されるし。酷い話である。


「実は、今日高校の入学式で起きた【可能性】に関する事件を相談したいんです」

『かしこまりました。どのようなご相談でしょうか?』

「えっと、話がややこしくて……。先ずは要点から話した方が良いですよね?」

『はい。そうしていただけると理解しやくて助かりますね!』

「実は、同級生の美少女に愛を強制されて困っているんです」

『はい!?』

「あ、えっとですね……」


 テンパって上手く話がまとまらない。予めメモを用意しておくべきだったか。


「入学式で、美少女に「私を愛しなさい!!」って言われたんです!」

『はあぁ!?』


 まずい。言い方を間違えてしまった。


「い、いや、それは彼女の【可能性】による命令だったんですよ!! それで、他の皆は彼女に洗脳されて、愛の虜になってしまっているんです。僕は【可能性】の影響を受けない【可能性】の判明者なので、拒むことができたんですけれど……」

『…………それで、その女の子はどうなったんですか?』

「涙目で「絶対に私を愛させてやるんだから!」って言って走り去って行きました」

『爆発しろクソガキがぁ!!』

「は!?」

『こちとら彼氏に振られたばかりなんだよ!! わざわざ入学式で告られた報告とか馬鹿にしてんのか!? 甘ったるい話聞かせんなゴラァ!!」

「いや、待ってください……!!」

『虫唾が走るわ!! かーっっっ、ぺっ!! ガチャッ!! ツー……ツー……』


 態度と声色が豹変したお姉さんに一方的に怒鳴りつけられ、切断された。


 すかさずリダイヤルするも――繋がらない。俺はホットラインに着信拒否されてしまい、二度と相談することができなくなった。


 本当に大事な話だったのに。どうしてこうなった。


「クソッ……!! この国は困ってる学生一人助けてくれないのかよ!!」


 日本の未来を憂い、壁を強く殴りつけてガックリと項垂れる。

 すると、唐突に部屋のドアが開かれた。


「お兄ちゃん、大きい声出してどうしたの?」


 年子で中学三年生の妹――美結みゆが部屋へ入ってきた。


 風呂上がりのようで顔が火照っているが、左後頭部には妹のアイデンティティーであるサイドテールが尻尾を振っている。

 入浴時と睡眠時以外はこの髪型を極力キープするというのが、幼い頃からの妹の自分ルールになっていた。


 暑いからなのだろう、ライトブルー色のフリル付キャミソールワンピースという無防備な格好だ。丈も短いし、実にけしからん。

 

 美結は家ではやけに肌の露出が多くて、兄としては見ていて不安になる。

 ボディラインが出ているし、屈んだら胸が丸見えになるぞ。


「美結、部屋に入る時はノックしてくれっていつも言ってるだろ」

「ふーん、見せられないような事してたんだ。例のエッチな本でも読んでたんでしょ」

「読んでねぇよ!」


 ベッド下の収納ボックスに秘蔵の宝物を隠していることは妹にバレているようだ。

 だがエロ本なんて今時古い。本当に見せられないデータは全てパソコンの階層奥深くの秘境に用意した隠しフォルダの中。俺にしか辿り着けないようにしてあるのだ。


「お風呂空いたって伝えに来たら怒鳴り声が聞こえたからさ。誰と話してたの?」

「ああ……心配させたか。悪いな」

「べ、別にそんなんじゃないし! また騒がれたら嫌だっただけだから!」


 火照った顔を更に赤らめて怒った美結は髪の毛を揺らしながら俺の隣へやってきて、ボフンと音を立ててベッドに腰掛けた。

 腕が触れる距離で不満げに口を尖らせる。


「お兄ちゃん、昔から全部一人で抱え込むからさ。たまには話してみなよ」


 そう言ってくれる美結の優しさに甘えた俺は、大まかに入学式の出来事を語った。

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