第2話 【可能性】
――【可能性】
今日の世界には、約百人に一人の割合で特殊な異能力を持つ人間が存在する。
その力は誕生時点で判明している先天性の者もいれば、幼年期から少年期での感情の昂ぶりに共鳴するかのように判明する後天性の者もいる。薫は先天性らしい。
その力の正体は細胞の偶発的な突然変異で、判明者は力の使用時にメラニン色素の多寡が急激に変化して目の虹彩が変色するのが特徴的だ。
しかし異能力と言っても、現在は保健所で力の有無を検査できる特殊体質扱いだし、アニメや漫画のように物理法則を捻じ曲げて空を飛んだりエネルギー弾を撃てる者などは存在しない。
それらの力はあくまで人間の力で観測可能で、人間の力として理解可能で、個々人が持つ強力な個性として肯定可能な範疇に収まっている。
その特殊な個性は、人類に判明した新たな進化の可能性の一つ。
故にそれらの力は【可能性】と、それを持つ者達は判明者と呼称されている。
そんな【可能性】の中には、本人の意志で制御できる発動型の物もあるが、薫の【共感匂知】のように制御できない常動型の類が割合としては圧倒的に多い。
ごく平凡な高校一年生の俺、式上結人が持つ【絶対拒否】も先天性の常動型だ。
自分だけの特別な力と言えば聞こえは良いし、時に判明者は羨望の対象にもなるが、それは非判明者の誤解だ。
こんな特殊な体質、無いに越したことはない。
【可能性】は不可逆だ。
判明したら自分が死ぬまで――いや、死んでもこの特性は失われない。
だから授かった【可能性】がどんなに扱い難い物であろうとも、自分の個性として向き合い、折り合いをつけて生きていくしかないんだ。
そう頭で理解していても、それは俺達のような子供には難しいことなんだけどな……。
「はぁ~やっぱり結人の匂いを嗅いでると落ち着くぅ~」
薫は満足げな顔でそう言い、俺の胸に顔を埋めてスーハースーハーと深呼吸していた。
前言撤回。
薫は折り合いをつけるのが上手すぎる。
「なんだよ、この特殊なプレイは……」
中学三年間ずっとこの調子だったから流石に慣れているし、おかげで女子への免疫も増したが、俺は別に変な性癖を持っているわけではないから普通に恥ずかしいんだが。
しかも周囲からの視線が突き刺さってきて痛い。バカップルだと思われているぞ。
バスが発車しても薫は離れてくれる気配がなかった。
目を閉じた薫が鼻をピクピク動かしながら俺の首元から頬へ顔を寄せてきて、艶々しい唇が肌に擦れる。しかも匂いを嗅がれているはずが、逆に甘いピーチの香りが俺の鼻をくすぐってくる。
逆に逆に薫に問いたい。
なんで女子はこんなに良い匂いがするのかと。
「も、もういいだろ」
「大丈夫だよ、汗の匂いはしないから。私としては少しくらい汗の匂いが混じっている方が好きだからちょっと残念だけど」
「唐突にフェチを暴露されても反応に困るんだよ!」
「ん~。ボディソープの柔らかいフローラルな香りが人肌に浸透して体臭とミックスされている、この芳しい匂いが実にたまらないのです」
「食レポみたいに言うな!! ほら離れろ駄犬!!」
「えぇ~」
引き剥がして普通に座らせた薫は、叱られて落ち込む犬みたいに悲しげな表情を見せた。未練がましい上目遣いを向けられ、獣耳が垂れ下がっている幻覚が見えてくる。
「いいじゃん、もっと嗅がせてよ。おっぱい揉ませてあげるから」
唐突に苦渋の選択を迫ってくるな。
揉まねぇよ。揉みたいけど。
「結人のケチ。じゃあこれで我慢する」
妥協案として腕を組み、肩に額を乗せて寄り掛かられた。
「お前なぁ……」
「はぁ……ずっとこうしてたい。二度と離れたくない。結人のくっつき虫になりたい」
薫の緩みきった幸福な顔を見た俺は、それ以上何も言わずに好きにさせることにした。
人間の匂いが嗅ぎたいという薫の言葉は建前ではないかと、俺は思っている。
本人の意思で制御できない常動型の【可能性】を持つ薫だが、俺と居る間は他人の感情を察せず余計な気遣いをせずに済むから、他人の心を覗かずに普通のコミュニケーションが可能だから、その安息の時間が尊いのだろう。
俺は、どんな形であれ少しでも判明者の助けになれれば、それだけで満足だ。
そうすることが、判明者の集う明麗高校へ進学を決めた理由でもあるから。
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