21 正体

「どういうこと……?」

 私は思わずつぶやいていた。

 先日、洞窟で出会った少年――彼がここで暮らしているなら盗賊と無関係ではないだろうと思っていた。だが、まさかこんな子供が頭目だなんてことがあるだろうか。

「どうやら君は見た目通りの年齢ではなさそうですね。その子供の体はどうやって手に入れたんですか?」

 ナナキは冷たい表情でそう告げる。


 ――見た目通りの年齢ではない?

 ならば、子供ではないということなのか?


「へえ、あんた同業者かい。だったら迂闊なことは言えないな」

 少年――に見える彼は軽く笑いながらそう返した。

 ナナキと同業者ということは――

「精霊術師……」

「恐らくそうでしょうね。彼の本来の魂はもっと老けているはずですよ」


 精霊術師は、魂や他人の体の一部を依り代に定着させることで、様々な姿に擬態させることができる。今の私がアイシアに扮しているのも、私の魂とアイシアの肉体の記憶を人形に定着させているからなのだ。

 そんな特殊な技術を持っているなら、この少年も自分自身の姿を変えることだってできるだろう。そこまで考えて、私はふと一つの可能性に気づいた。

 ――それなら、ナナキは?

 彼は高度な技術を持つ精霊術師だ。ならば、彼自身の体もかりそめの姿かもしれない。今、私が見ているナナキは、本来のナナキではないのだとしたら――


「私たちに洞窟内を探られないようにするために、子供のふりをして出口へ誘導したというわけなんですね」

 ユーリスの声で、私は我に返った。

 そうだ、今はナナキのことを考えている場合ではない。

「お姉さんたちだけなら歓迎したけどね。あんた、どうにも面倒くさそうだったからな。せっかく穏便に帰してやったのに、余計なことをしやがって」

 ユーリスに対し敵愾心を隠さずそう返すと、彼は地面に転がる盗賊の手下を足で小突いた。

 それほど力が入っているようには見えなかったが、手下の男は苦しげにうめき声を上げた。


「ちょっと何してるのよ、仲間じゃないの!?」

「こいつらはただの手駒だよ。こいつらだって、仕事も金もないから俺を利用してただけさ。お互い初めから仲間だなんて思ってねえよ」

 余計な口を挟むなと言わんばかりに、少年は私は冷たい目で私を見やった。

 先ほどまでは薄笑いを浮かべていたのに、今では完全に笑みが消えている。幼い体に不似合いなほど大人びた表情に、私は思わず後ずさる。

 すると、盗賊の頭の視線を遮るように、ナナキが私の前に立った。


「この人たちは元からの盗賊ではありませんね。恐らくはここの坑夫だったのでしょう。鉱山が閉鎖されて仕事がなくなり、そのまま村に残っていたら盗賊に勧誘された、といったところでしょうか。坑夫なら坑道の内情には充分詳しいでしょうからね。うってつけの職業というわけです」

 麓の村はもともと坑夫が住んでいたところだ。彼らがこぞって転職したために、盗賊の村に変わってしまったというのが事の真相だったのだろう。


「私の知らないところでこんなことになっていたとは――……」

 それまでずっと無言だった伯爵は力なくつぶやき、うなだれた。

 人のいい彼だからこそ、この現実に深く心を痛めているのだろう。

 彼らがただの悪党だったなら軍を使って討伐すれば良い。だが、その盗賊たちも元は領地の経済を支えてきた人々で、災害後の救済が及ばなかったために彼らを犯罪者にさせてしまったのだ。

 慈悲深い領主であるがゆえに、複雑な思いをしているだろう。


「伯爵……」

 なんと声をかければ良いだろう。私がそれ以上言葉が続かずにいると、不意にユーリスが溜息混じりの声を発した。

「どうやら本当にご存じなかったようですね。どれだけ調べても証拠が出てこないわけです」

「……証拠?」

 私はつい聞き返してしまう。

 そもそもユーリスは何者なのだ?

 盗賊の仲間でもなく、従順な執事でもなく、裏でこそこそと怪しい動きをしている人物。

 主人に隠れて探っていた証拠とはいったい――?


「レイオール伯爵、あなたには水光石の密輸出の嫌疑がかかっております。近年、国内の採掘量と流通量にかなりの差異があり、調査を進めていたところ、こちらの鉱山が怪しいと目星をつけていたのです。そこへ坑道の落盤が起き、鉱山が閉鎖してからも周辺国への流出が続いておりましたので、密かに内偵を行っておりました」

「ユーリス、君は……」

「私は宰相府直属の統括調査官です」

 伯爵の言葉が終わる前に、ユーリスは自らの正体を明かした。こちらの世界の仕組みに疎い私にとって、役職名を聞いてもどの程度偉いかはピンと来ないが、つまりはスパイ活動をしていたということなのだろう。


 洞窟で暮らすホームレス少年が盗賊の親玉で、

 盗賊たちは元は伯爵の下で働いていた坑夫で、

 嫌味な執事が実は中央のスパイだった――


 一気に情報が押し寄せてきて、頭が混乱しそうになる。さらに言えば私の正体も花嫁に化けた幽霊なのだ。ここにいる者は皆それぞれ別の顔を持っていたということになる。騙されてばかりのお人好しの領主を除いては。


「馬鹿正直な領主様はともかく、中央の役人に出張ってこられちゃ面倒だな。ここはおいとまさせてもらうぜ」

 少年はそう吐き捨てると、慎重に後ずさりを始めた。逃げるタイミングを計っているのだ。だが、それを許すようなユーリスではなかった。

「そう簡単に逃げられると思っているんですか?」

 冷たく言い放つと同時に、ユーリスが指を鳴らす。

 すると、背後に複数の人影が現れた。

「何の準備もなく、たった二人で敵地に乗り込むような愚かな真似をするわけがないでしょう。この洞窟はすでに包囲しています。おとなしく投降した方が身のためですよ」

 ユーリスの背後を固めるのは、恐らく書斎で指示を受けていた彼の部下たちだろう。

 暗がりでよく見えないが、身のこなしに隙がないことは感じ取れる。普段から鍛錬を積んでいるプロに違いない。

 人数は五、六人といったところ。決して多くはないが、敵が一人なら取り押さえるには充分な人員である。それに加えて召喚術師であるナナキと魔獣使いのユーリスもいるのだから、もはや過剰戦力とすら言えるだろう。

 だが、少年の姿をした盗賊の頭は焦る様子を欠片も見せなかった。


「それはどうかな」

 余裕ありげにそうつぶやくと、彼は右手をかざす。

 すると黒い霧が竜巻のように襲いかかり、辺りを一瞬で闇に染めた。

 漆黒の霧から反射的に頭部をかばおうと、私が腕を上げたところ、

「わっ、な、何!?」

 誰かに腕を強くつかまれた。

 抗う暇もない。その強い力に引きずられ、私の体は宙に浮いた。

「――ミツキ!」

 私の名を呼ぶ切迫した声が急速に遠ざかる。

 その声に応えることもできないまま、私の体は闇に飲まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る