20 再会

 私たちが鉱山にたどり着いた時、そこには一台の馬車が停まっていた。恐らくは伯爵が乗ってきたものだろうが、すでに無人だった。

「伯爵とユーリスは一緒に中へ入ったようですね」

「二人だけで来たんですか!?」

 ナナキの言葉に私は驚きを隠せなかった。

 盗賊の元へ乗り込むのに、たった二人とは無謀すぎる。しかも同行しているのは裏切者という最悪の事態である。

 だが、ナナキはまったく焦る様子もなかった。


「ソーシャの蝶を密かに伯爵に張りつかせておきましたので、彼らの場所はわかります」

 ナナキが指で示したのは、御者台から降りてきたソーシャの右手。彼女の指先には一羽の黒蝶が止まっていた。これがソーシャの一部なのだ。私には見えない交信でもして位置を探っているのだろう。

 通信に防犯機能、さらにはGPS探索までできるとは、あまりに便利すぎるのではないか。

「だったら早く助けないと! アイシアさんも、伯爵も!」

 人数は少なくても、ナナキもソーシャも充分すぎる戦力だ。一刻も早く新婚夫婦をまとめて救出しなくては。

「では参りましょう」

 そう告げると、ナナキは前回と同じようにガラス瓶に明かりを灯す。

 こうして私たちはまたしても洞窟内へ足を踏み入れた。



 一回目に洞窟内をさまよったのが嘘のように、目指す居場所へは拍子抜けするほどあっさりたどり着いた。

 暗闇を照らし出す青い光と、そこに映し出される二つの影。

 良かった、伯爵はまだ無事なようだ。

 ほっと胸を撫で下ろし、私は人影の片割れに大声で呼び掛けた。


「――レイオール伯爵!」

 背後から呼び止められた伯爵は、薄明かりでもはっきりわかるほど驚いていた。

「アイシア!? いや、あなたは――」

「残念ながら私は偽物の方です。アイシアさんはまだ見つからないんですか?」

「いや、それがさっきから道に迷ってしまいましてね。なかなか先に進めないんですよ」


 もともとやつれ気味の伯爵の顔にはさらに濃い疲労の色が浮かんでいた。

 私が初めてこの鉱山に来た時と同じようにぐるぐるさまよっていたのだろう。

 案の定、ユーリスの手元には水光石を発光させたガラス瓶がある。まったく同じ手口で今回も洞窟の奥へと行かせないつもりなのだろう。

 馬鹿め、そのネタはもう割れているぞ。


「ユーリス、いつまでも同じ手が通用すると思うんじゃないわよ! ネタは上がってるのよ!」

「何のことですか?」

 ユーリスはすっとぼけた顔でそう返す。この期に及んでまだシラを切るつもりか。

 怒りがふつふつと沸いてくる。

 私は無言で近づくと、ユーリスの手元のガラス瓶をはたいた。

 まさかそんなことをされると予想していなかったのか、ユーリスはずいぶん無防備だった。

 あっさりはたき落とされたガラス瓶は地面で砕け、中身の水と石が飛び散った。

「!? な、何をするんですか!」

 驚愕するユーリスを無視して、私は伯爵に向き直った。

「伯爵、これを見てください。この洞窟には、水光石で照らしていると道が行き止まりに見えるような仕掛けがあるんですよ。こうして別の明かりで照らせば現れるんです」


 水光石は光を失い、洞窟内の光源はナナキの手元の瓶だけになる。すると、今まで行き止まりに見えていた岩壁が消え、隠されていた坑道が出現した。

 からくりの種明かしを目の前で見せつけられ、伯爵は茫然とつぶやいた。

「そうだったんですか……」

 信頼していた執事に騙されていたのだから、ショックも大きいだろう。

 私は再びユーリスに視線を向ける。

「ユーリス、あなたはそれを知った上で、あえて水光石を使って私たちを迷わせたんでしょう。地底湖を発見されては困るから」

「洞窟内で水光石を使うのは当然のことですよ。それを見越して罠が仕掛けられていたのでしょう」

「とぼけないでよ! あなたが伯爵に隠れて裏で怪しい動きをしてるのはわかってるのよ。あなたが魔物を使って襲わせたのは私だったんだから!」

 問い詰めると、ユーリスは大きく息をついた。

「まったく……どこまでも邪魔をしてくれる……」

 いつもの冷たい無表情から苦々しい顔に変わったユーリスに、自失していた伯爵が問いかける。

「……ユーリス、これはいったいどういうことですか?」

「それをご説明している暇はなさそうですね」

 ユーリスが短く告げると同時に、背後から複数の足音が近づいてくる。

 気づいて振り返った時にはすでにガラの悪い男たちに囲まれていた。


「のこのことこんなところまで入り込んできた鼠がいるぞ」

「おっと、女もいるな。こいつは上玉じゃねえか」

 女とは、アイシアの姿をした私とソーシャのことである。そうそういないレベルの美少女と美女なのだから、彼らが色めき立つのも無理はない。

 だが、私にいやらしい笑みを向けてくる男たちに、無言のままのナナキの目が危険な色に染まっていた。

 これはまずい。ナナキのような人間離れした術師にとって、ただの盗賊など敵ではないだろう。

 目の前で凄惨な事件が起きるかと身構えたが、しかしナナキよりも先にユーリスが動いた。


 ユーリスが手を宙にかざすと、手首に巻かれた腕輪が光った。

 すると、私を襲った獣とは違う、黒い蛇のような影が複数飛び出し、盗賊たちに襲いかかった。

「おい、何だこれは!」

「くそっ、取れねえ!」

 蛇の影は盗賊たちに絡みつき、彼らの体を縛り上げてしまった。

 あっという間に、ぐるぐる巻きにされた男たちは全員地面に転がされた。


「どういうこと……? あなたの仲間じゃないの?」

 まったくわけがわからない。ユーリスは伯爵を騙していたはずだ。それなのに、なぜこの盗賊たちを捕縛したのだろう。もしかして仲間割れか?

「私がこんな下民の仲間だと思っていたんですか? 心外ですね」

 ユーリスは馬鹿にしたような口調で言い放つ。やっぱり嫌味は健在だ。

 本当に何者なのだ、こいつは。

 さらに問おうと口を開きかけたその時、背後から別の声が上がった。


「ずいぶんと荒っぽい執事がいたもんだ。お陰でこっちの予定がだいぶ狂っちまったよ」

 声の主を振り返り、私は凍りついた。

「あなたは――」

 それ以上、言葉が出ない。固まる私を面白そうに見やりながら、その人物はゆっくり笑った。

「やあ、お姉さん。またここに来ちゃったんだね」

 口調とそぐわない幼い声。小さな体に大人びた表情を浮かべる彼は、私が初めてこの洞窟に来た時に道案内をしてくれた、あの少年だったのだ。

 彼はあの時、住む家がないからこの洞窟で暮らしていると言っていた。だからここで再会するのはおかしくはない。

 だが今、彼は何と言った?

 そもそも盗賊の拠点であるこの場所に、なぜ子供が暮らしているのだ?

 混乱して言葉を紡ぎ出すことができない私の隣で、ナナキが少年に向かってゆっくりとこう告げた。

「――君が、盗賊の頭領なんですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る