17 花嫁救出作戦
今にも屋敷を飛び出しそうになレイオール伯を、ユーリスが慌てて制止した。
「旦那様、ご自身で行かれるおつもりですか!?」
「当然でしょう、自分の妻がさらわれたんですよ」
この人であれば当然な行動である。だからこそ今は止めなくては。
「待ってください。これは罠かもしれません」
「……どういうことですか?」
私の言葉に、伯爵は眉をひそめる。私は一つ息をつき、説明した。
「伯爵が慈悲深い方だということを、ここの領民は皆知っているのでしょう? 災害があればすぐに救援を差し向けるような領主だと」
「当然のことをしているだけですよ」
「だからこそ、花嫁をさらえば領主本人が来ると向こうは算段しているのではないでしょうか。伯爵をおびき寄せて何をするつもりかまではわかりませんが……ただ、鉱山内に水光石の地底湖ができていたことが知られると、何か彼らにとってまずいことがあるのかもしれません。だからこんな強硬策を取ってきたのではないでしょうか」
伯爵は誠実でお人好しに過ぎる。そのことが知れ渡ると、怪しい壺を売りつけられるだけでは済まないほどの危険が伴うのだ。下手をすれば、敵は伯爵を亡き者にするつもりかもしれない。
私の説明に伯爵は一理あるとわかったのか、考え込んでしまった。その一方、
「地底湖? それは何のことですか?」
まるで初耳という様子で、ユーリスが聞き返してくる。彼がシロなら、いきなり地底湖などと言われれば当然の反応ではあるが――本当に知らないのか、知らないふりをしてとぼけているのか、どちらだろう。少し探りを入れてみるべきか。
私はあえて答えず、別の質問をした。
「この手紙は誰が持ってきたの?」
「それはわかりません。玄関に投げ入れられていたのを私が発見しました」
「……あなたが第一発見者なのね」
やはり疑念は消えない。自作自演の可能性も充分にある。
私の疑いの眼差しに気づいたのかどうか、ユーリスは私から視線をそらし、伯爵に諫言した。
「また自ら馬を駆るようなことはおやめください、旦那様。馬車を用意しますので、その間に支度を整えてください」
言いおいて踵を返そうとするユーリスを、私は呼び止めた。
「待って、ユーリスまで行くつもり?」
この様子ではユーリスも同行しそうである。疑惑の晴れない彼を一緒に連れて行って良いものかどうか――
「この時間にすぐ動かせる人員は多くありません。まして、あなたが偽者だと知っている者はさらに限られます。他に誰かおりますか?」
「でも……」
私はつい言いよどんだ。ユーリスの言うことは理にかなっている。まさか本人に向かって怪しいから連れていけないとは言えない。
どうしようかと考えあぐねていると、伯爵がユーリスの肩を持つ発言をした。
「こう見えてユーリスはかなり腕が立つんですよ」
そうなんですか、その方がもっと困るんですけどね。
もし裏切られたら、あなた死にますよ。
――とは、さすがに言えなかった。
「……花嫁がさらわれたのに、私がここにいるわけにはいきません。私は屋敷の者に気づかれないうちに身を隠しますので、後はソーシャを通して連絡します。どうか旦那様は無茶をなさいませんよう」
花嫁交代を邸内の人間にも隠している以上、私がいつまでもここにとどまっているわけにはいかない。ひとまずは引き下がり、ナナキと合流して作戦を練るべきだろう。
時間がなくて使用人たちとほとんど会話ができなかったのが今は悔やまれる。こうなっては、頼れるのはナナキとソーシャの二人しかいないのだ。
「ソーシャ! ナナキに連絡は取れ――」
勢いよくソーシャの部屋の扉を開け、私は思わず言葉を失った。
数拍の自失の後、私は夜中なのに思わず叫んでいた。
「――何であなたがここにいるんですか!」
しかし、相手は意にも介さず涼しい顔でさらりと答える。
「ソーシャに呼ばれましたので」
そう、ソーシャの部屋にはすでにナナキがいたのである。呼ばれたにしても早すぎはしないか。私もたった今、誘拐を知ったばかりだというのに。
何かまた反則まがいの術を使ったのだろうが、これだけの力を持っていながら、なぜみすみす依頼主であるアイシアを奪われてしまったのだろう。
「何であなたがついていながらアイシアが誘拐されてるんですか!」
ついいきり立つ私に、おろおろとしながら口を挟んできたのは、部屋にいたもう一人の人物だった。
「申し訳ございません……わたくしのせいなのです」
それはアイシアの側仕えの侍女だった。
私とアイシアが交代した後、彼女は主と一緒に屋敷を出ず、しばらく時間をおいてから合流する手はずになっていた。屋敷に来た行商人と侍女が行動を共にしては怪しまれるからである。彼女の外出の名目はワクマー家への使いで、今夜は伯爵邸に戻らない予定になっていた。もちろん我儘お嬢様の世話をするための偽装である。
本来は隠れ家でアイシアが待っているはずだったのだが、なぜか彼女は自分で迎えに行くつもりだったのか、勝手に出て行ったらしい。そして恐らく、そこでさらわれたのだ。
「いえ、君のせいではありませんよ。他に気になることがあって、少し目を離していた僕の落ち度です。彼女の性格上、おとなしくしていられないのはわかっていたんですから」
侍女を慰めるナナキの言葉に、私は少し引っかかった。
「気になることって――鉱山の件?」
「まあ、それもありますが」
尋ねたが、やんわりと受け流された。とはいえ今はそこを掘り下げている場合ではない。
それ以上は深追いせず、私は本来の用件を口にした。
「とにかく、屋敷の者に見とがめられない内にここを出ますので、手伝ってください。誘拐されたはずの花嫁が邸内にいるわけにはいきませんから」
今日は夕食後、ずっと部屋にこもっていてソーシャにしか会っていないので、邸内に忍び込んだ盗賊に拉致されたということにでもすれば何とか辻褄を合わせられるだろう。防犯はどうなっているんだという問題は後々起きるだろうが。
「そうですね。でしたら、また姿を消す術をかけましょう」
私の依頼に、ナナキはそう提案した。
「僕は少し伯爵と話がありますので、その間に邸内を探ってきてはいかがですか? 内通者がいる可能性があるのでしょう? 怪しい動きをする者がいないか、見てきてください」
今はアイシアの救出が第一で、内通者探しは二の次である。だが、誘拐犯の目的が伯爵本人なのだとしたら、その身を守るためにも周囲に気を配るべきだろう。
こうして私は姿を消して邸内を探り、ナナキの用件が終わったら合流して、同じ馬車で鉱山に向かうことになったのだった。
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