アイスを買いに

尾八原ジュージ

アイスを買いに

「ねぇ、アイス食べたい」

 普段甘いものを食べない彼女がそう言ったとき、僕たちは必ずマンションの向かいのコンビニに行くと決めている。

「よし、じゃ行こう」

 部屋着の上に上着を羽織って、最低限のものだけポケットに入れる。リビングを出て、どんなアイス買おうかなんて話をしながら、僕たちは玄関に向かう。

 その途中、絶対に振り向かない。

 足元だけを見つめて靴を履く。その頃になると鈍感な僕にも、リビングの中に何かがいることがわかる。何かがずるずると歩き回る音が聞こえ始め、血の匂いがぷんと鼻を突く。

 そいつに気づいていることを悟られないよう、僕たちは努めて和やかに談笑しながら部屋を出る。玄関のドアに鍵をかけると、彼女がほっとため息をつく。

 マンションを出て、向かいのコンビニに入り、今出てきたばかりの部屋を見上げる。閉めたカーテンの向こうに、微かに動き回る人影のようなものが見える。

 その影が見えなくなるのを、僕たちはコンビニの中でじっと待つ。


 彼女の前の旦那は、彼女の長期出張中、リビングで頚動脈を切って自殺したという。

 それから五年以上が経ち、僕という彼氏もできた。なのに彼女はなぜか頑なに、あの部屋から引っ越そうとしない。

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アイスを買いに 尾八原ジュージ @zi-yon

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