018_葡萄の夏、林檎の夏

「夏」「告白」「残念な幼女」で。


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 随分遅くの朝である。日はとっくに昇り、俺は朝飯を食べ損ねた。

 風が舞い込む。鳥骨殻スープと硬いパンの香ばしい匂いが鼻をつく。

 ああ、そうか。

 俺は一人納得する。

 旅連れのシャイアの小娘かダイアロスの小僧が気を利かせてくれたに違いない。

 メリス? メリスには無理だ。俺は濃紺のローブに碧髪の魔導師を思い出し、すぐに頭を振っては可能性を消す。

 

 そうだとも。

 

 あの女は魔道と宝物にしか興味が無い。

 そして俺は傭兵。ヒュムで無所属のアウトローだ。

 ただ、ふとしたことで、魔導師メリスや、あいつらチビッ子二人と旅をともにしている。

 元々急ぐ旅でもなかった。

 

 俺は簡素な寝台から上体を起す。

 背中と言わず、体中が先日の竜との死闘からというものバキバキだ。

 メリスがなんの気の回しようか、全身のマッサージをしてくれる。

 あれは心地よかった。肉付きを知る按摩師か、全身のツボでも熟知しているのか。

 もっとも、死霊術師の可能性も捨てきれないが。どうも魔導師というのは胡散臭くて敵わない。


(今日も強い日差しだ)


 俺は卓より水差しを取り、中の葡萄酒を流し込む。

 多少の酸っぱさが残る、酸味のきいた果実の味。


「おう、酸っぱい」俺は正直な味を告白する。

 

(ああ、蜂蜜割りが良かったか)


 俺は水差しを取ると、俺はすだれに水をかける。窓の外は灼熱の太陽、そいて部屋との境によしの簾だ。

 時間を見ては、定期的に水をかける。

 そうしないと、気化熱ともども簾上の水がすぐ蒸発してしまうからだ。


「のうヴァレリー」

 俺は声の主を流し見る。

 軽そうなサンダルを鳴らして一言。

 白いトーガに金糸銀糸で編まれた腰留め。流れる蜂蜜の川の様に豊かな金髪、そして透けるような白い肌。そして彼女の掌はプニプニだ。

 爪は綺麗な米粒型、豆や染み、傷痕に無駄毛などは一切見受けられない。


 そう、貴族か王侯のような、労働を知らない手なのだ。

 俺はそんな赤き瞳のシャイアに、気の抜けた声で返事をする。


「なんだよシャイア」

「いや、特に用は無いのだが」


 無いのかよ! と、俺は思いつつ。


「なあヴァレリー」

 とシャイアの硬い声。


(なんだよ、用は無いんじゃなかったのか!?)


「なんだシャイア」

 シャイアが笑う。


「ああヴァレリー。吾は今日、リンゴを一個も食ってない。リンゴをくれ。いや、市場に行こう」

「はあ? リンゴを買いに市場だと? 一人で行って来いよ。俺の替わりに弟でも連れて行ってこい」

「吾はヴァレリーと行きたいのだ。ダイアロスはダイアロスなりの用がある。その点ヴァレリー、そなたは暇そうだ」

「暇じゃねえし」


 俺はシャイアに食いかかる。

 しかし、シャイアの表情は変わらない。


「なあなあなあ、なあヴァレリー、市場に行くぞ? 一緒に行くぞ? リンゴ、吾はリンゴが食いたいのだ!」


(はあ、コイツ大きくなったら、一日に何個のリンゴを食べるようになるんだ?)


「だー! ヴァレリー! リンゴ、リンゴをくれ! 市場に行こう! 行こうなぁ!!」


(……子供かよ。ああ、子供だった)

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