017_リンゴと竜

「音」「銅像」「役にたたない幼女」で。


---


 偉人の銅像が飾られた街の広間。

 そんな場所で、一人の少女が地団駄を踏んでいる。

 もうドスンドスンと。はしたない。


「吾は確かにリンゴを所望したはずだぞ、ヴァレリー」

「ああ、そうだったなシャイア」


 白いトーガを金糸の腰帯で止めた。金髪碧眼の幼女。しかしその瞳は異様に鋭い。

 そいて彼女の足元を見れば、地面上のリンゴの芯に集ろうとしている数多のアリが、芯を中心に群れ集うだけで、一匹たりとも蜜滴る芯に近づこうとしていない。異様な光景だった。


「ん? お客さん柿じゃないのかね?」

「いや、甘柿でいいぞ親父。リンゴに金貨三枚も払えるか。どこぞの王侯でもあるまいに」

「ヴァレリー! 柿などで吾を誤魔化すな! 吾はリンゴを所望だ!」


 シャイアの白い小さな手は、ツルリとした表面を持つ一際大きな柿に、ガブリと歯──もとい、鋭い牙──を埋めたところであった。


「こらお前、シャイア!? まだそいつの代金払ってないんだぞ、と言うか、売り物に先に手を出しちゃ、値切れるも値切れないだろうが!」

 親父が俺から一歩、遠のいた。いわば俺は、全てを射殺す目をしていたらしい。


「うむ、ヴァレリーにしては慧眼よ、たしかにこの柿であれば、リンゴに匹敵する美味さ。……でも、やはりリンゴには敵わないがな」

「うるせえよ! ……畜生、畜生……悪いな親父、このガキが食ってる柿、幾らだ?」

「銀貨五枚だな」

 俺は笑顔で柿の果汁で濡れた指先を舐るシャイアをばっと睨む。


「うん、美味いぞヴァレリー」

「黙れ親父、銀貨五枚は高いだろう!?」

「兄さん、もうその柿はお嬢ちゃんの腹の中だ。無かったことにはできないぜ」

 俺は視線で射殺さんと、シャイアを見ては、その笑顔にヤル気をなくす。


「あーうまうま。次はリンゴを頼むぞ、ヴァレリー!」


 俺は足元のシャイアを無視し、親父に銀貨五枚と言う大金を泣く泣く支払ったのである。


 ◇


 俺の目の前──正確には俺たちの目の前に人の二倍ほどの大きさの緑の竜がいる。

 禍々しき緑色の体躯。口元に並ぶ牙。喉奥から毒ガスを放つ毒竜、グリーンドラゴンである。


「ヴァレリー。日頃のそなたの忠義と、吾の運動不足解消のため、この竜は吾に任せるが良い!」


 言うが早いか竜と距離を詰める白トーガ。

 裾が舞い、黄金に輝き出したシャイアの拳。


「おいシャイア!?」


 俺が振り向くも、もう遅い。

 背後にいたはずのシャイアは脱兎のごとき速さで竜との距離を詰め、黄金の拳を竜の頭に叩き込む。

 シャイアは叫ぶ。


「輝け黄金、吾は未来の黄金竜! 吾が一撃で沈む事を誉れに思え! 永遠の旅路の果てを想って散れ、若き緑竜よ!」

 

 ぐしゃり。


 竜の頭蓋が割れた。

 そしてゆっくりと地面に倒れる竜。

 幼女の拳は今正に、血の紅に濡れていた。


 流石竜種。同族に対しても遠慮がないのな、強きものだけが生き残る。

 それがシャイアを初めとする竜種の生き様らしい。

 俺は、故と縁あってシャイアと一緒に旅している。


 俺は傭兵ヴァレリー。シャイアの父、黄金竜ドラグドレイムを倒した者だ。


「おい、シャイア。竜の頭は歯と角、それに目……宝の宝庫なんだから粉々は止めてくれ」

「ん? 加減しろと? かの竜は戦士であった。戦士には戦士に相応しき死を送ったまでのこと」


 うん、このカルチャーギャップ。何度聞いてもしっくりこないしシャイアが俺の意見に耳を貸すこともない。

 そう、もう慣れた。


「うん、今度から気をつけるだけで良い。心のメモ帳にきちんと書いておいてくれよ」


 シャイアの顔が固まる。

 そして表情が崩れると、見せる笑顔。


「ヴァレリー。運動したら腹が減った。リンゴだ、リンゴをくれ!」

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