6月も中旬となり、ここ北海道も昼間は暑くなる日が多くなってきた。朝晩は冷え込むことが多いのだが、流石にもう石油ストーブの出番は無くなった。


 その日、本田は白バイに跨り札幌市豊平とよひら区の羊ヶ丘ひつじがおか通で交通違反の取り締まりをしていた。

 札幌ドームから羊ヶ丘通に接続するランプウェイに白バイを停め、が来るのを今か今かと待ちわびていた。

 札幌市中心部から清田きよた区方面に走り去る車を一台一台、目を凝らしてしてゆく……。


 ここは札幌市民や近郊のドライバーにとって、すっかりお馴染みとなってしまっただが、今となっても一定数のが期待できるポイントなので交通機動隊員達にとっては外すことの出来ない場所なのだ。


 本田が掛けているレイバンのサングラスにホワイトのアウディA6アバントが写った。

 よほど急ぎの用事でもあるのか、アウディは3つの車線をせわしなく移動しながら次々と先行する車を追い抜いていく。


「よし……」


 本田はそう言うとクラッチレバーを握り、チェンジペダルを踏み込みギアを1速に入れた。左の親指でウィンカースイッチを右に倒すと後ろを振り返り後続車を確認する。

 車の流れが一瞬途切れたのを確認すると、彼はクラッチレバーを離し、同時にアクセルグリップをスムーズに捻った。

 ハーレー独特の軽快でリズミカルなエキゾーストノートは、時に打楽器を彷彿ほうふつとさせる。クラッチレバーを握る度に起こるVツインエンジンの息継ぎと、チェンジペダルを蹴り上げる度に鳴るカチンという小気味良い金属の感触も、本田にとってはまるでジャズバンドの演奏であるかのように感じられた。


 ウィンカースイッチを押して消灯させたり、再び右や左にスイッチを倒してウィンカーを点滅させたり、その度に身体をウィンカーと同じ方向に傾けて車と車の間を縫うようにして車線を移動していく。


 程なくして今回のであるホワイトのアウディA6アバントが視界に入った。

 本田ははやる気持ちを抑えつつ、絶妙な車間距離を取ってアウディの後ろに付けた。


 右の親指でスライドスイッチをPの位置にセットすると、スイッチに連動して赤色回転灯が作動し、無言で本田の存在を周囲に知らせた。

 隣の車線を並走していた車のドライバーが「あっ!」とでも言いたげな驚きの表情を見せ、速度を落とした。

 そして十秒ほどの追尾の後、彼は満を持してスライドスイッチをPの位置から、Mを通り越してSの位置にセットした。赤色回転灯と一体化したトランペットスピーカーから一般のパトカーよりも1オクターブ高いサイレン音が大音量で吹鳴すいめいした。


 スイッチから親指を離し、バネの力でMの位置に戻ると連動してサイレンが鳴り止み、そして液晶メーターの測定速度エリアに78km/hの数字が表示されていた。

 本田は液晶メーターに表示されている測定速度を一瞥いちべつすると、右の親指でマイクスイッチを押し、ヘルメットに据え付けられたマイクに向かってゆっくりと口を開いた。


「前方のホワイトのアウディのステーションワゴンの運転手さん。帯広 300 あ 80―495の運転手さん、速度を落としてください。速度を落として路肩に停車してください」


 本田の前を走っているアウディA6アバントは逃げられないと観念したのか、左ウィンカーを点滅させ、素直に路肩に停車をした。

 彼はアウディの後ろに白バイを停め、後ろを振り返り後続車を確認しながら小走りで運転席に駆け寄った。

 本田が白い革のグローブをはめた手でコンコンと窓ガラスをノックすると、すぐに窓ガラスが開いて、中からはロマンスグレーの頭髪を七三分けにした60代とおぼしき男性が姿を現した。

 男性は目に鮮やかなインクブルーの色をした仕立ての良さそうなジャケットを羽織り、その下に白地に黒い格子模様が入ったボタンダウンのシャツ、それとベージュのパンツにブラウンの革のベルトをしていた。

 一見してジョージ・クルーニーを思わせる甘いマスクは、どこかの大企業の重役がプライベートで車を運転していたかのように思われた。


「結構出てましたねぇ……。お急ぎだったんですか?」


 本田がそう声を掛けると、男性は「いやぁ、ちょっと考え事をしてて――」と話しながら顔を上に向け、そして本田の顔を見るなり目を大きく見開いて絶句してしまった。


(またいつもと同じ流れか……)


 本田がそう思った次の瞬間、後方からガチャンと何かがぶつかるような音に続けて、キキッというタイヤがスリップする音が聞こえてきた。

 本田とアウディのドライバーが一斉に音がした方向に振り向くと、そこには黒いボディカラーに塗られた古いアメ車のオープンカーが他の車に体当たりを繰り返しこちらに向かって暴走してくる姿があった。


「ちょ、ちょっと、あの、スピードを抑えて安全運転をして下さいね!」


 本田はアウディのドライバーにそう告げると、慌てて駆け出し白バイに跨った。

 右の親指で『SIREN』と表記されたスイッチを押すと、連動して赤色回転灯とサイレンが作動した。

 そして後ろを振り返り、車の流れが途切れた一瞬を見極め白バイを発進させた。

 右に左に身体と車体を傾けながらマイクスイッチを押し、呪文のように何度も同じフレーズを繰り返し言った。


「緊急車両が通ります! 道を開けてください」

 視界の中に暴走車の存在をしっかりと捉え、グングン追いついてゆく。

 あれは……、リンカーン? いや、70年代のキャデラック……、エルドラド・コンバーチブルだろう。


 そう考えている間にも、キャデラックのドライバーはまるで現代によみがえった恐竜のような巨大な車体を先行する他の車にぶつけながら、強引に進路を切り開いていった。


 マイクスイッチを押す親指に思わず力が入る。


「前方を走行中のキャデラックのオープンカーの運転手に告ぐ! 今すぐ停車しなさい! 車を停めなさい!」


 キャデラックは、まるでこちらの呼びかけが聞こえていないかのように一向に暴走するのを止めなかった。


(あいつには俺の呼びかけが聞こえていないのか?)


 本田は思わず不思議な気持ちになった。

 彼の必死の呼びかけがキャデラックのドライバーに聞こえていないはずが無い。なにせ向こうはオープンカーなのだ。


 前方に交差点が迫り、信号が赤になっているのが見えた。


(マズイ! コイツ、赤信号を突っ切る気だ!)


 本田はマイクに向かって大声で叫ぶ。


「道路を渡らないで! 暴走車が居ます。危険です!」


 「一体何事か?」まるでそう言いたげな驚きの表情をした信号待ちの歩行者が目に写った。

 白バイのサイレンを聞いて、交差点内の車が一斉に動きを止めた。

 キャデラックは、まるでそうするのが当たり前のように交差点内の車に体当たりをして走り去っていく。


 本田は『EM』と表記された赤いボタンに左の親指を掛けた。


 彼のこめかみを一筋の冷たい汗が流れる。

 この『EM』ボタンは緊急通信ボタンと呼ばれるもので、その名の通り非常時に応援を呼ぶなどの至急報しきゅうほうの為に押すものだ。

 このボタンを押すことのないまま警察官人生を終える者もいると聞く。何より白バイの整備時などは誤ってこのボタンを押してしまう可能性を考慮して、ボタンにつながるコネクタを抜いてから整備作業をするほどの代物なのだ。


 意を決してEMボタンを押すと、無線に数秒間アラーム音が流れた。

 それまで飛び交っていた他の無線が一斉に交信を止めた。

 本田はアラーム音に続けて務めて冷静に口を開いた。


「至急、至急。交機こうき302から札幌本部」


「至急、至急。札幌本部から交機302、どうぞ」


 無線からは南城の声が聞こえてきた。至急報という事もあってか、声のトーンが普段の彼女よりも若干高い気がした。


「羊ケ丘通、札幌ドーム近辺にて周辺車両に体当たりをしながら暴走をする車両を追尾中。

 該車両がいしゃりょう、停止命令を無視。南東方向、清田きよた区、北広島きたひろしま市方面に逃走中。

 至急マルえん願う、どうぞ」


「札幌本部、了解。なお、ナンバーや車種など該車両の詳細を送られたい。どうぞ」

「該車両、色は黒、内装はワインレッドの古いキャデラックと思われるオープンカー。

 ナンバーは、札幌 300 切手の『き』 73―820。幌を全開にした状態で、運転席に一名が乗車。

 マルは痩せ型、身長は高め、頭髪は金色に染めており、短髪。黒いTシャツを着用。性別は男性と思われる。人相については確認できず。

 現在、信号無視の上、交差点内にて当て逃げ。どうぞ」


「札幌本部、了解。なおも南東方向に逃走中。これでよいか?」


「その通り。現在羊ケ丘通、清田2の1交差点を直進。北広島方向に逃走中」


「札幌本部、了解。


 至急、至急。札幌本部から各局。

 只今の無線傍受ぼうじゅの通り、現在羊ケ丘通にて交機白バイからの停止命令を無視した上、周辺車両への体当たり、信号無視などを繰り返しながら逃走するという事案じあんが発生。

 当該事案の整理番号は214番。

 なお、現時刻を持って緊急配備を発令する。 


 マル被は本日13時07分ごろ、羊ケ丘通、札幌ドーム近辺にて取り締まり中であった交機PMピーエムに車両での暴走行為を目撃され、追尾を受けたものであるが、停止命令を無視して逃走。

 当該事案を起こし現場から南東方向、清田区、北広島市方面に現在も逃走中である。


 該車両は、色は黒、内装はワインレッドの古いキャデラックと思われるオープンカー。

 ナンバーは、札幌 300 切手の『き』 73―820。

 幌を全開にした状態でマル被1名のみが乗車。

 マル被は金色短髪、高めの身長、痩せ型、黒いTシャツを着用。性別は男性と思われるが人相については確認できず。

 大曲おおまがり北広島きたひろしま輪厚わっつに近い各移動は大曲工業団地付近、道道どうどう790号線と国道36号線の交差点に急行しマルけんを実施せよ。


 なお各移動にあっては、交通事故防止、受傷事故防止に十分留意の上、マル被の早期検挙に務められたい。

 以上、札幌本部」


 これで一斉に付近のパトカーや白バイが集まってくる。後は何とか早いうちにこの事件が解決することを願うばかりだ。

 本田はそう考えながら暴走車の追尾を続けた。


「交機301から交機302。本田ぁ、なんやどえらい事になっとるやん。大丈夫かいな?」


「交機302から交機301。山田隊長! 今どこですか?」


「ワシは里塚さとづか霊園の辺りでをしとったとこや。

 なんやよう分からんけど、お前が今ケツを追っかけとるキャデラックがこっちに向かってきとるっちゅうこっちゃな」


「そうです。今そっちに向かってます」


「よっしゃ。ほな、一丁ワシも混ぜたってぇな。お巡りさん舐めとったらアカンっちゅう事を思い知らせたろや。以上!」


 白バイ小隊の隊長である山田からの無線は本田にとって殊の外心強かった。このまま里塚霊園の辺りで自分の白バイと山田の白バイで挟み撃ちだ! 本田はそう確信してアクセルグリップを握り続けた。

 もちろん、山田の合流を待つ間も、一体何をしでかすか分からない暴走車の挙動には注意を払い続ける。その都度、本田は白バイのスピーカーから周囲の車両や歩行者に対しての注意喚起をアナウンスした。

 どうかこのまま人的被害が出ないように……、早く事態が収束しますように。自然と祈りにも似た心境に辿り着く。

「ぎんれい1から札幌本部」


「札幌本部。ぎんれい1どうぞ」


「現在、うつくしがおか上空。214事案、羊ケ丘通を逃走するマル被車両を確認した。このまま追跡を続ける。以上」


「札幌本部、了解」


 ようやく航空隊のヘリコプターがやってきた。これでキャデラックはどこへ向かおうが逃げようがなくなった。


 やがて右手に丸亀製麺が見えてきた。……もうすぐ里塚霊園の入口だ。

 本田は額の汗をそのままにし、固唾かたずを呑んで暴走車の後部を見据えた。

 暴走車が羊ケ丘通と里塚霊園入口の交差点を通過したその時、颯爽と白い物体が現れた。

 それは本田が何よりも待ち侘びた、山田の乗るヤマハ FJR1300Pだった。


「交機301から交機302。待たせたのぉ、本田! ほな、ちゃっちゃと片付けんで!  今夜は負けられん対巨人戦があるんや、残業はしたないからな」


「交機302から交機301。了解です」


 山田の乗ったFJRがキャデラックの右に付き、本田の乗ったハーレーが左に付いた。山田がキャデラックのドライバーを見ながらマイクで呼びかける。


「お兄さん、停まって! 黒のキャデラック、札幌 300 き 73―820の運転手のお兄さん、スピードを落として路肩に寄せて停まってくれへんか?」


 キャデラックのドライバーは山田の呼びかけがまるで聞こえていないかのようにまっすぐ前を見据え、そして急に車体を左右に蛇行させたかと思うとスピードを上げて2台の白バイを振り切った。

「うわっ! ……何さらしとんじゃ、このドアホ! こっちはこないだ配備されたばっかの新車やぞ! キズの一つでも付いとったらシバくぞ、ボケェ!」


 山田は慌ててキャデラックをかわし、そして態勢を立て直すとマイクに向かって関西弁でドライバーを叱りつけた。

 本田はかろうじてキャデラックをかわすことはできたものの、不意打ちを喰らったおかげで態勢を崩してしまい、急ブレーキをかけてその場に停まってしまった。

 なんとか転倒は免れたもののクラッチレバーにまで気が回らず、エンストを起こしてしまった。キャデラックと山田の白バイがどんどん遠ざかっていく。


「本田ぁ! 大丈夫か?」


「……はい、なんとか。すぐに追いつきますので!」


「可愛い部下のかたきは上司のワシが取ったる! お前が追いついた時にはドライバーの兄ちゃんにワッパめて緊逮きんたいしとるで。ゆっくり追いかけてきいや」


「仇って……、まだ死んじゃいませんよ! すぐに追い付きますから!」


 本田は急いでエンジンを再始動させ、山田の後を追った。


 片側3車線で中央分離帯がある大きな道路は、変わらず北広島市方面に続いているものの、いつしか周辺には建物がまばらになり、その名前も羊ケ丘通から道道790号線へと変わっていた。

 ジョイフルエーケーの前を通り過ぎ、目前に『500m先 車線減少』と書かれた標識が現れたところで、ようやく山田と暴走車に追いつくことが出来た。


「キャデラックのドライバーに告ぐ! この先検問が待ち構えているぞ!

 それに上空には警察のヘリコプターが居て、ずっとお前を見張っている!

 もうこれ以上逃げる事は出来ない! すぐに停まりなさい!」

 本田はこみ上げてくる怒りを何とか抑えて、冷静であるようにと自分に言い聞かせながらキャデラックに向かってスピーカーから語り掛けた。


 やがて左手にセイコーマートがある交差点を過ぎたところで道路は片側2車線になり、少し進んだ先には道が大きく左に弧を描いているのが見える。


 次の瞬間、いったい何を思ったのかキャデラックが右に急ハンドルを切り、その大きな車体が横っ腹をこちらに見せた。暴走車の右斜め後ろを並走していた山田が急ブレーキをかけるが間に合わず、そのままキャデラックの横っ腹に突っ込んだ。

 山田は前のめりになった白バイから放り出され、放物線を描きながら10mほど前方のアスファルトの路面に叩きつけられた。

 キャデラックは猛スピードで走行中に急ハンドルを切ったせいと、白バイに突っ込まれた事の相乗効果で激しく横転しながら中央分離帯を乗り越え、なおも転がり続けて道路脇の電柱にぶつかり、ようやくその動きを止めた。


 急ブレーキをかけ、停車した状態で事の一部始終を目撃していた本田は一体何が起こったのか理解が出来ず、ただ茫然ぼうぜんとしていた。

 つい今しがたまで猛スピードで暴走していたキャデラックは、電柱の根元でただ静かにその巨体を横たえながら、ボンネットの隙間から真っ白な水蒸気を噴出させている。

 上空では航空隊のヘリコプターが飛んでいる音が聞こえていた。


「至急、至急。ぎんれい1から札幌本部」


「至急、至急。札幌本部から、ぎんれい1どうぞ」


「現在、道道790号線、大曲おおまがり工業団地上空。214事案、マル被車両と交機白バイ1台が衝突。マル被車両にあっては横転しながら対向車線脇の電柱にぶつかり停止。運転をしていたマル被は対向車線の路面に投げ出され、現在も路上に横たわったまま動かず。

 交機白バイにあっては大破している模様。乗員の交機PMは衝突現場から10mほど前方に投げ出され、現在も路面に横たわったまま動かず。

 至急、119救急搬送の手配を要請する。以上」

「札幌本部、了解。

 路面に投げ出されたマル被と交機PM、両名の容態はいかがか?」


「上空からの目視ではマル被、交機PM両名共に容態、負傷の程度は不明。現場後方に停車中の交機白バイPMに両名の容態の確認を要請する」


「札幌本部、了解。

 現場後方の交機白バイPMは至急、応答されたい」


 本田は目の前に広がっている異常な光景が信じられず、ただ無言で動くことが出来ずにいた。


「札幌本部から現場後方の交機白バイPMへ。

 至急、応答されたい」


「あ……、こ、こちら交機302……」


「札幌本部から、交機302。至急、倒れているPMとマル被、両名の容態及び負傷の程度を確認せよ」


「交機302。応答せよ」


「本田君しっかりして! 今現場には君しかいないの!」


 南城の必死な呼びかけで本田はようやく我に返った。


「あ、はい! こ、交機302。これよりPM及びマル被両名の容態、負傷の程度の確認に着手する。以上」


 本田は白バイから降りると、路面に横たわったまま、ピクリとも動かない山田を目がけて一直線に走り出した。

 うつぶせに倒れている山田を慎重に仰向けになるように起こす。身体の傷が痛むのか、山田の表情が苦痛に歪む。

「痛い、痛い……」


「隊長! 山田隊長! しっかりしてください! 今救急車が来ますから!」


 本田の呼びかけに山田が息も絶え絶えに口を開いた。


「……本田か? あいつは……、キャデラックの兄ちゃんはどないした?」


「あいつは、横転する車両から投げ出されて、路面に倒れたまま動きません」


「ドアホ……。ワシは……、大したことない……。それより、早うマル被を緊逮きんたいせんかい! 自分……、警察官やろ? 早よ行け。何してんのや……。早よ行って、ワッパ嵌めて緊逮してこんかい……」


「隊長! しっかりして! しっかりしてください!」


「……ワシは大丈夫や。……今夜の対巨人戦を見なあかんからな。……今年の阪神は波に乗っとんねん。……それより早よ、マル被を緊逮せんかい」


「ごめんなさい」


 本田は一言そう山田に告げ、彼をそっと地面に置いた。本田は対向車線に倒れているキャデラックのドライバーを見据え、そして駆け寄った。


 仰向けに倒れているドライバーの男はカッと目を見開きまっすぐ空を見つめていたが、その瞳からは既に生気が消え去っていて、1/3ほど開いたままの口からは真っ赤な鮮血がしたたり落ちていた。


 上空を飛んでいる航空隊のヘリコプターの音に混ざって、こちらに近づいてくる救急車のサイレンが聞こえてきた。


 山田がその夜の阪神対巨人の試合結果を知ることは永遠に無かった。


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