第4話 forget me not(忘れないで)


ノアが心配だ

あんなに打ち傷や切り傷があった

皇后は最後まで子供に詫びの思いも母親としての矜恃もなかった

ここまで愚かな女は初めて見た

ここまで心がお粗末な人は初めて見た

ノアはまるで幼い頃の私みたいだ。醜いと散々言われ、愛されようと努力しても罵られ痛めつけられる

そんなノアが心配だ。このままだと消えてしまいそうな気がして……



「お父様」

「なんだい?ユリアス」

「ノアのところに行きたいのですが…」

父は少し顔を顰めた

「……分かった」


「これからノアはどうなるのでしょうか?乳母によって育てられるのでしょうか?」

「それは聞いていないな。だが、何もしないわけではないだろう。少なくとも殿下に罪はない。むしろ守ったのだ。褒められるべきだろう」

「そうですね」


「わざと怪我を負ったのか?」


前に視線を置いていたのを父の方へ向ける

なぜ父は気が付いたのだろうか。私がわざと交わすことなく怪我を負ったことを


「…え?」

「何となくだ。お前は頭がいいからな」

「やはり父上は流石です」

私は父に向かって失笑した。流石としか言いようがない。でも父上でなければ分からないだろう。私の実力を


「皇后陛下は今回の件がトドメになったみたいだな」

「はい。そのようです。ただ、私のせいで今回の件が大きくなってしまいました。サルビア家が何を言ってくるか…」

「その件だが、どうやらサルビア家も困っていたみたいでな。事の自体を今回のことでよく知っただろう。今後どうにかしてくれるだろう」

「ありがとうございます」

「とはいえここまでしないと動かないとは中々惨めだな」

「……ノアがとても可哀想です」


「それでいつ言うのだ?ノア殿下に」

それは今言えるわけがない。ノアは私のために人を殺そうとしたまでだ。それに皇后ともう会えなくなる。その上、私も離れてしまったら次こそノアが消えてしまいそうだ

「……それは」

「分からなくはない。今は殿下にとって辛い時期だろう」

「はい」

「でも決まっている事だ。今年の秋までに行かなくてはならない決まりだ」

「分かっております」

「そうか。殿下が落ち着いてから伝えるといい」

「分かりました」

「ユリアス。済まないな。非情なことを言ってしまって」

父はやはり優しい。ノアを助けたいと言った時に父は迷わず二つ返事で理解してくれた。こうやって私達の親友としての仲を引き裂くことを辛く思っている


「分かっております。私はウィティリア家の次期当主。家を継がなければなりません」

「ああ」

「お父様。私はノアを同情しているだけです。お気になさらず」

「ありがとう。ユリアス。着いたようだ」

すると目の前には扉があった

「ありがとうございます」

「気をつけて帰るんだよ」

「はい」


すると父は皇帝の元へと戻って行った

私は2回ノックした


「ノア?いる?」

「ユリアス。入っていいよ」

部屋に入るとノアは横たわっていた

上半身裸になっており体には無数の傷があった

古傷に新しい傷、治りかけの傷もあった

医者は包帯か何かを取りに行ったのだろう。中にはいなかった

私はつい思わず顰め面を晒してしまった。ノアはそういうのは嫌いなのに。私は誤魔化すことにした

「ノア。調子はどう?」

「ユリアスはすごいね。俺の体の限界をよく知ってるよ」

「ううん。何となく無茶してるって思ったの」

「そっか……」

つい空気が悪くなってしまう。暗い話はあまり良くないのに


「ノア。ごめんね。私のせいでこんなふうになっちゃって」

「そんな事ないよ。ユリアスがいなきゃ俺は母上を殺してたよ」

「それでもごめん」

「ユリアスは優しいなぁ。俺はさ。ユリアスが守れたらなんだっていいんだ。それに母上のことはこれっぽちも母親だと思っていない」

「そう……」

「俺にとってユリアスが1番の大切な人なんだ」

「……」


何故ここまで苦しいのだろう

彼にとって守ってくれた人は私以外過去にいなかったのだろう。みんな皇后によって痛い目に会うのが嫌だから。助けようとしない

彼は何一つ悪くない

なのに何があって彼はこんな目に会うの?

普通に生まれていれば彼は幸せに過ごしていた


私が彼に向けている感情は過去の私と同じ境遇にいる彼(私)への同情だ。愛など微塵もない。なのに彼は私がしている事が愛だと思っている


きっと私は酷い顔をしている

どうにもまだ感情を捨てきれない

あれだけ無意味だとそう思い知ったのに


「…ユリアス?」

私はノアが疑いの目を向けていることに気が付いた

私は無理やり作り笑顔を作る。彼の言葉は悪気もないのに私を無性に傷付ける。まるで薔薇の棘で引っ掻かれた気がした

「ん?ごめんね。ありがとう。ノア」



しばらく話したあと、彼の体調もあまり良くないので早々に帰ることにした





私は屋敷に着き、自分の部屋に籠る


彼は私によく似ている。境遇も、信じたものを失う苦痛も

小説の中の彼はあまりにも過去の私の境遇に似ている

2巻を読んでいた時、いつも心がズキズキと傷んだ

その時よりも遥かに痛い。響くような痛みだ

やはり薔薇の棘で引っ掻かいた時の痛みと変わらない。ただずっと痛い



でも私はユリアス。私は愛に狂わされない。小説のような結末は起こりえない

彼の運命を、彼らの運命を帰ることが私の『救済』



もう絶望しすぎて私はもう戻れない

でもノア達はまだ幼い。まだやり直せる

運命を変えることだってできる


ただ1つ心配していることがある

私が離れてしまったとき、彼はどうするのか分からない

私が領地に行くと聞いたら彼はどんな反応をするのか知らない

彼が去ると知った時彼がどう思うか分からない


でも、私がした事が少しでもノアの救いとなるのであれば

それは過去の私の救済になる



少しどころか大変狂ってるのも自覚している。他人を使って過去の自分を弔おうとする私は狂ってる

そしてこのこと自体が無意味なのも知っている

たとえ過去の自分のためにしたとしても何もいいことは無い

殺される運命を変えることが1番だって分かっている

他の転生者がいたら命を選ぶ人が殆どだろう


それでも絶対に私はこの道を選ぶ

死ぬことは怖くない

人に捨てられ続けた私はもう金輪際、愛も信じない

人も信じない。

この救済を成し遂げても私の中に何も残らない

だから死んでも構わない


ENDには私は嫌われるか忘れられているだろう

それでもこの道を進む。たとえ私がHappyENDにならなくとも





それから2ヶ月近くが経った

ノアも大分、回復した

暴力で負った傷は魔法薬である程度消えた


私は部屋の中に入り、ノアの名前を呼んだ

「ノア」

「ユリアス!」

するとノアは私に向かって駆けてきた

「今日はいつもより来るのが早いんだね」

「うん。鍛錬がいつもより早く終わったの」

「そうか。俺もいつか一緒に剣術稽古できるといいな」


あの一件から私は帯剣を許可されている

とは言っても安物の剣だ

剣を振るうことなど滅多にない事。元凶は幽閉されていてそんな事は起こりえない


「今日もあそこに行く?」

「ああ!」


ノアが私に手を差し向けた。私はその手を掴み握った

ノアはとても嬉しそうにいつも笑っている


私達は庭園の最奥にある野原へと赴いていた

相変わらずここは爽やかな風が吹いている

ここは私達、2人しか知らない場所

整備もされていない。元々の美しさのあるこの場所

私は周りを見回した


すると私の手を引っ張って、大きなナザレノの木が生えている所へと引っ張る

私は大人しくそこについて行く

ここはノアのお気に入りの場所だ

よくここに来てはこの高い木を中心にして遊んでいる



私達は追いかけっこをした。その後に少し休憩するために幹の近くに座った


「ユリアスは足が早いね。頑張って追いかけても追いつかないよ」

「それは毎日、長い距離を走ってるからだよ」

「ふーん。じゃぁ、俺も毎日走ったら足早くなる?」

「うーん。体力はつくと思う」

「体力ついてもユリアスを捕まえられなきゃ、意味が無いよ」

「でもノアが大きくなって大人になったら私に追いつけるかもね」

するとノアは拗ねた。いつまで経ってもユリアスに負けるのは嫌みたいだ。相変わらず負けず嫌いだ

「嘘だよ。きっとノアならそのうち私を捕まえられるよ」

「……」

ジト目で見つめられる。疑っているのだろう

「でも、ノアが大人になったらどんな風なんだろう?」

「うーん。ユリアスよりも頼りがいがあって賢い人になりたいなぁ」

「それって私が女らしくなる前提でしょ!私は絶対ノアよりも強くなるんだから」

「ち、違うよ!ユリアスにはいつも守ってくれてばかりだから俺が守りたいんだ」

「ふーん」

「本当だよ。ユリアスにいつも助けられてばかりだ」

「そっか」


晴れの日が眩しい。爽やかな暖かな風が私達の間を通り抜けていく


「ねぇ。ノア」

「なに?ユリアス」

「私ね。秋になったら領地に行かなきゃ行けないの。7歳になるとね領地で厳しい剣術稽古を受けないといけないの」


ノアは驚いたらしく体が固まっている

余程、衝撃的だったんだと思う。それでも立ち去らないという選択肢はない。皇帝を守る騎士を生まなくてはならない。私は厳しい稽古は避けられない運命だ


「……え?」

「夏が終わったら私は学園に入るまで帰ってこないの」


やっと頭が追い付いたらしく顔は引き攣ってる

無理やり笑おうとしているけど上手く行ってなくて顔は少し歪んでいる。ノアにとって私は支えだったのだと思い知らされる。そしてまたあの時と同じ様に胸が心がズキズキと痛む


「……そっか。そうだよね。ユリアスはウィティリア家の次期当主だもんね」

「……そう」

「……」


しばらく重たい沈黙が流れる

その間にも生暖かい風が通り抜けていく


私はこの思い空気を変えるために声をかけた

「ねぇノア。学園入学式の前日ここに来て会おう?」

そう言って私はノアに笑いかけた

ノアは上手く噛み砕けていないみたいで不満げだけど頷いた

「…うん」

「だから沢山楽しい思い出を作って待ってて。そしてあったら沢山楽しい思い出を語り合おう?私も沢山、いい思い出を作ってくるから」

「分かった」

「その時まで笑っていて!泣いたノアは1番嫌いなんだから」



その時のノアの顔はよく覚えていない

私達の間には勿忘草が生えていた

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この結末を変えてやる ミハ @Mmmmiha

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