第3話 Sinful woman (罪深き女)


それから週に1度はノアを訪れるようになった

第1皇子だと知っていても名前を呼び捨てにした

知らない無知の子供が皇子と遊んでいるだけ

そう思わせる方が証拠を集めるには容易かった


そのお陰が着実に証拠は集まっている

勿論、父以外誰にも言っていない

ノアは少しづつだけど着実に健康的な体に戻りつつある

滋養強壮のあるお菓子を大量に作らせて持って行っただけの価値があった


私よりも10センチも低かった身長は2年かけて私を追い越し、数センチ高くなった。いい兆候だ



今日もいつも通り、お菓子を持って出かけようとする

するとたまたま出会った父に呼び止められた

「ユリアス」

「なんでしょうか?お父様」

「今から殿下の元へ向かうのか?」

「はい」

「ならばその前に私の部屋へ来なさい」

「分かりました」

そう言われ、促されるが形に父の部屋へ入った

私は大人しく椅子に座り、父はメイドに紅茶を持ってくるように命令した

「それで要件とはなんでございましょう?」

「ユリアス。お前はこの家の次期当主であることは知ってるな?」

「はい。もちろんです。そのために日々、剣技を磨き、書庫にこもっております」

「代々、我が一族では7歳になると領地にあるマーディネスの森で次期領主としての訓練を受けるのが慣わしだ」

「つまりは……」

「ユリアスはもう7歳だ。受ける義務が発生する」

「分かりました。致し方がありません」

「とは言え、お前は歴代を見ぬ天才だ。きっと乗り越え立派な領主となろう」

「ありがとうございます」



「やはり行かせたくないな」

「またぐずぐず言うおつもりですか?」

「う……。私達と過ごす時間は最近減っているし、何よりも毎週のように殿下に会いに行くし……」

「はぁ……。それは殿下が今にも死にそうな程に細いからです。やっと最近になってマシになってきました。お父様が意見するのが難しいとは言え、何もしないはあまりにも可哀想です」

「勿論。それは分かっておる」

「私が上手く監視しているお陰なのですからね?」

「感謝している」

「全く。どうしてここまで親バカなのでしょうか……」

「それよりも殿下のことをどうするつもりだ?」

「確かに。このまま私が行ってしまえば元通りでしょうね」

「証拠があったとしても宰相が消すのがオチだ。昔、私が失態を犯したせいで陛下は私よりも宰相を重んじる」

「うーん。逆に宰相に危機感を持たせるのはどうでしょうか?」

「危機感を?」

「はい。宰相にこの事を内密伝えるんです『このままだと教育も疎か、死んでしまう』と」

「なるほど。宰相はノア殿下を皇帝にしたいと思うはず。そのノア殿下が亡くなられてしまったら皇帝にもできないということか」

「はい。私が見た限りだと陛下は皇后様に愛など微塵も感じていらっしゃられない様子なので」

「なるほど」

「とは言え、直接的に伝えた場合、皇后様が激昂する可能性があります。何度か皇后宮に訪れましたが、柱が何かがぶつかったせいで傷んでおりました。怒らせたら厄介なのは事実でしょう」

「そうか。ならば監視役をつけるように言うのが1番か」

「ええ。子供ならばおかしくないはず。陛下はノア殿下に興味がありません。となると宰相から送られてきた教育係か宰相の子息が妥当でしょう」

「確かにそうだな。私の方から上手く力のある者を監視役につけるように伝えておこう」

「はい。お願い致します」

「これから殿下の元へ向かうのだったな」

「はい」

「ならば気を付けて行くのだぞ?大通りをなるべく通るとは言え、誘拐犯が絶えぬのはいつもの事だ」

「もちろんです。誘拐されそうになったら逆に羽交い締め致します」

「頼もしい娘だ」

「では行ってまいります」

「ああ」


私はいつも通り皇宮につき、ノアの元へと向かう

相変わらず皇后は短気らしく茶器を投げつける音が聞こえる

茶器とて一人一人職人が作っているのだ。そう簡単に何個も壊すのは職人に申し訳ないことだ


それはノアも同じこと。子として生まれたのであればできるだけでも優しく接しようと努力しないといけない

それがたとえ、好きな男の愛が自分に愛が向かないとしても。生んだのならば最後までしっかりするのが親の役目だろう

なんでも傲慢だから愛されず嫌われるのだ

もう少し優しい人なら今頃、皇帝とそれなりに上手く行ってただろう



しばらく歩くとノアの部屋にたどり着いた

いつも通り焼き菓子を持ってドアをノックする


「ノア。私、ユリアスだよ?」

「……」

おかしい。いつもだったら喜んで部屋に出てくるのに

今日は出てこない

私はドアを開ける。そこにはノアはいなかった。それどころか血の跡さえもあった。明らかに痛ましい跡

もしかして、皇后に連れていかれた?

私は咄嗟に何も考えず、皇后がいる部屋へと向かった


私はドアをノックする

「失礼致します。ウィティリア公爵家の長女、ユリアス・レイラ・ウィティリアが皇后様に用があり参りました。手紙なしに参ってしまったこと大変失礼でありますが入ってもよろしいでございましょうか?」

すると皇后は勢いよく開けると私の手首を強く掴み中に入れた。あまりにも急なことで反射的に引くことも叶わなかった

「ユリアス!!」

「随分と小賢しい女狐ね!」

「なっ!?私が何をしたと仰られるのですか?陛下にはきちんと許可を頂いております!」

「私はお前の一族が大っ嫌いなの。神の加護を持っているから幸運は全て降りかかる。欲しいものはなんでも手に入る。なのに私は陛下の心さえ手に入らないわ!」

「なっ……!?」

「大体、お前たち一族さえいなければ私は愛されていたのよ?」

「……」

「お前たちの美貌が醜い!息子を産んだのに褒めても愛してもくれない皇帝が憎い!もっと可愛らしい子で生まれてくれば私は愛されていたのに!!」


腹の奥から笑いが込み上げてくる

これの一体どこが幸せ?

愛を求めても捨てられたユリアス。剣で人を殺すしか道がなかった彼女はあまりにも可哀想だ。普通に令嬢のようにいても愚者として言われ、頭脳明晰でいようとしてもこの時代じゃ物理的な力が必要になる

これの一体どこが恵まれている?

こんなハードモードな世界に居るくらいなら私は美貌などいらない。父と母には申し訳ないけど、ごく普通に生まれたかった

確かに前皇后は恵まれていたかもしれない

でも我々一族は常に監視させれて生きている。少しの言動と行動で時には一族を滅ぼすほどに。それが皇后となれば重責だったろう

こう考えると皇后がアホにしか見えない。何も努力もせず、ただ愛せと言う。愛してもらうために努力をしたのだろうか?愛してもらえるような人になれていたのだろうか?

それはいな

息子に暴力を振るい、メイド達には茶器をぶん投げる

兄である宰相を困らせるほどに迷惑ばかりかけ、好きなものを好きなだけ買う。民のことを気にしない皇后など傀儡よりも酷いものだ

そんな皇后に愛される価値などない


「随分と傲慢な方なのですね。私たちの美貌が憎い?神の加護で恵まれている?…くだらない。我々一族は体の治りが早く、文武の鬼才が生まれやすい以外はごく普通です。父は家事や大工仕事ができない。妹だってよく熱を出す上に武の才能は全くと言ってない。私だって感情表現が下手です。これのどこが恵まれているのですか?それどころか神の加護があるゆえに我々一族はクーデターを起こすのではないかと常に監視され警戒される。こんな仕事好きでもないのに人を殺すことを強制され、裏で人を嵌める。こんな目にあうなら美貌などいらないです。ごく普通の由緒正しい生まれの陛下の方がよっぽど羨ましいです

こんな暴力ばかり振るう陛下に愛せと言われても例えどんな人でも愛さないでしょう。今、愛したとしてもいつかそれは消えてしまう」


私は皇后を睨んだ。能無し女をよく皇后に承認したな

私だったら絶対に承認などしない

宰相の力によってなったとしてもこれはあまりにもバカバカしい


「あんたに何がわかるの?努力したわよ?美貌を磨いて気丈に振舞って……」

「優しくもない人間になど価値はありません。ただ外見が美しかろうとも内面が汚いと分かれば皆、逃げて行く。逆に皇帝陛下が罰を与えない自体がおかしい程です。皆に尊敬され親しまれる皇后こそが美しき皇后なのでは?」

「くっ……」

「愛せ愛せうるさいんです。愛されるように努力してもしても愛されないし評価されない人間がどれほど苦痛なのか。生まれて来なきゃ良かったと言われた子供がどれだけ落ち込むか。そんなの知らないからよく言えるんですよ。こんな程度、大したこともないんです。努力すれば戻るとまでは行かなくとも少しは良くすることだってできる。良くする機会を、信頼を少しでも取り戻す機会をも捨てるあなたが憎い程です。機会を与えられなかった者たちがどれだけ可哀想で空虚なのものか……」

「ユリアス……。もう大丈夫だから。これ以上、母上を攻めないで。母上は辛いんだ」

そう言いながらノアは皇后の前に立った。体をフラフラさせながら

「でもねノア。これ以上は見逃せないの。このままだとあなたが死んでしまう。私だっていつも守れる訳じゃない」

「ねぇ、ユリアス。俺が強いって知ってるでしょ?」


そう言って優しく笑うけど、体は傷だらけで痣だらけ

確かにとてもとても心が強い

でもいつか痛みが彼を決壊させてしまう

助けてあげなきゃ行けないんだ


「そんなボロボロなのに強いとは言えないよ……」

それでも彼は優しく微笑む。こんな彼が大人になってどうなるのか。辛くてたまらない

「大丈夫。俺、強くなるから!だからこれ以上、責めないで。ユリアスが酷い目にあうのは嫌なんだ」

「分かった。もう責めないよ?だからノ……」


すると皇后はノアを思っきり押し飛ばした

ノアは後ろに転び、頭をぶつける

「ノア!!」

私はノアの元へと行こうとするがやはり力の差があるせいか行けない

「うるさい!お前等に守られたくなどない!!」

「んなっ。この……!離して!!」

精一杯、体を動かし抵抗するが手を離して貰えない

「調子に乗りやがって。私は偉いの!私が言っていることが正しいの!!お前などに言われる筋合いはないわ!」

「ノア!!ノア!大丈夫?ねぇ、ノア!」

「うっ……。くっ…」

「ノア!!」

「こんな子供いらないのよ!!お前など生まなきゃ良かったわ!」

「ノアはいらない子なんかじゃない!優しくていい子!!」

「うるさいわね!!1回痛い目でも見ないと分からないの!?」


すると皇后は私を突き飛ばし、テーブルの上に置いてあった果物ナイフを持った

やろうと思えば上手く逃げられるけど……

このまま、痛めつけられた方が今後の問題になるはず。そうなれば皇帝とて無視はできない。私を痛めつけたとなれば正教会が黙っていない



この女には救済など必要ない

愛されない苦痛は知っている。だから多少はわかる

私に説教されて心を少しでも悔やんだなら私はこの手を使ったりなどしない

この女は行き過ぎた。愛されないからと言って傲慢になって大切な人を散々傷つけ、殺しかけた。それは殺人と同じくらいの大罪だ。私はそう思う

痛いことなんて慣れきってる。ノアが少しでもいい環境に入れられるなら私はこの攻撃を受けるべきだ。そもそも彼を救うのも私のやるべきことの一つなわけだし



この女のやりたいことは明確だ

私の顔を傷つけること。この女は我々の顔が嫌いだ

顔を視野を遮らい程度に手で隠した。そして皇后を睨む

皇后が私に向かってくる。その隙に私は一瞥する

ノアはこちらに向かっている。私を助けようとしているみたいだ


皇后があと2歩で私にたどり着く。そんな時にノアが来た。体を何とか持たせて歩いてきたのだろう。辛そうな顔を滲ませていた

私は傷が痛まないようにノアを軽く優しく押した

そして押し際に呟いた

「ノア。もう大丈夫だよ」

「ユリア……」


すると皇后は持っていた凶器を私に翳した

私の腕に刃先が当たる。傷を負ったところが熱を持ってジンジンと痛む。

「んくっ!!」

「ユリアス!!!」


よく見るとどうやら深くまで切られたみたいだ。血が大量に零れてくる。こうなるとすぐに傷は塞がらない

するとノアは無理やり起き上がり、私に駆けつけた

「ノア。大丈夫だから。離れて」

「でも血が……」

「これくらい大丈夫。ノアの傷からしたら大したことないよ」

私は無理やり痛みを堪えて優しく笑った

でもきっと顔は少し歪んでるだろう

それを見たノアは辛そうな顔をする

皇后は狂気を含んだ声で大笑いした

「っは。随分の大口叩いてたけど大したことないのね!私は不幸な子なの!愛されるのが当然なのよ!!」


皇后は私を強く押した

「っ?!」

床に転ぶ私を見てノアは皇后を強く睨んだ

そして私に駆け付けた。先程のノアとは比べ物にならない

怪我の痛みなど感じていないみたいだ

それに体の周りを微力の魔力が帯びている


一体何が起きたのか分からないけど。でもノアがとても怒っているということだけが分かった

まるでたかが外れたかのうように


「……ノア?」

ノアは皇后から目を離さない。皇后はどんどん不機嫌になって行く

その魔力は怒りとともに強まり、淡い白い光から白く光り輝くダガーナイフへと変化して行った。それを皇后に向ける

「ノア!!?」

このままだと皇后を殺してしまう。皇后を殺せば私たちが罪に問われる。それに親殺しを彼にさせたくない

私はノアの肩を揺すった

「ノア!!私は大丈夫だから!それをしまって!」


「…ユリアスを傷付けるのは母上だとしても許さない」

「なっ!?息子であるお前が私を裏切るですって?!私はお前の母親なのよ?親殺しをするつもり?」

「たとえ親殺しになろうとユリアスを傷つけ殺そうとするのであればその罪を背負う覚悟です」

そう言っている間にも剣の鋭利さや溢れ出る魔力がどんどん増していく

部屋は緊迫と殺気が充満している


私はノアに近付いた。そしてノアを後ろから抱きしめた

「大丈夫だよ。ノア」

「……」

「そんな事しないで。まるでノアじゃないみたいで私は怖いよ。私は少し生意気で、でも優しいノアが大好きなの。ノアが人を憎んでいる顔はみたくない」

ノアは私の方へ振り返った。その顔は顰めていて、今にでも泣きそうだった

「ユリアス…」

すると殺気は消え、魔力は収まり始めた

ダガーナイフは白い粒になって消えた

「良かった。ノアが戻ってきた」

私は抱きしめていた腕を外した

「ごめんね。ユリアス」

「ううん。大丈夫だよ!」


すると皇后は好機と思ったのだろう、私たちに向かって持っていたナイフで攻撃しようとした

気づいた時には至近距離だった。ノアが私を守るように抱きしめた


私とノア目を固く閉じた

すると金属がぶつかり合う音が部屋に響き渡る

私は目を開けて見ると目の前にはナイフを防ぐ剣が見えた

すると上手くナイフを剣で絡ませて皇后の持つナイフを落とさせた。しばらくすると剣をしまった


私は上を見た。そこには1人の騎士が居た

皇帝直属の騎士のみがつける白と青の翼と聖剣グラムが描かれた紋章のマントが見えた

ノアも気付いた見たいで私を抱きしめていた手を離した


「どういうことだ。皇后」

「っ!?!皇帝陛下」

私は皇帝がいる方向を見た

皇后は顔を青ざめている


「随分と酷い有様だ。ノアを気づ付けるのは許そう。だが、ユリアス嬢を傷付けるのは許せる話ではない」

「こ、この者が私に危害を加えようとしていたのです!私はただ己の身を守っただけに過ぎません!!」

「ふむ。だが傷一つ負っていないな」

「それは……」

「それに見た限りだとノアがユリアスを守っているようだった」

「……」

「済まないことをしたな。ユリアス嬢」

「……いえ。大したことはありません。数週間経てば怪我が治ります。それよりもノアを見てあげてください。長い間の暴力と過度の魔力消費で体が音を言っているはずです」

「ユリアス。俺は大丈夫だ」

「大丈夫だったらそんな青ざめた顔をしていないよ…」

「分かった。エドワード。ノアを医者に見せろ」

「かしこまりました」

するとエドワードはノアと共にこの部屋を出た


「ありがとうございます」

「……ノアはなにかしたか?」

「いいえ。私を殺そうとなさる皇后様を止めるために魔法で威嚇した意外は」

「なっ!?この女の話は嘘です!!」

「…嘘か。これまでお前のノアに対する暴力や金遣いの荒さには目をつぶってきた。お前は私に嘘を沢山着いてきた。そんな者よりも信じるべきなのはどちらかなのか自然とわかる」

「そんな!陛下!私は悪くありません。ノアとこの女が悪いのです!」


皇后は必死に皇帝に縋った

でも皇帝は微塵も慈悲も優しさもなかった

「オスカー。皇后を幽閉する旨を伝えろ」

「かしこまりました。陛下」

「お前はよく分かっていないようだな。ユリアス嬢はサンクリークの加護を強く受けし者だ。正教会がとても大事にしている人物に傷をつけるなど教会に批判しているのと同意義。ユリアス嬢を傷付けた者を庇えばこの国は血の海に染まるだろう」

「なっ……!?私はただ……」

皇后は私の価値をやっと知ったみたいだ

きっと外の声も聞かず遊んでばかり居るからだろう


「お前と仲睦まじい夫婦にはなれなくとも、ある程度は仲良くできると信じていたが…。どうやらそれは間違っていたみたいだな」

皇帝に少しの後悔がにじみでている

「……」

「少しでも己の行動を悔やみ、行動を改めていれば1人にならずに済んだだろう」




そういうと皇帝は立ち去った

私は父に連れられ、部屋を出た

出ていた血は止まった


皇后はこの件で幽閉となってしまった

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