第一章 禁断の魔道士(5)

水怪獣は水の精霊の僕(しもべ)。




古来より特別な条約のもと人と精霊は友だった。




水の精霊王ザルゴンは船乗りにとって神にもひとしき存在。航海の無事を祈り、ときに精霊は甲板などで風と戯(たわむ)れ海の死霊から船乗りを守った。




死霊は船乗りにとってこの世で一番恐れる存在。普段の威勢のよさは死霊の名をきけばどこへやら。



余談ではあるが二番目に怖いのは妻(ワイフ)らしい。




やはり精霊の世界でも異変は見ることのできない水面下ですすんでいるようだ。




「他の魔道士は?」




「水怪獣と戦闘していると思われます。海にむかい火の玉の閃光が見えましたから」




「火竜玉(ファイヤーブレス)? 水怪獣に?」




火竜玉とは火の精霊王バルバダイの吐息(といき)と魔道の世界でよばれる術の一つ。術者の力にもよるが、いくつかの火の玉が目標物をとらえ降りそそぐ火炎が敵をのがさない。




もともとは遠く離れた場所に火を放つためにあみだされた初歩の火炎術に分類される。




「俺は甲板に行きます」




「そぅ……気をつけて、ね……」




思わず腕組みをしロダンさながらの決めポーズをとる。ついでに頤(おとがい)をなでつけてみた。




「火竜玉……ねぇ……」




とりあえず、ここで考えこんでいる時間も余裕も暇もなかった。




躊躇(ちゅうちょ)なくティアヌは甲板へと走り出した。







「ヴ、うわァーーーーーッ!!」




船乗りの絶叫が甲板にひびきわたった。




そのとき甲板におりたったティアヌが目にしたモノとは精霊とは思えない禍々しい漆黒の物体。巨大な水風船のような得体のしれないモノがチャプチャプと音を発しながら甲板を我が物顔で闊歩(かっぽ)し占領している。




「水の精霊王?」




やはり異変が起こっている、そう確信した。




「ファイヤーブレス!(火竜玉)」




白銀に輝く甲冑(アーマー)に身をつつんだ、口をひらかなければ美形と認めてもいいカナ…と思われる黒髪を一つに束ねた長身の男が海にむかって力ある呪文を唱えた。




すると男の甲冑に埋め込まれた魔法の護身石(ディフェンス・ストーン)が小さな輝きを放った。




男の切れ長の目に明らかに焦りの色がうかぶ。




「ちょっとぉ~!」




後方で見守っていた年若い女僧の手厳しい一喝(いっかつ)が魔剣士にあびせられた。




「ねぇ~アンタ、魔剣士でしょう? その呪文しか使えないのかい? なんとかの一つ覚えじゃあるまいし」




「そういうアンタは精霊使いじゃないか、コイツらをなんとかしてくれ!」




「いまぁ~精霊は普通じゃないんだよねぇ~」





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