第12話 異世界の仲間

 元宇宙と別宇宙のギャザーチームはひとまず西園寺研究所に向かった。西園寺所長を交え、今後の方針を決めるためである。

「ううむ……君らが別宇宙のギャザーチームか。なるほど、そっくりだな」

 六人は所長室で西園寺所長に向かい合い立っていた。所長は顎に手をやりながらハシビロコウのような目で六人を見る。右の三人がこの宇宙のギャザーチーム。左の三人が別宇宙のギャザーチームである。その顔は当然ながらそっくりで、所長には区別がつかなかった。

 六人とも爆発の影響で一部髪の毛が焦げ顔やスーツも煤けている。スーツは意匠が少し違うが、基調としている色は同じだ。炎児は赤。俊魔は白。雷光は黄色だ。そのスーツの違いでかろうじて区別がつく程度だ。

「それで通信にもあったが、君たちの宇宙でも異常事態が発生しており、それを解決するためにこちらの宇宙に来たと」

「はい。ギャザーストリングス……超高密度のギャザー粒子を臨界させて超紐を作り出し、その振動から宇宙に裂け目を作る技です。俺たちはそこを通ってこちらの宇宙に来ました」

「別の宇宙の存在だけでもたまげるのに、まさか別の宇宙に移動するとはな。いやはや、全くたまげた胆力だ」

「いえ、それほどでもありませんよ。ところで、早速なのですが、こちらの私……炎児に聞きましたが異常な現象は新しい粒子収集装置が原因なんですか?」

「その通りだ。我々は……恥ずかしい話だが、君たちの宇宙での戦いぶりを参考にしようとしたのだ。宇宙外に放出されたギャザー粒子を観測することで、そちらの宇宙での戦いぶりが分かることが判明してね。それで、戦績のいい宇宙と考えられた君たちの宇宙を観測した。しかしその観測により君たちの宇宙由来のギャザー粒子がこちらの宇宙と混ざってしまい、過去が重なり合ってしまった。原因は確定していないが、恐らくそういうことだ」

「粒子が混ざり合った……それで何故世界が重なるほどの事象が発生するんですか?」

「うむ。ギャザー粒子にはまだ未知の部分が多いが、恐らく時間の起源に影響しているんじゃ。君たちの宇宙でも研究は進んでいないのかね?」

「研究はしていますが、しかし、時間云々の話は聞いたことがありません。研究チームなら知っているかもしれませんが」

「そうか。ギャザー粒子はエネルギーを吸収し崩壊する特性を持っているが、これも時間に関わっていると考えられる。この世界での事象、例えば電力などを吸収した場合、その電力が持つエネルギー、また過去から未来に及ぶまでの挙動、そういった情報をギャザー粒子は吸収する。そして十分なエネルギーを得て崩壊すると同時に、得た情報は解体され新たな時間の素となっている可能性がある」

「時間の素?」

「ギャザー粒子は宇宙の果ての境界面で発生しておる。そして境界面が膨張するときに、宇宙の内側と外側に向かって同量のギャザー粒子を放出する。これはつまり、未来と過去を作っているんじゃ」

「無である空間が膨張する宇宙に上書きされ、宇宙となった時点でそこに時間が生まれる……そういう事ですか」

「そうじゃ。そして宇宙内には未来が生まれ、宇宙外には過去が生まれる。宇宙の境界には永遠に現在しか存在していない。そこで時間が生まれ、過去と未来に分離し、その際に残留した時間こそがギャザー粒子と考えられる。エネルギーを吸収し崩壊したギャザー粒子は、宇宙の果てで新たな時間を生み出す素となる。仮説だがな。今回の件でうちの研究チームはそう考えておる」

「だから宇宙外のギャザー粒子を観測すると、本来別宇宙の過去であるはずの粒子が宇宙に混ざってしまい、過去に遡及して変化を及ぼす……そういうことか。しかし、装置はもう止めたんですよね?」

「無論そうじゃ。二時間前に完全に停止させた。従来型の収集装置も止めている。だが……」

 所長の険しい表情を見て、別宇宙の炎児は状況を察した。

「異常現象は止まっていない」

「そうじゃ。粒子の観測が原因だとすれば説明がつかん。しかしそれ以外の理由も考えられん。根本的に何か別の理由……棘皮星人達が何かを行っていることも考えたが、それにしてもタイミングが良すぎる」

「棘皮星人……そういえば、この宇宙にはまだ棘皮星人がいるんですか?」

「ああ。現在の我々は棘皮星人の侵略から地球を守っておる。この宇宙には、というと、君たちの宇宙には棘皮星人はいないのか」

「はい。半年前に激しい戦闘があり、その時に奴らは壊滅しました。代わりに頭足星人が現れて、そいつらと戦っています。奴らは宇宙中の惑星に侵略を行なっていて、地球もその一つに選ばれたのです」

「なんと。棘皮星人を倒しても戦いは終わらなかったのか……」

 所長は口元を手で押さえ眉間にしわを寄せた。棘皮星人は自らの母星を失い地球にやってきた存在であると考えられている。所長は異星人という存在を非常に稀有な存在と考えていたが、棘皮星人の次に頭足星人などというものが現れるとは。何というくすしき地球の運命だろう。

「そして瑪瑙さんはその決戦で命を落としました。俺たちを守るために犠牲になって……」

「そうか。そうだったのか……」

 別宇宙のこととはいえ、瑪瑙が死んだという事実は西園寺所長にとって大きな衝撃だった。胸にぽっかりと穴が開いたような感覚。別の宇宙の自分は、もっと巨大な喪失感に襲われていることだろう。

「一つ聞きたいんだが……」

 そう言い、元宇宙の俊魔が質問を続けた。

「変なことを聞くようだが、そっちの瑪瑙さんの墓はどこにある?」

「墓は……ここから一キロほど離れた場所にある。細い林道があって、その脇道から見晴ら

しのいい場所に出るんだ。研究所を見渡せるその場所に、瑪瑙さんの墓はある」

「やはりか。俺はその墓を見たんだ。瑪瑙さんが生きているのに何故こんなものがと思ったが、合点が言ったぜ。そっちの世界の墓がこっちにも出来てたんだな」

 それを聞き、別世界の炎児は息をのむ。そして意を決したように口を開いた。

「……瑪瑙さんは生きているのか? こちらの宇宙では」

「そうだ。俺達と棘皮星人との戦いはまだ終わっていない。そっちで言う所の決戦も起きていない。瑪瑙さんは生きている。怪我は絶えないがね」

 俊魔が答えた。その答えを聞き、別宇宙の三人は悲しみに目を曇らせる。

「そうか。生きている……そうなんだな」

「おい。そんな風にしょぼくれていてもしょうがないぜ。俺たちは戦士だ。原因を作った俺たちが言うのもおかしいが、常に前を向いていなきゃあ戦えないぜ」

「ああ……そうだな。確かに。では……差し当って出来ることは? 装置を止めたのなら、他にできることは無いのですか」

「うむ。研究チームには分析をしてもらっておる。何か分かったかもしれん。皆、実験室に行ってみよう」

「はい、分かりました。」

 所長は六人のギャザーチームと一緒に実験室に移動した。


 瑛美は現時点でのギャザー粒子の濃度変化データを確認していた。

 濃度変化は通常の閾値を超えて変動している。これは第二種粒子収集装置で別宇宙の宇宙外粒子を観測していた時と同じだ。装置は止まっているのに、変動が収まっていない。

 一体何故だろうか。

 何度確認しても、粒子収集装置は停止している。従来型も、新型も、動いてはいない。電力供給は停止しているし、装置から充電池へのエネルギー出力もない。物理的にケーブルを遮断しているため、エネルギーの流れは無い。

 仮説では、宇宙外粒子の観測により別宇宙の情報がこの宇宙と混ざり、それによって互いの宇宙の事象が重なり合う結果となった。

 であれば、観測を終えた時点で変動は止まるはずである。しかし止まらない。

 別の要因があるのだろうか。あるいは、停止しても影響する時間は長いのか。いずれも不明だ。

 瑛美は解析が完了した別宇宙の粒子濃度データを見る。すでに各行動との照合が終わっており、簡易アニメーションで再生可能だ。

「戦術AI、応答せよ」

「こちら戦術AI。何か」

「別宇宙の粒子濃度変動データから作成した行動履歴をアニメーション再生せよ。該当ファイルはこれである」

 瑛美は戦術AIとの対話用ソフトウェアに該当ファイルをドラッグする。

「了解。再生する」

 データから簡易アニメーションが再生される。

 解析できるのはギャザーロボの行動のみだが、戦術AIが想定される敵機の情報を表示する。 

 ギャザーロボが空中から接近し、降下しながらギャザーソードで攻撃。逃げる敵機にギャザーロボが追撃。ギャザーソードで三連続攻撃。蹴りながら距離を取り、ギャザービームでとどめ。撃破。

 これは別宇宙の情報だ。似たような戦いはあったかもしれないが、同じ戦いは存在しない。

 破壊された研究所の場合、破壊されていない別宇宙の研究所がこちらに現れている。死者についても同様のことが起きている。

 ではギャザーロボの行動はどうなのだろうか。ビームを撃った、敵を倒した。それは、ビームを撃っていない、敵を倒していない、が逆のこととなる。

 しかし、ギャザーロボに関しては、空中から急にビームが出たり、剣が出たりはしていない。別宇宙のロボが現れて、虚空で戦っていたりしてもいない。

 異常現象の対象となっているのはあくまで物質だけである。人間も肉の塊と考えれば物質だ。そして、ギャザーロボの行動は対象となっていない。

 ギャザーロボという物質で考えるならば、こちらの宇宙にも別宇宙にも存在している。その点では等価だ。だから研究所のように改めて事象が重なることはないのかも知れない。なぜなら、最初から同じ状態になっているからである。

 だが壊れた研究所にしても、最初から壊れているわけではない。ある時点で壊れただけで、健全な状態も存在していた。つまり、同じ状態の期間が存在する。

 幅があるのだろうか。時間的な長さが関係しているのか。

 施設が壊れているのは、破壊の時点から現在までとなる。その期間について状態が重なり合っていると考えられる。

 ギャザーロボに関して言えば、ギャザーロボはずっと存在している。仮に一か月という期間を抜き出しても、それは変わらない。そしてギャザー粒子の消費量で言えば、一か月の期間で押しなべて言えば、どちらの宇宙でも恐らく変わらない。だから等価と言える。

 ふむ。

 瑛美は脳内でふむと言った。それは何かが分かりかけた時の合図である。

 対象は物質。瞬間的なものではなく、ある程度の期間についての状態の差異があると異常現象が起きる。

 そうか。では……彼女はどうなるのだろうか。西園寺瑪瑙は。彼女の墓がこちらに現れたという事は、向こうの彼女は死んでいるわけだ。ある時点から別宇宙の彼女は死んでいる。であれば、そこにも差異がある。

 彼女はまだ帰ってきていない。一体どこへ行ったのだろうか。

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