第9話 宇宙の結び目

「何ですって? 人が……目の前で消えていった?! 一体どういうことです?」

 ギャザーチームは突然の報せに驚愕した。宇宙開発に関連する施設で、次々と原因不明の人体消失が起きているというのだ。

「うむ。大気質研究所、水質分析センター、地質総合解析所、超高密度材料研究所……他にもあるようだ。数名から二十名程度が消えている。それも他の職員の前でな。空間が歪み、その光のにじみの中に溶けるように消えたそうだ」

 炎児は西園寺所長の机に身を乗り出して聞く。

「待ってください。今の関係施設は……例の破壊された施設の発生した所じゃないですか? 壊れた施設が現れ、今度は人が消えた?」

「くっそー! 頭足星人の仕業か? 奴ら妙なことを始めやがって」

 雷光が歯噛みする。

 俊魔は腕組みをし、目を瞑って考えていた。そして感じ取っていた。今の自分の体を包む得体のしれない感覚を。まるで何者かに覗かれているような感覚。これは一体何から生じているのだ? それが分かれば、一連の不可解な事象についても理由が分かるはずだ。俊魔は本能的にそう感じ取っていた。

「博士、科学班は何か情報をつかんでいないんですか? 電磁波、放射線、重力、微振動。何でもいい。普段と違う事が起きちゃいませんか」

 俊魔の問いに西園寺所長はハシビロコウのような瞳を細めた。

「普段とは違う事か……科学班には確認しよう。しかし、一つ奇妙なことがあった」

 所長は机の引き出しから新聞の包みを出した。紙を開くと、中からは割れた湯飲みが出てきた。

「湯呑? 何ですか、これが」

「見たまえ、これを。これが普段使っている湯飲みだ」

 所長は机に上にあったお茶の入った湯呑を前に出す。ギャザーチームも今までに見たことのあるものだ。何の変哲の無い湯飲み。

「そしてこれと全く同じ湯飲みが、今朝私の机の近くの床に落ちていた。それがこれだよ」

 新聞紙の包みから割れた湯飲みを出す。割れてはいるが、その模様は同じものに見えた。

「湯呑が二つ……? しかしそれが何だっていうんですか?」

「この湯飲みは瑪瑙が子供の頃に陶芸教室で作ってくれたものだ。この世界には二つとして同じものはない。しかし、全く同じなんだ。ほら、裏のこの名前まで一緒だ」

 所長が割れた湯呑を引っくり返す。高台の内側に瑪瑙の名前が書いてあった。

「この湯飲みは何日か前、うっかり落として割りそうになったんだ。運よくキャッチ出来て割れずに済んだが……」

「奇妙ですね……湯呑が二つ……どういう事なんですか?」

「分からんよ。しかし君たちの周りでも変なことは起こっていないか? あったものがなくなる、壊れる……」

「あっ、そういやふんどしの紐が切れてたぜ。昨日干した時はちゃんとつながってたのによ」

「ふんどしの紐か……他には何かないかね……」

 ギャザーチームの三人は自分の身の回りの出来事を振り返る。しかし奇妙な建物を見たこと以外には特に思い当たることはなかった。

 炎児はふと、所長の机の脇に置いてある写真を見た。四か月前に所長の息子の玻璃雄君の誕生日を祝った時のものだった。ギャザーチームと所長、そして玻璃雄君と瑪瑙さんが写っている。楽しい誕生会だった。

「……待て、おかしいぞ!」

 炎児は写真を手に取ってもう一度見た。瑪瑙さんが写っている。そんな馬鹿な! 瑪瑙さんは半年前の棘皮星人との決戦で命を落とした! 四か月前の誕生会の写真に写っているわけがない。

「どうしたのかね炎児君! その写真が?」

「見てください、所長。皆もだ。この写真に瑪瑙さんが写っている!」

「それがどうしたんだい、炎児? みんなで撮ったんだろ?」

「雷光、しっかりしろ! これは四か月前の写真だ! 瑪瑙さんが亡くなったのは半年前。写っているわけがないじゃないか!」

「な、なんと!」

 所長が写真を受け取り確認する。確かに瑪瑙が写っている。

「これは合成写真ですか? 加工したのならこういう写真も作れるでしょうが」

「いや、断じて違う。わしはそんなことはしておらん。だがこの写真は一体……」

「共通点が見えてきたような気がするぜ……」

「本当か、俊魔?」

「ああ。俺たちが守ったはずの施設が壊れている。落とさなかったはずの湯呑みが割れてる。死んだはずの瑪瑙さんが写っている。全て、たらればの話だ」

「たられば?」

「分からないか、炎児。もし施設がやられていたらあんな壊れた状態になってただろう。湯呑みを落としたら割れてただろうさ。そして瑪瑙さんが生きていたら、誕生会にも出ている」

「仮定の話ってことか。それが現実に起きている……」

「起きているんじゃない。起きたことが二つ並んでいる……重なり合っている」

 炎児は割れた湯呑を手に取った。

「結果の変わった可能性……二つの事象……二つが並んでいる……」

「平行宇宙か!」

 所長がカッと目を見開いた。

「何らかの原因で平行宇宙の事象と重なり合っている。消えた人もおそらく、襲撃で犠牲になったであろう人か」

「ええ、その可能性がある。研究チームにも調べさせましょう」

「こうしちゃおれん。実験室に行くぞ、みんな!」

 所長とギャザーチームは実験室へ移動した。


 所長は息を切らせて実験室にたどり着いた。ギャザーチームもその後ろをついていく。

「瑛美君! 何か計器や観測値の異常は無いかね!」

 所長が大きな声で呼ぶと、机の下から瑛美が出てきた。

「所長、何かあったんですか? 異常は……特にありません。観測データの変動は通常の閾値です」

「そうか。所で机の下にもぐって何をしていたのかね?」

「ああ。これです」

 瑛美は壊れたペンを所長に見せた。

「ペンが落ちていたので拾っていました……あれ、このペンは……」

「どうかしたかね」

「このペン、これと同じですね。普段使っているペンと……全く同じ……」

 右手に壊れたペンがある。そして白衣の胸ポケットから左手でペンを取る。右のペンは折れてこそいたが同じようなペンだ。蓋も同じで、ポケットにひっかけるための細い突起が途中で折れている所まで一緒だった。

「所長の湯飲みと一緒だ……壊れていないものが、壊れた状態でもう一つ」

 炎児が呟いた。その目には確信があった。

「実はな――」

 所長は事の顛末を説明した。研究施設の隣に壊れて建物が現れた事。所長の部屋に割れた湯飲みがあった事。誕生会の写真に瑪瑙の姿があった事。聞き終えると、瑛美は左手でこめかみの辺りを押さえて考え始めた。

「あり得ないものが存在している。何故か壊れたものがある……これは別宇宙の可能性かも知れません」

「別宇宙の可能性? やはりか。何が起きているんだ、瑛美君!」

「原因は不明ですが起きている事象から推察するに、別宇宙で発生した事象がこの宇宙に影響しているようですね。壊れている施設というのは、つまり防衛に失敗したという事。湯飲みはキャッチできなかったという事。瑪瑙さんは……あの決戦の時に命を落とさなかったという事が考えられます」

「ううむ! この奇妙な現象を止めることはできんのか?!」

「原因が分からない以上対策も取れませんね。いや、ちょっと待ってください。これは……」

 瑛美が自分の端末で観測データを確認する。

「ギャザー粒子の粒子濃度の変動が……普段よりも大きい。通常の変動の閾値を超えています。ただ、それが理由で何かが起きるとは考えにくい。逆に、何か別のことが原因で、粒子濃度に変動が生じているのでしょう」

「何とか調べることはできないのか? 瑛美さん、あんたたち研究チームは天才の集まりじゃないか!」

「炎児さん、こんな時だけ天才扱いをされても困ります。給料も十人並みですし。それにこれは自然現象かもしれません」

「こんな変なことが自然に起こるっていうのか?」

「ギャザー粒子にはまだまだ未知の部分が多い。ギャザー粒子と別の宇宙、平行宇宙との関連は不明ですが、たまたま起きているだけかもしれません。つまり、避けようも止めようもない」

「そんなことを言うが人が何人も消えてるんだぜ? 自然現象ですって平気な顔をしてろっていうのか」

「台風や地震で命を落とす人は少なくない。宇宙規模の自然現象であれば、一つの惑星どころか銀河系単位で消失が起きてもおかしくはないでしょう。このまま放っておくと何が起きるのか……考えられるのは二つですね。事象が重なり合い、最終的に一つになる。顕性と潜性のようにどちらかが表の事象として残るのでしょう。もう一つは、どちらも消える」

「消える? つまり死ぬって事か」

「死ですらない。消失です。存在したこと自体が消える。最初からいなかったことになる」

「だったら尚更何とかしなくちゃいけないじゃないか。俺たちは人類を守るために戦っているんだ!」

「しかし宇宙規模の変動に作用することは膨大なエネルギーが必要になります……あれをやってはどうですか? ギャザーストリングス」

「なっ……! あれは危険すぎる!」

 ギャザーストリングスは、かつて棘皮星人との戦いで一度だけ使用したギャザーロボの技である。ギャザーロボの前面にエネルギーフィールドを展開し、その内部に全ギャザーエネルギーを放出。高密度のギャザー粒子が超紐を作り出し、異次元への扉を開くのだ。

 惑星消滅爆弾という地球が消滅するほどの危険な爆弾を棘皮獣が投下し、その爆弾を太陽系から離れた場所に転移させるために使用した。一歩間違えば強大なギャザー粒子のエネルギーで地球が吹っ飛んだかも知れない危険な技だ。

「あの時よりもギャザーロボはパワーも性能も向上している。危険性は低いでしょう。あのストリングスであれば、別宇宙への扉を開くことができるかもしれない」

「異次元の扉を開いたように、別の並行宇宙に行けるっていうのか?」

「おい、瑛美さんよ。簡単に言ってくれるがどれだけ危険なことかわかってるのか? ギャザーロボの性能が上がってたって、エネルギーフィールドの調整は命がけなんだ。もう一度うまくできる保証なんてどこにもないんだよ!」

 俊魔が瑛美を睨みつける。

「命がけというなら、それは全ての戦いがそうでしょう。あなた達は危険を顧みず戦っている。そして、それは私たちも同じだ。この研究所は何度も襲撃を受けて、私も負傷したことがある。ギャザー粒子、ギャザーロボに関わるという事は、つまり戦いだ。命が惜しいとは、今更の事ではありませんか?」

「ちっ! 屁理屈を!」

 俊魔は吐き捨てるように言って顔をそむけた。

 瑛美は気にも留めず所長に話しかける。

「所長。原因不明のこの事象をこちらから能動的に操作したいなら、それはギャザーストリングスをおいて他にはありません。研究チームに出来ることは……せいぜい粒子収集装置のパワーを上げることくらいです。しかし発電量が上がるだけで、それは効果がないでしょう」

「むう……ギャザーストリングス。あれは封印した技術だ……今更使うわけには……」

 ためらう所長に炎児がいう。

「しかし所長! 瑛美さんの言うように別宇宙の扉を開けるかもしれない! 座して死を待つなんて、俺にはとてもできない。俊魔、雷光。お前たちもそうだろう?」

「ちっ、好きにしな」

「俺は賛成だ! 何だか分からんがやってやるぞ!」

「お前たち……ううむ、やるしかないか。では瑛美君、ギャザーロボのパワーを百二十%にまで上げてくれ。最大パワーのストリングスを行なうのだ!」

「所長! そうこなくっちゃ!」

「やった! ところで俊魔、ストリングスって何だっけ?」

「ちっ! お前さんの切れたふんどしの紐の事さ」

「そうか、ふんどし作戦だな」

「やれやれ。おめでたい奴だ」

 訳も分からず奮起する雷光を見ながら、俊魔はやれやれと呆れた。

 ギャザーストリングスは危険な賭けである。しかし炎児の言うように、どう変化するのか分からないこの現状で、ただ指をくわえて黙って見ていることはできない。危険であっても、死中に活を見出すのがギャザー魂である。

 西園寺所長は瑪瑙の写った誕生会の写真を手に、空を見上げた。瑪瑙。お前は別の宇宙のどこかで生きているのか。幸せであってくれればそれでいい。たとえ別の宇宙であっても、瑪瑙が健やかに生きているという事は、西園寺嶽人にとって心慰められることだった。


『この辺りまで来れば大丈夫か』

 炎児はギャザー1を停めて滞空させた。

 ここは研究所の沖合二キロの海上である。研究所や人家への影響を考えて、何もない海上をギャザーストリングスの実施場所に選んだ。海洋を航行する船舶もおらず、一般的な航空機の飛行ルートでもない。何かあっても安全な場所である。もっとも、ギャザー粒子を押さえるフィールドが破れれば地球規模の破壊が生じる。そうなれば地球のどこでやっても同じだが、無論、ギャザーチームは成功させるつもりで臨んでいた。

『さて、瑛美女史の口車に乗せられたようにも思うが、本当にやるんだな?』

 俊魔が炎児に聞いた。非難めいた感情が伝わるが、これは決定事項だ。ここに移動する間にも研究施設での異変は続いていて、更に人が消えていた。それに西園寺研究所の整備チームや研究チームからも人が消えた。これから何が起こるか分からない。ギャザーチームさえ消えてしまうかもしれないのだ。そうなる前に、出来る事をやってしまうしかない。

『よおしギャザーエレファントもパワー全開だ! エネルギーは最大! いつでもやれるぞ!』

 雷光が力強い言語イメージを飛ばす。不安を吹き飛ばすかのようなその勢いに、炎児は勇気を奮い立たせた。

『行くぞみんな! ギャザーストリングスだ!』

『おう!』

『分かったぜ! パワー、オン! エネルギーフィールド展開!』

 ギャザーロボの腹部からギャザー粒子安定の為の誘導ビームが放射される。それはギャザーロボ自体が発する電磁波によりロボの前方にとどまり、エネルギーフィールドを形成する。

『ギャザービーム、発射』

 神経リンクから発射指示がロボに伝わり、腹部の発射口からビームが放たれる。開度、圧力、共に最大。全エネルギーを込めたビームだ。

 緑色のギャザービームはボディ前方のエネルギーフィールドに捉えられ、発散することなくフィールド内に留まる。エネルギーは逆巻く激流のように、暴れ狂う竜のようにフィールド内で暴れまわる。幾筋ものビームの流れが、やがて大きなまとまりになっていく。

『ビーム停止、雷光!』

『おう! フィールド全開! 安定させるぞ、みんな!』

 ボディから放つ電磁波を調整し、フィールドを安定させる。強くても弱くても駄目だ。フィールド内でビームを束ね、一つの紐にしなければならない。

 大きな緑のうねりがリングになる。そして一本にまとまり、巨大な紐になった。フィールドが強い圧力で膨張しようとする。それを電磁波で押さえながら、炎児達は必死でこらえる。

『扉が……開くぞ!』

 フィールド内の紐が振動し、振幅の中に空間の裂け目ができる。裂けめの内側には暗黒が広がり、粒子の煌めきが吸い込まれていく。そして暗黒の向こうに、もう一つ裂けめが生まれた。あれこそが別宇宙への扉だ!

『皆もう少しだ! 踏ん張れ!』

『うおおお!』

『何くそ!』

 裂けめが大きくなり、安定する。頃合いだ。炎児はロボの推力を上昇させる。チャンスは一度きりだ。

 扉の向こうには何が待っているか分からない。だが、ギャザーチームは危険を恐れない。人類の平和のため、一歩を踏み出すのだ!

『行くぞ、皆!』

 炎児がスロットルレバーを最大にする。ロボは急加速し、フィールド内に突入。そして紐の作り出した裂けめに侵入し、消えた。十秒ほどで紐は輝きを失い大気中に発散した。

 この宇宙から、ギャザーチームは消え去った。

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