第6話 重なる世界
今日はギャザーチームのパトロールが無い日、休息日だ。無人偵察機が代わりに哨戒任務についており、ギャザーチームの三人は自由に行動できる。
しかし炎児は研究所からは離れず、午前中はトレーニングを行なっていた。休日のトレーニングは習慣であった。しかしこの日のトレーニングはいつもよりハードなもので、少々オーバーワーク気味だった。
俊魔はまだ戻っていない。朝食にも顔を出さず、どこかに出かけているようだった。この調子だと昼食にも帰っては来ないだろう。
俊魔の性格はよくわかっている。プライドの高い俊魔は昨日の瑛美の言葉で怒ってしまったのだ。あのくらいで、と思うが、他人にも自分にも厳しい俊魔からすれば、自分の落ち度を一方的に批判するような瑛美の言葉は許せなかったのだろう。
子供っぽい。そう思わないでもないが、しかし気持ちはわかる。ギャザーチームは文字通り血を吐くような思いで戦い続けているのだ。打撲、骨折、内臓の損傷。脳震盪に網膜剥離。およそあらゆる外傷を経験しているのだ。そんな戦いを経験してきた俺たちに、お前たちはヘボだ、とは。誇りを傷つけられたと感じても無理はない。
俊魔と早く話をしたかったが、いないのではどうにもならない。煮え切らない気持ちのまま、その気持ちを払拭するためについついトレーニングがハードになってしまった。
平常心。それを心がけている炎児ではあったが、仲間の事となるとつい心を乱してしまうのであった。
「そうだ。昨日の話、どういう結果になったかな?」
トレーニングを終えた炎児は実験室に顔を出した。そこには研究チームと瑛美がいた。彼らは昨日の夜から夜通し実験を行なっている。瑛美も仮眠は取っているだろうが、昨日と同じ服装のままだ。
「瑛美さん、実験の調子はどうですか」
「炎児君。実験は順調よ。装置は問題なく稼働しているし、データも取れている。今整理中だけど、別宇宙の戦闘データが形になってきているわ」
「へえ! そりゃすごい! もう見られるんですか?」
「整理していない生データで良ければ。粒子濃度の変動の特徴から何が起きているのかを逆解析して、例えばビームを撃った場合の変動はどこか、ということが分かるようになっているわ。最終的には簡易アニメーションで戦闘時の行動を再現できる予定よ」
「そいつはすごいな……まさか別の宇宙の俺たちの戦いを拝めるとは……ちょっと見させてください」
「どうぞ。その端末から確認できるわ。行動パターンの早見表はそのバインダーにはさんであります」
「ありがとうございます。どれどれ……」
まず自分たちの戦闘時の粒子濃度の変動グラフを見る。それは三次元のデータで、時間ごとに波打つ水面のようなグラフが表示されている。早見表には赤ペンでメモが書いてあり、ビーム、左急旋回、レーダー使用など結構細かく分類されている。しかしまだ途中のようで、半分以上が不明だった。
炎児は早見表のビームと書いてあるパターンを探してみる。最近ビームを使ったのは一週間ほど前だ。その日時まで遡り確認する。グラフは秒ごとに分かれているために膨大な量だが、戦闘記録書から該当の時間を表示させる。
ここだ。グラフと早見表のパターンが……微妙だが似通っているタイミングがある。完全一致ではない。しかし実際の戦闘ではビームを撃ちながら旋回しソードで切りかかろうとしていたと記憶している。つまりビームと旋回とソードの操作が組み合わさっているというわけだ。
そんなものをこのグラフから読み解けるのか? 炎児はそう思ったが、研究チームが分析しているのは粒子間の間隔、粒子のスピン方向なども含まれるので、それらを総合的に解析すると事細かに動きを再現できるようだ。
「ふうん。面白いな。」
次は別宇宙の粒子濃度の変動グラフだ。これは戦闘記録書が無いので純粋にグラフから読み解くしかない。このグラフのパターンはどこかと、炎児は早見表から探す。しかし数が多すぎてわからない。これは研究チームの解析を待つしかなさそうだ。
「どう。興味深い内容でしょう?」
瑛美がどこか誇らしげに言った。瑛美が感情を表すことは珍しい。今回の実験に科学者としての喜びや興奮を隠しきれないのだろう。普段は鋼鉄のような女性だが、炎児は瑛美の本当の顔を垣間見た気がした。
「ええ。このグラフだけじゃ俺にはさっぱりですが……いるんですね。別の宇宙に、俺たちギャザーチームが。それも恐らく、何かと戦っている」
「ええ。それは間違いないでしょう。広域観測の結果、多様な粒子濃度の変動を観測できました。複数の宇宙でギャザーチームが戦っている。一方で、変動がほとんどない宇宙もあった。そこはギャザー粒子を使っていない、ギャザーチームがいない宇宙と考えられます」
「俺たちがいない? つまり、平和な世界って事か」
「あるいは、棘皮星人に敗北した世界」
「なるほど。そういう世界の可能性もあるわけか……」
俺たちが敗北した世界。それを想像し、炎児はぞっとした。勝つために戦っている。平和のために戦っている。それはどこの宇宙も同じだろう。しかし、それでも敗れた宇宙があるのだ。俺達もいつかひょっとして……そんな事を考えてしまった。
「いや、しかし、勝っている宇宙もあるんですよね?」
「それは解析してみないと分からない。ある程度目星はつけているけど、そこはかなり優勢のようですね。しかし戦い続けているから、完全勝利ではないようです」
「そうか。そしてその宇宙のデータを参照すれば、俺たちの戦術パターンが改善できる。すごいじゃないですか!」
「はい。その為にも解析を急がせます」
研究チームの皆はヨレヨレになっていたが、その目には光があった。彼らもまた、人類の希望を夢見ているのだろう。そう思い、炎児は目頭が熱くなるのを感じた。
瑪瑙は所長室の隣の司令室で無人偵察機の偵察内容を確認していた。
ギャザーチームと同じく今日は瑪瑙も休日である。それに担当の分析官は別にいるので瑪瑙が確認する必要はないのだが、炎児と同じくモヤモヤとした気持ちを払拭するために司令室に来ていた。
無人偵察機は予定のパトロールをもうすぐ終える。怪しい機影は無し。今日も棘皮獣は出ない様子であった。
「施設関係のレポートは?」
「こちらです、瑪瑙さん」
担当官から電子端末を受け取り、瑪瑙は科学関連施設の状況資料を確認した。棘皮星人に占拠されている可能性もあるため、通信や電力の使用状況が普段と同じか調査しているのである。その結果についても今の所問題はないようだ。
「今、大気質研究所について調査中です。それが終われば帰投コースに入ります」
担当官が言った。
「そう。ありがとう」
そう言ってから瑪瑙はおかしなことに気づいた。大気質研究所は先日の襲撃で見るも無残に破壊されているのだ。そういった施設は調査の対象外としているはずなのに、調査中とは。妙な話だった。
「大気質研究所は破壊されたはずでしょ? 別の施設と間違えてるんじゃなくて?」
「えっ? あ、そう言えばそうですね。これはおかしいな……しかし位置は、大気質研究所です。大気質研究所の近くを周回しています。この研究所は対象から外していますが……戦術AIがエラーとして再度調査対象にしています」
「戦術AIが? どういうこと?」
「不明です。対象選択エラー、とだけ」
「偵察機からの映像を出して」
担当官が端末を操作して偵察機からのリアルタイム映像を表示する。カメラは機体の正面を向いていたが、方向を変えて研究所を映す。機体は周回しており、研究所の全景が回転しながら映し出される。
「研究所が……二つ? これは一体?」
破壊された研究所の隣に、破壊されていない研究所がある。破壊された方は見覚えがある。被害状況調査のために瑪瑙は現地にまで行ったのだ。全壊。死傷者十二名。知り合いもいた。煙のくすぶる瓦礫の山に向かい涙を流したことを瑪瑙は覚えていた。
しかし、その隣にある建物は一体何だろうか。壊される前の研究所と瓜二つである。それに偵察機の調査データによれば、研究所は稼動している。しかし無人との事だった。
「もう新しい研究所を……建てたの? そんなはずはないわよね」
「あれから一月も経ってません。研究員も再度募集して目途が立ってからと聞いています。いくら何でも建て直しはまだのはずですが……しかし、これは」
ありえない。しかし、実際にそこにあるのだ。これはいかなる現象であろうか。棘皮星人の策略? こっそりと作っていたのならまだわかるが、こんな目立つ形で建てて、一体何をしようというのか。意図が分からない。
分からないという事は危険だ。一刻も早く解明せねば。
「戦術AI、応答せよ」
端末に向かって呼びかける。研究所内部であればどこからでも呼び出すことができる。
「こちら戦術AI。何か」
戦術AIは音声で答えた。端末にも口頭でしゃべった内容が記録され、質問内容に誤りがないか確認できる。
「破壊された大気質研究所の隣に正体不明の建物がある。これは何か」
「大気質研究所である」
「大気質研究所は先日の戦いで破壊された。再度問う。この正体不明の建物は一体何か」
「大気質研究所である。構造、配置された装置、コンピュータ性能、いずれにおいても大気質研究所と同じものである。大気質研究所は破壊されたが、これは大気質研究所である」
瑪瑙は混乱した。戦術AIは何を言っている? 全く同じ物がそこにあるとは。端末に記録された質問内容を確認するが、間違ってはいない。こちらの考えは伝わっているはずだ。
しかし、外観だけで言えば確かに同じだ。偵察機の情報から内部の構造や設備も同じとなっている。ならば、確かに、それは大気質研究所と言えるのだろう。
だが何故、そんなものがそこにあるのか。
「この大気質研究所はいつからここにあるのか」
「不明である。建設許可は確認できない。また、一昨日のパトロールにおいても確認できていない。可能性としては、一昨日から今日の早朝にかけて建造された事が考えられる」
「そんな短期間で……建てられるわけがない」
「質問の内容が不明瞭である。再度入力されたし」
瑪瑙は少し考え、再び戦術AIに確認した。
「何故この建物を調査対象としたのか」
「新築の大気質研究所と判断し、対象外となっていることはエラーと考えたためである」
「この新しい研究所は誰が何の目的で建造したと考えられるか」
戦術AIは少し考えこみ、答えた。
「不明である。棘皮星人の関与は考えられるが、明確な証拠がない。また現時点では意図も不明である」
「分かったわ、戦術AI。終わり」
戦術AIとの通信が終わる。これは戦術AIにもよく分からない現象のようだ。現地に調査に行くか? 瑪瑙は迷った。行くべきだろう。こんな謎の現象を放っておくことはできない。偵察ロボットを派遣するか。いや。自分の目で確認すべきだ。危険はあるが、しかし、自分で確認しなければ判断などできまい。
鈍い痛みが瑪瑙を襲った。肋骨の痛みだ。腕を動かすと鎖骨も痛い。本当であれば歩き回るのも控えねばならないのだ。しかし、じっとしてはいられない。所長に、父に報告せねば。
「至急大気質研究所の調査報告書をまとめて。途中でも構わない。所長に報告します。あなた達は引き続きパトロールの監視を。大気質研究所は無人機を追加で出して継続監視に当たらせて」
「了解しました」
分析官たちが動き始める。瑪瑙は画面に映る大気質研究所を見ていた。無人の新しい研究所。何かが起きている。言葉にできない不安が瑪瑙の心で大きくなっていた。
俊魔は森の中で目覚めた。草木のそよぐ音、虫や鳥の声を聞き、自分の心を自然の中に溶け込ませる。その為に森で野営をしたが、しかし、心はまだ晴れていなかった。昨日の瑛美の言葉が、まだ俊魔を苛つかせていた。
「マルかバツか答え合わせをしましょうとは、このギャザーチームも舐められたものだ。俺達より優れた宇宙だと? 優劣など比較できるものか」
一つ一つの判断では、確かに間違いや正解はあるだろう。しかし戦いとは正誤の問題ではない。常に命がけの選択を強いられる。刃の切っ先の下を掻い潜り次の一手を指すのだ。正しい、間違っている、などと考えていては迷いが生まれ、それは死につながる。俺たちの選択は唯一のものだ。他に選びようはなく、それしかなかったのだ。俊魔はそう思っていた。
別の宇宙の戦術パターンを参照し改良する。瑛美のいう事は理屈では理解できる。しかし俺たちの戦術は、あくまで俺たちのものだ。戦術とは合理性のみで作られるのではない。俺たちギャザーチームの呼吸、とっさの判断の癖を加味した上でのものだ。他人の戦術をそのまま真似をしても、それは猿真似だ。要するに一瞬動きを止めて考えろ、という事だ。そんなことで戦えるものか。俺たちの呼吸を合わせることができないのなら、そんなものに何の意味もない。炎児もそれは分かっているはずだ。それともこれは俺だけが分かっていることか? ギャザーチームとはその程度のものか? そのような思いが、ずっと俊魔の中でくすぶっていた。
「ふん……所詮人は一人か」
炎児と雷光はかけがえのない仲間だ。しかしどこか心の深い部分に壁がある。それは個性であり、だからこそチームは冗長性を持って強くなれる。しかし根っこの部分では分かり合えないという事でもある。慣れ合う気はない。互いで互いを削り研ぎ合うような関係こそが俺たちには必要なのだ。
だが研いでばかりではすり減ってしまうのも事実だ。妥協という言葉が俊魔の頭をよぎる。そんなことを思うとは俺も丸くなったものだ。弱くなったのか。大人になったのか。俊魔は森の中で自嘲気味に笑った。
「さて、そろそろ帰るとするか」
頭にきて飛び出してきたが、いい具合に熱を冷ますことはできた。まだ引っかかることはあるが、これ以上研究所をあけては作戦に支障が出る。休日とはいえあまり好き勝手はしたくない。
(久しぶりにあそこに行くか……)
バイクのエンジンをふかしながら、俊魔は思い出した。瑪瑙に教えてもらったあの場所。研究所を見渡せる丘の上に行ってから帰ろうと思った。
十分ほど走って丘に到着する。木々が開けた見晴らし台のようなところがあって、そこからは研究所や周辺の地形が一望でき、まるで自分たちの戦いを俯瞰しているような気持ちになれる。ここが俺たちの場所。俺たちの守るべき場所だ。それを実感できるのだ。
「ん? なんだあれは?」
バイクを停めて丘に近づく。すると見晴らし台の場所に妙なものがあった。地面から何かが生えてる。
「な、何だこれは?!」
地面から生えているのは墓碑だった。書いてある名前は西園寺瑪瑙とある。馬鹿な! 一体誰がこんないたずらを! 悪趣味にも程ほどがある!
俊魔は激する自分を抑え、墓石に刻まれた日付を読む。没年は今年。年齢は……今の年齢より一歳若い。確か三か月前が誕生日だった。という事は三か月より前に死んだという事だ。この墓が作られたのはいつだ? しばらく来ていないから分からないが、墓はきれいに掃除されている。
研究所に嫌がらせの手紙が送られてくることはあった。ガラスを割られたこともある。そういった嫌がらせの一種だろうか。しかし、墓石を作るなんて何を考えているんだ。
しかも俺たちがギャザーチームや所長のものではない。瑪瑙だ。研究所の関係者ではあるが、瑪瑙はマスコミの報道でも表に出ることはない。何故瑪瑙なのだ?
それにこの場所もそうだ。ここは瑪瑙が子供のころに所長に連れてきてもらった思い出の場所だ。地元の人でも知っている人は少ないと聞く。それを何故知っているんだ? こんな手の込んだことを一体誰が……?
俊魔は自分の頬を伝う物に気づいた。
「涙……何だ、何故だ……」
自分の目から涙が流れている。そして心が……締め付けられる。何だこれは。胸が苦しく、そしてたまらなく悲しい。
瑪瑙は死んだ。死んだのだ。そう思っている自分に、俊魔は愕然とした。
そんなわけはない。昨日だって顔を見た。それは理解しているが、しかし、この胸にあふれる哀切の念は何だ? 瑪瑙は……瑪瑙が死んだ? そう、死んだのだ。いや、そんなわけはない。何だこの矛盾した感情は。
とめどなく流れる涙は本物だった。しかし、これは異常だ。この墓石は何だ? この気持ちは何なのだ? 一体、俺の体に何が起きているんだ?
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