第5話 もう一つの可能性

 晴天。視界良好。雲もなく、絶好のパトロール日和だった。

 ギャザーロボはギャザー1の形態で空を飛んでいた。マッハ1。研究所の戦術AIの解析により算出された経路を警戒しながら進む。レーダー波は脚部のギャザーエレファントより発せられているが、機械だけに頼らず、目視による索敵も並行している。頭部、ギャザーコンドルの炎児は、コンドルの名に負けない鋭い視線で周囲を確認していた。

 半年前の戦いで棘皮星人は倒したが、その直後に頭足星人が現れ、ギャザーチームは引き続き人類の防衛のために戦い続けている。終わりのない戦い。厳しい戦いの続く日々ではあったが、しかし、ギャザーチームは平和のための闘志を燃やし続けていた。

(おかしい……何か妙だ)

 炎児は周囲を警戒しながらも違和感を覚えていた。ずっと何かの視線を感じるような……まとわりつく気配を感じていたのだ。

 その思考は神経リンクを通じて俊魔、雷光の二人にも伝わっていた。炎児は明確な言語イメージを発していないが、微妙な感覚の変化を二人は感じ取っていた。

『おい炎児。お前も感じているのか。この嫌な気配を』

 神経リンクを通じ俊魔が問いかける。会話での通信は時間がかかるため、ギャザーロボ内においては神経リンクを介した言語イメージ通話を採用していた。

『お前もという事は……俊魔、お前も感じているのか。雷光は?』

『俺もだ、炎児。俺もさっきから妙だと思ってたんだ。ふんどしの中にパンツはいてるみたいな妙な感覚がさっきからあるんだ』

『ふむ……未確認の敵か?』

 炎児は改めて周囲を確認するが、目に見える異常は何もない。レーダーも同様だ。敵を示す反応は何もなかった。

『炎児、調べてみるか。全方位対ステルスイメージャでなら何か分かるかもしれん』

『エネルギー残量は四十八%。まだ多少の余裕がある。やってみるか。雷光、頼む』

『了解だ。パワー、オン。全方位対ステルスイメージャ起動。動力接続、回路開く。充填……準備完了だ、炎児』

『了解。EDSCM、開始』

『開始』

 雷光がスイッチを押すと強力なレーダー波がギャザーロボの全周囲に対して放たれた。

 全方位対ステルスイメージャは対レーダー、対光学観測の機能を持った機体に対抗するための機能である。複数の角度からレーダー波を照射し反射波を合成することで、反射物の構造を立体的にとらえることができる。ステルス機であっても反射波には微小のずれが発生するため、そのずれを検知することで隠れ潜む機体を発見できる。しかし大出力のレーダーを複数回照射し、解析にも膨大なマシンパワーを消費することから、多用することはできない。

『……感無し。何も発見できない。ウミネコが飛んでいるくらいだ』

 解析結果を確認し、雷光が言った。今の所、全方位対ステルスイメージャは頭足星人の機体に対して有効である。対ステルスイメージャを無効化する更に強力なステルス措置を短期間で開発したとは考えにくい。何かを見落としているのではなく、やはり単に何もいないのだ。そう結論付けられる。

『そうか。取り越し苦労であればいいが』

 炎児はどこか腑に落ちない様子だった。

『しかしおかしくないか?』

 俊魔が言った。

『誰か一人じゃない。ギャザーチームの三人が揃って違和感を覚えるなんて、普通の事じゃないぜ。レーダーは絶対じゃない。俺たちの感覚を信じろ。何かが起きているんだ』

 俊魔が言った。神経リンクを通じ、苛烈な俊魔の警戒心が他の二人にも伝わる。

『新型頭足獣という事か』

『そうだ。もしくはそれ以上の脅威。敵は頭足星人だけじゃないのかも知れん』

『敵を想定するのはいいが、しかし、イメージャで検知できないのなら俺たちに探すことは無理だぞ』

『研究所ならどうかな。戦術AIなら何かを感じ取っているかも知れん』

『おいおい、AIの第六感を頼りにするのかよ。オカルトだぜ、そいつは』

 雷光の言語イメージとともに猜疑心が伝わる。三人の中でも雷光は特に戦術AIに大して懐疑的なイメージを持っていた。戦術AIは高度すぎる。その高度さゆえに、人間を超えた立場で独自の判断をしているのではないか。人間を出し抜こうとしているのではないか。そういった思いを持っていた。

『だが雷光、俺たちには理解できんが、しかし、戦術AIの統合的な判断は捨てたもんじゃない。奴は自分が生き残るためなら何でもするからな』

『ふむ。戻ったら確認が必要だな。パトロールはここらで切り上げて帰るか……いや待て! あれは?』

 炎児は二時方向に奇妙な物を発見した。

『惑星大気質研究所だろ。それがどうかしたのか』

 雷光がレーダーと地形図を見て答えた。惑星開拓のための基礎研究を行っている施設だ。

『そうだ。いや、違う! そうじゃないんだ。その隣だよ。何だあの建物は?』

 炎児が針路を変え研究所に近づく。

『あの建物って……ありゃ? 二つあるぞ。しかも片方は……壊れている?』

 三人は研究所を見ていた。本来の研究所と、その隣の壊れた研究所を。片方はまともだが、もう片方は爆撃でも受けたようにそこかしこが崩れ、火事の跡か黒くくすんでいる。

『事故でもあったのか? そんな話聞いてるか、二人とも』

『知らないな』

『俺も聞いてないぜ』

『建て替えるにしたって、古い方は更地にするもんじゃないのか? 妙だな?』

 炎児は滞空し研究所を確認した。おかしい。ここはパトロールで数日前にも通ったはずだ。その時には無かった。二つ並んでいれば気づいたはずだ。この襲撃を受けたかのような研究所は何だ?

『一体これは……?』

 言い知れぬ不安を、三人は神経リンクを介して共有していた。誰も言葉を発することはできなかった。そして、全身にまとわりつくような違和感は更に強くなっていた。

『何かが起きている? 一体どうしちまったっていうんだ……』

 炎児は立ち向かう相手を見つけられず、ただ得体のしれない恐怖を味わっていた。

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