第4話 宇宙の向こう側

 シャワーを終えて着替えたギャザーチームの三人は、所長室で晩御飯にありついていた。しかしわざわざ食卓を囲むために集まったわけではない。

 部屋には所長、瑪瑙、そして瑛美がいた。瑛美は移動スクリーンにデータを表示し、今日の稼動試験の報告を行なっていた。

「――以上のように稼動試験の結果は良好でした。今後は開発チームにより小型化を進め、ギャザーロボにも搭載する予定です」

「うむ。よく分かったよ、瑛美君。それと、もう一つ報告があるのかね」

「はい。こちらがある意味では本題。宇宙外粒子の広域収集に伴い観測された未知の粒子濃度の変化から、恐らく別の宇宙、我々の宇宙とは似て非なる並行宇宙が存在することが分かりました」

「何だって? 難しい言葉ばっかりで分かんねえよ。ベーコンに夢中?」

「雷光、お前は炒飯を食ってろ。俺のおしんこもやる。で、瑛美さん。並行宇宙だって?」

 チャーハンをかき込み始めた雷光に厳しい目線を向けながらも、瑛美は説明を続ける。

「はい。ギャザー粒子の濃度が宇宙内と宇宙外で同じ濃度になることは先ほど説明したとおりです。しかし、試験中に未知の粒子濃度の変化を確認しました。これは最初に確認できたパターンとは明らかに異なっており、全く別のデータである事が分かります」

 スクリーンに粒子濃度の変化グラフが表示される。この宇宙内のもの、宇宙外のもの。これは鏡写しになったように反対のグラフになっている。時間軸が逆だ。そして宇宙外の広域から収集したもの。これは先ほどの二つのグラフのどちらとも形状が違う。

「宇宙外で観測されたギャザー粒子の濃度変化は宇宙内と同じである。その原則に従うなら、三つ目のパターンの逆の濃度変化がどこかの宇宙内で生じているはず。というわけか」

「その通りです。現在も観測は継続中であり明日にならないと分からない部分もありますが、恐らく複数の並行宇宙が近接して存在しており、それぞれの宇宙からギャザー粒子が放出されています。私たちが観測したのは近傍の別宇宙で生じている宇宙外への放射であると考えられます」

「別の宇宙……信じられないが、瑛美さんのいう事が正しいのであれば、確かに並行宇宙が存在するってことになる。しかし……」

 炎児はカツ丼のカツを一切れ食べた。

「……それが俺たちに何の関係があるんだい? そりゃあ大発見かも知れないが、しかし戦闘を担当する俺たちギャザーチームの何の役に立つんだ? わざわざ夜に俺たちを集めてまで説明することかな?」

「そうだぜ。おかげで腹が減っちまう。カツ丼のお代わりはないの?」

「無いわ、雷光君」

 瑪瑙さんの答えに雷光はしゅんとなる。もうカツ丼も炒飯も空になっていた。雷光はまだ食べている途中の炎児と俊魔のカツ丼を恨めしそうに見る。

「皆さんをお呼び立てしたのには理由があります。その理由は、粒子濃度の変化を介して並行宇宙の観測を行ない、我々の戦略に役立てられる可能性があるという事です。より広域の宇宙外粒子濃度観測の許可をいただきたく集まっていただいたんです」

「戦略に役立てるって、それはどういう理屈だい、瑛美さん」

「はい。順を追って説明します。まず我々の宇宙外粒子の変化がありますが、これは実際の戦闘データと見比べるとピークや変化点が合致することが分かります。逆に言うと、どのように戦っていたか、いつビームを撃ったのか、どのような機動をしたのかという事が粒子濃度の変化から分かるのです」

「ふむ。それで?」

「次に別宇宙の宇宙外粒子。これは我々の宇宙とは異なる変化をしていますが、我々の宇宙外粒子の挙動と照らし合わせれば、その変化の原因を特定することが出来ます。別の宇宙についても、いつビームを撃ったかが分かるという事です。その情報を精査していくと、結果として別宇宙でのギャザーチームの戦いの情報を細かく知ることができる、という事です」

「別のギャザーチーム? そんなものが……存在するのか?」

「平行宇宙はそれぞれ微妙に異なる宇宙だと考えられます。ギャザーチームのいない宇宙も考えられますが、我々と同じように棘皮星人の侵略を受けている宇宙も存在していると考えられます」

「それで瑛美さんよ。よその宇宙を覗き見て何をしようってんだい。間違い探しでもやるのか」

 俊魔が言った。

「間違い探し。それに近いかもしれません。答え合わせとでも言いましょうか……より戦績の優れている宇宙を見つけ、その戦術パターンを参考にするのです」

「戦績の優れている宇宙……要は勝っている宇宙か」

「そうです。我々の戦いは一概に勝敗をつけられるものではありませんが、施設の破壊、人的被害は我々の敗北と言っていいでしょう。それが生じていない宇宙、常に勝ってきた宇宙を探し、その戦術パターンを参考にする。真似するのです」

「真似っこ作戦? はっ! そいつはいいや」

 俊魔が吐き捨てるように言った。

「お前さん、俺たちギャザーチームを侮辱しているのか。あんたが言っているのは、俺たちがミスってばかりの役立たずってことだぜ。勝ち続けている宇宙だと? 俺たちがどれほどの思いで戦っていると思っているんだ!」

 そう言い、俊魔は机を叩いた。

「俊魔、気持ちはわかるが落ち着けよ。瑛美さんだって俺たちを批判したくて言ってるんじゃないんだ。この世界、人類のための研究だ。そうカッカするな」

「ふん」

 俊魔は腕組みをし目を伏せた。瑛美はしばらく様子をうかがっていたが、俊魔が何も言わないので説明を続ける。

「皆さんへの配慮が足らなかったことはお詫びします。しかし、だからこそ今日ここに集まっていただきました。これは私の独断、研究チームの一存で出来ることではありません。粒子収集装置の運用にも関わりますし、戦術パターンを変えるのであればギャザーチームの皆さんにも影響します。これが、集まっていただいた理由です」

「常勝の宇宙……もし存在するなら、確かに興味深くはある」

 炎児の言葉に俊魔の眉がひくついた。

「おい炎児! お前までこんなたわ言を真に受けるつもりか! 俺たちの戦いは俺たちの戦いだ! 仮に他の宇宙に俺たちがいようと、そんなものは関係ない!」

「無論、俺もそう思う。しかし後悔したことはないか? 俺はあるぞ。破壊された研究施設、奪われた人命。もしひょっとしたら……助けられたんじゃないか。俺たちは十分に戦っているが、それでもなお棘皮星人はこちらの一枚上手を行く。それを打開する策が別の宇宙にあるのなら、俺は知りたい」

「けっ! 勝手にしろ!」

 そう言い残し、俊魔は立ち上がり部屋を出て行った。所長と炎児は顔を見合わせる。こうなった時の俊魔に言葉をかけても無駄だ。それを知っている二人は、俊魔をそのままにしておくことにした。

「それで瑛美君。より広域の宇宙外空間から粒子を収集するという事だが、それはどのように行なうんだね?」

「臨界を迎えた粒子が開く宇宙外への門を大きくすることで可能になります。通常の数倍の電力を必要としますが、装置を改修しなくても可能です」

「数倍か。第二種粒子収集装置によるエネルギー効率は二倍。それを超えるわけか」

「いえ。消費するエネルギーは増えますが、門を大きくすることによりさらに収集できる粒子も増えます。完全に比例はしませんが、四倍の電力で三倍のエネルギーが得られるものと考えられます」

「四倍と三倍。ふむ……その程度なら蓄電池の電力も使いながらであれば可能か」

「はい。可能と思われます」

「炎児君、雷光君。君たちはどう考える」

「運用面の課題は任せますが、さっきの戦術パターンの話。俺は可能であれば別宇宙の情報を知りたいです。俺たちのどこが劣っているのか、あるいは敵が優れているのか。知ることで戦いの結果を変えられるかも知れないのであれば、俺はそれを知りたい」

「ふむ。雷光君は?」

「俺は馬鹿だから難しいことは分からないんだけどよ、別の宇宙があるって事は、そこに別のお代わりのカツ丼があるって事かい? だったら俺も賛成だ」

「雷光君、カツ丼のお代わりは無いの」

「そうなのか……」

 瑪瑙の言葉に、雷光は気落ちして箸の先をかじり始めた。

「おい雷光。箸を食うな。所長、俊魔もああは言ってますが、より良い戦いにつながるのであれば、きっと納得してくれるはずです。ぜひやってもらえませんか」

「うむ。課題は多そうだが、それは研究チームに任せたまえ。第二種粒子収集装置はまだまだ試験段階だ。別宇宙の観測も含めて出来ることはやってしまおう。戦況を一変させる大いなる一手となるやも知れん」

 所長のハシビロコウの瞳が瑛美を見据えた。

「では瑛美君。明日から別宇宙の観測に向けて準備を行ってくれたまえ」

「分かりました。ありがとうございます、所長」

 瑛美は恭しく頭を下げた。

「いや。ただのエネルギー収集装置かと思ったら別の宇宙だなんて、すごい話になったな」

 炎児は腕組みをしながら別宇宙の自分達の事を想像した。同じように俺たち三人がいて、同じように棘皮星人と戦っているのだろうか。それとも争いのない平和な世界を築いているのだろうか。

「まったくだ。ギャザー粒子には未知の部分が多いが、驚かされることばかりだ」

「でも……大丈夫なのかしら?」

 隣で話を聞いていた瑪瑙が心配そうに言う。

「別の宇宙を観測する……宇宙間で、何かお互いに影響が出たりしないのかしら?」

「……現在の均衡が崩れる、という事かい? その可能性はあるのか、瑛美さん?」

「不明です。何しろ別の宇宙を観測することは初めてですから。通常は放出されてそのままになっている宇宙外粒子を観測するだけですから、何も変化は起きないでしょう」

「そう……そうよね。ごめんなさい。なんだか心配になっちゃって」

 瑪瑙は力なく笑った。

 その顔には不安の色がまだ見えたが、新しいことに不安はつきものだ。恐れていては前に進めない。瑪瑙さんは怪我をしているから少し弱気になっているだけなんだ。炎児はそう思い、そっとしておくことにした。

「エネルギー収集装置も新しくなるし、これで戦術パターンも改善されるんなら怖いもんなしだな! 所長、前途は明るいですよ!」

 炎児は瑪瑙の不安を吹き飛ばさんと努めて明るい声で言った。

「うむ。そうだな。これからもみんなで力を合わせ頑張ろう」

 新たな決意を胸に、みんなの心は一つになっていた。

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