第3話 不測の成果

 第二種粒子収集装置の稼働試験が終わった頃、ギャザーチームは研究所へ帰投した。格納庫に戻る際は合体を解除し、ギャザーマシンとなって格納される。ギャザー1、2、3と順に発射口から戻っていった。

「ふう、今日は偵察機だけで済んで良かったな」

 炎児はギャザーマシンから降りてヘルメットを脱いだ。棘皮獣との戦いに休みはない。それだけに大過なく終えた日は心も安らぐ。汗で蒸れた髪をほぐしながら、炎児は安堵の息をついた。

「お疲れ様。そちらも無事のご帰還ね」

「瑪瑙さん! いいんですか怪我の具合は」

 西園寺瑪瑙はギャザーチームを出迎えるために格納庫に降りてきていた。

「ええ。午前中は診察を受けて、午後からひとまず退院できるようになったわ。まだ骨はつながってないから、あと二週間は安静だって」

「そうなんですか。それは良かった。しかしそれまではギャザーコマンドの出動は無しか。気合を入れて踏ん張らないと」

 ギャザーコマンドが出撃できないということは、ギャザーロボ撤退時に防衛のための戦力がいなくなることになる。むざむざ施設を棘皮獣に壊させるようなものだ。これまで以上の奮闘が必要となる。

 しかし、それにしても……。炎児は傷ついた瑪瑙の姿を見ていた。見た目には包帯もギプスもないが、骨折した箇所は今も痛みがあるはずだ。それというのもギャザーコマンドに戦闘を押し付けてしまったせいだ。瑪瑙は自ら志願して戦っているが、そうだとしても、体力ではどうしても劣る瑪瑙に負担をかけていることは、炎児にとって、いや、ギャザーチームにとって心苦しいことであった。

「ええ、そうね。私がいない間は無人戦闘機を使うみたいだけど、ギャザーコマンドには劣るみたい。ギャザーチームでなんとか食い止めてもらわないと」

「はい。任せてください。ところで……何か俺たちに用が? わざわざここにまで降りてくるなんて」

「あら、理由がなければ来ちゃいけないの? たまにはパトロールの労をねぎらいに来たっていいじゃない」

「え、そうなんですか? いやあ、わざわざ申し訳ないな」

 瑪瑙の言葉に炎児は相好を崩した。瑪瑙はギャザーチームにとって憧れの存在である。気にかけてもらうことは実に嬉しいことであった。

「何てね。本当は別の用事よ」

「ちぇっ、喜んで損した! 何です、用事って」

「あっ! 瑪瑙さん! 怪我はいいんですかー?」

 ギャザーマシンから降りた雷光が目ざとく瑪瑙を見つけ、走り寄ってくる。その後ろからは俊魔。乱れた髪の毛を手ぐしでセットしながら歩いてくる。

「お疲れ様。雷光君、俊魔君」

「いやあびっくりした。帰ってきたら瑪瑙さんがいるんだもの。俺感激しちゃった」

「あらそう? 嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「おい雷光。犬みたいに喜ぶなよ。瑪瑙さんは大方実験の話のことで来たんだろうぜ」

「ええ、俊魔君。その通りよ。一刻も早く新型粒子収集装置のことを報告しようと思って」

「へえ、さっき皆で話してた奴のことか。切手収集装置?」

 雷光が自分で言いながら小首をかしげる。

「雷光、馬鹿。粒子収集装置だって言ってるだろ」

 炎児が雷光の尻を膝で小突く。

「何を! 馬鹿とは何だい馬鹿とは!」

「まあまあ、落ち着きなさい雷光君。稼働試験は無事完了したわ。収集量は計算通り約二倍を達成。今も実験室で稼働させて長時間稼働時の安定性を検証している所よ。安定して動いているわ」

「へえ! そりゃあ朗報だ。良かったじゃないですか。じゃあギャザーロボの収集装置も交換ですか?」

「ええ、その予定よ。小型化については開発チームが現在が設計図を作成中よ。二週間ほどで完成すると思うわ」

「いやあ、するとギャザーロボのエネルギー不足はこれで一気に解決か。良かった良かった」

「ほんとほんと。俺のギャザー3もこれでエネルギー使い放題だ」

 雷光は腹を叩いて豪快に笑った。

「しかし瑪瑙さん。その事を伝えるためだけにここへ来られたんですか?」

 俊魔は瑪瑙の放つ雰囲気に違和感を感じ取っていた。重要な報告ではあるが、瑪瑙が自ら格納庫に降りてまで報告する内容ではない。ましてや、瑪瑙は怪我をしているのである。

「……さすが俊魔君ね。鋭いわ。実はもう一つ重要なことが分かったの」

「重要なこと? 何です? 勿体つけずに教えて下さいよ」

「今回の新型収集装置……第二種粒子収集装置は宇宙の外へつながる門を開き、私達の宇宙の外から粒子を収集する機能を持っている」

「ええ。それは大体聞いてます」

「実際に装置を稼働して分かったの。宇宙の外側には宇宙がもう一つ……いえ、恐らくは複数存在するの。平行宇宙よ」

「平行宇宙?!」

「詳しくは所長室で話すわ。皆には悪いけど、シャワーを浴びたら所長室に来て頂戴」

「ちぇっ、残業か。俺、腹減ったぜ」

「そうね。食事は用意しておくわ。食べながらでいいから話を聞いて頂戴」

「えっやった! 俺残業が好きになっちゃったぜ」

 雷光が万歳をする。

「全く、食い意地に手足が生えたようなやつだ」

「いや、胃袋に目鼻が付いてるのさ」

 炎児と俊魔は雷光に呆れながらも、これから説明される平行宇宙について言い知れぬ不安を募らせていた。それは戦士としての、危機に対する予感とでも言うべきものだった。


 西園寺所長は自席の情報端末に表示されるデータを鋭い目つきでつぶさに確認していた。部屋には一人であるが、机にはギャザーチームのための食事が用意してある。カツ丼だった。雷光だけはチャーハンもセットになっていた。

 漂う夕食の香りにも誘惑されず、所長は過去のギャザーチームの出動記録のファイルを取り出した。ギャザーロボに関する資料は膨大だが、戦闘記録報告書については、紙で出力しいつでも確認できるようにしていた。それは万一にもデータが消失した時の為の備えでもあった。

「むうう……確かに符合する。ギャザー粒子のふるまいから過去の情報が参照できるとは……」

 所長が見ているのは、実験室の瑛美がリアルタイムで観測しているギャザー粒子に関するデータであった。

 ギャザー粒子の濃度は一様ではなく時間ごとに変化してするが、それは宇宙外粒子に関しても同様の傾向であった。瑛美が宇宙外粒子濃度の変化を時間軸に沿って整理すると、ある特徴があることに気づいた。それは、こちらの世界での粒子濃度の変化に対して、時間方向に逆、つまり逆再生のようになっているのである。

 理屈としては、まず、宇宙内と宇宙外に放射されるギャザー粒子の量は全く同じである。そして宇宙内で粒子が崩壊した場合は、対となる粒子が宇宙外でも崩壊する。これにより、宇宙の内外の粒子量は同じになる。

 宇宙外に放出済みの粒子は、過去の時点で放出されたものであり、つまり過去の情報を持っている。ある時点の宇宙外粒子濃度を調べれば、宇宙内での収集量がいくらか、崩壊量がいくらかといった情報を得ることが出来るのだ。

 そして宇宙外から収集した粒子は、拡散する方向、つまり現在から過去に向かって収集しているため、その濃度を時間ごとに並べると、宇宙内の濃度に対して時間方向に逆となるのだ。

 瑛美から送られてくる情報はまさにそのとおりとなっていた。濃度のピークや推移を確認すると、その時点でギャザーチームが戦闘したり、ギャザービームでエネルギーを大量に消費していることが分かる。

 そして瑛美からの報告では、より広い範囲の宇宙外粒子を収集すると、そこには別の宇宙の存在が確認できたとある。この宇宙とは違う粒子濃度の推移があり、つまり、別の宇宙が存在するということなのだ。

「しかし、これに何の意味があると言うのだ……?」

 これは瑛美からの速報である。そしてギャザーロボではなく、ギャザー粒子そのものに関する特性だ。現在必要なのは基礎研究ではなく、実効性のある技術や装備なのだ。並行宇宙の存在が確認できたことは人類にとって大きな発見ではあるが、ギャザーロボ、ギャザーチームにとっては直接関係のないことだ。

 このデータは瑛美が稼働試験の結果を整理している過程でたまたま見つけた情報であり、具体的に何かの役に立つというわけではない。

 しかし、瑛美がこのようなデータを発見し、報告してきた場合、瑛美の腹の中には既に何らかの案が生み出されている可能性が高い。あの鋼鉄の才女はいかなる発見をしたのか。

 所長はハシビロコウのような瞳を細め、思案にふけった。直にギャザーチームと瑛美も所長室に来る。夕食の香りを嗅ぎながら、その時を待つばかりである。

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