第2話 第二種粒子収集装置

 西園寺研究所では日々ギャザー粒子の観測と収集をしており、そのエネルギーにより発電を行っていた。現在は近隣の市街地四千戸の電力を賄う程度であったが、粒子の収集効率は不安定であり未だ安定的なエネルギーとしての道は遠かった。

 しかし所長である西園寺嶽人は確信していた。資源のない国に必要なのはギャザー粒子発電であると。宇宙からほぼ無尽蔵に降り注ぐこの粒子こそが、原子力に代わるエネルギーになると信じていた。

 そして、エネルギー開発の基礎となる粒子収集技術については毎日のように改良のための新しい方法が試みられていたが、この度、主任研究員の金丸瑛美が画期的な収集方法を完成させていた。

 うひひひ。

 瑛美は沈着冷静と言った表情をしていたが、脳内でうひひひと呟いていた。その呟きは喜びによるものである。

 ギャザー粒子は宇宙から降り注ぐ粒子だ。長らくその発生源は不明であったが、瑛美はその発生源を突き止めた。

 それは宇宙の果ての境界面であった。無限に膨張を続ける宇宙が、膨張の過程で放出しているエネルギーがギャザー粒子だったのである。現在地球に降り注いでいるギャザー粒子は、数十億年前に宇宙の果てから放出された物なのだ。

 この事が判明しても、しかし、粒子の収集効率に影響はない。何故なら発生源が分かっただけで、その発生量が増えるわけでもなく、収集量が増えたわけでも無かったからである。ギャザー粒子そのものの研究には寄与するが、それだけだった。

 しかし瑛美はこの事実から、収集量の増加を期待できる仮説を思いついた。

 宇宙の果てから宇宙内部に向かってギャザー粒子が放出されているのなら、宇宙の外側に向かっても放出されているのではないか?

 それは大胆な仮説であった。そして確認が困難な仮説でもあった。宇宙の外側を観測する手段を人類は持っていなかったからである。

 だが瑛美は不断の努力と執念により、高温高圧化で臨界を迎えたギャザー粒子が、次元の境界を超越することを発見した。宇宙に穴が開いたのだ。そして、宇宙の外に放出されていたギャザー粒子を観測し、補足することに成功した。

 これにより宇宙の内側と宇宙の外側からギャザー粒子を収集することが可能となり、収集効率は二倍に上昇したのだ。

 最近のギャザーロボはエネルギー切れで敗退する事が多かった。その原因は、棘皮獣の戦力増強による苦戦もあったが、そもそも研究所に備蓄できるエネルギーが不足していたのである。研究所で備蓄するエネルギーの総量が不足することから、ギャザーロボが一回の戦闘で使用する量を減らさざるを得なくなり、見かけ上満タンではあるが実質八分目、というような運用が続いていたのだ。

 それはギャザーロボのそもそも成り立ちが、開拓調査用ロボであったことにも起因している。

 開拓調査用のロボとしてならそこまでのエネルギーは必要としない。破壊的なビームは撃たないし、何時間も激しい機動を行なうこともない。そう言った前提で造られたロボであったので、元から充填できるエネルギー量が少なかったのだ。研究所もその前提であったため、備蓄容量はそれほど多くなかった。

 ギャザーロボは無理から生まれた無茶なロボである。そのしわ寄せがエネルギー問題という一番わかりやすい形で現れていたのだ。

 備蓄エネルギーが少ない。ロボ自体の容量も少ない。この二つの問題が、ギャザーチームと西園寺研究所を苦しめていた。

 しかし、それが今、新しい粒子収集装置の誕生により解決する。完全に解決するのだ!

 備蓄量の少なさは宇宙外からの粒子収集量増加により補える。そしてロボの総容量の少なさについても、戦闘中にも従来の二倍で収集できるのなら十分対応できるようになる。画期的である。

 それが瑛美の心中で、うひひひとなって現れ出でたのである。欣喜雀躍。随喜の至りである。そんなことはおくびにも出さないが、鋼鉄とあだ名される彼女にも喜びという人間らしい感情が存在したのだ。

「瑛美君。収集装置の稼動試験準備はどうかね」

 所長である西園寺嶽人が時計を気にしながら瑛美に尋ねる。その眼光は鋭く、若い頃からハシビロコウの異名で知られている。西園寺所長はハシビロコウのような瞳をぎらつかせ、微動だにせず立っていた。その心中は穏やかではなく、心臓は早鐘を打っていた。

「はい、所長。つつがなく進行しております。定刻に予定通り開始できます」

 瑛美は計器類の最終チェックをしながら答えた。部下の研究員はもちろんいるが、最後の点検は念には念を入れ、自分で行うのが瑛美のやり方であった。

「父さん、これがうまく行けばギャザーロボのエネルギー問題は解決するのね?」

 娘の西園寺瑪瑙が聞いた。彼女は西園寺嶽人の娘であり、研究所の非常勤職員でもある。また有事の際にはギャザーコマンド戦闘機に乗って戦う戦士でもあった。

 ギャザーロボの苦戦は瑪瑙自身の戦いにも影響する。そのため、ギャザーロボ強化につながる今回の実験には、瑪瑙も大きな期待を寄せていた。

 ギャザーロボがエネルギー充填のために戦闘を中断した場合、戦闘はギャザーコマンドが引き継ぐこととなる。戦力で言えばギャザーコマンドはギャザーロボの五分の一程度だが、そのギャザーコマンド単機で一時間ほど時間を稼がなければならない。戦闘訓練を受けているとは言え瑪瑙はうら若き乙女である。命を懸けた戦いに身を投じるにはあまりに若く、可憐すぎた。

 ギャザーコマンドが損傷を受けた場合は撤退を余儀なくされることもあるが、その場合は棘皮獣の独擅場どくせんじょうとなる。野放しとなった棘皮獣により破壊された施設はこの三か月だけでも五指に余る。それはギャザーロボの敗北であり、ギャザーコマンドの敗北であった。

 瑪瑙とて手を抜いて戦っているわけではない。女だてらに、などという揶揄の言葉を吹き飛ばすような激しい戦いを常に繰り広げている。その為に傷は絶えず、現在も肋骨と鎖骨を骨折中であり、頸椎には慢性のヘルニアという怪我を抱えていた。

 そんな瑪瑙であったからこそ、今回の新しい粒子収集装置の稼動実験には大きな期待を寄せていた。ギャザーロボがこれまで以上に戦えるようになれば、自分の負担も減り、最終的には人類を守ることにもつながる。所長や瑪瑙をはじめとする研究所職員にとって、ギャザーロボの強化はまさに悲願であった。

「ああ、もちろんだ。改良型の収集装置が十全に機能すれば、ギャザーロボのエネルギー収集能力は通常戦闘時の消費量を上回る。つまり、ほぼ無限に戦えるようになるのだ。激しい機動の場合でも戦闘継続時間は大幅に伸びるだろう。いや、まさに救世主だよ、瑛美君は」

 ハシビロコウの瞳が僅かに緩んだ。気が早いとは感じていたが、恐らく失敗はない。楽観的とも言えたが、これまでの瑛美による実験はいずれも成功しており、計算通りの成果を上げてきたのだ。そして今回の実験も成功するだろう。所長が瑛美に寄せる全幅の信頼が、ハシビロコウの瞳を緩ませていた。

 実験装置は真空の実験室で静かに稼動の時を待っていた。

 収集装置はダイソン球のような構造をしており、電力によって球形の収集装置の中心に粒子を捕捉する。ギャザー粒子はエネルギーを受けるとそのエネルギーを吸収する特性があり、粒子に十分に電圧をかけると吸収し、そして粒子は崩壊する。その際に発生するエネルギーを利用するのが収集装置の機能である。

 大きな球形の装置が台に据えられ、その球体に六本の電力供給装置が接続されている。磁場の発生もこの装置で行う。さながら水晶玉を乗せた六本足の台である。その球が映すのは、人類の明るい未来であった。

「……十五時。定刻となりました」

 瑛美の宣言により、実験グループの職員に一気に緊張が走る。西園寺所長の瞳も再び厳しいものへと変わった。

「それでは所長。第二種粒子収集装置の稼動試験の準備が整いました」

「うむ。始めてくれたまえ」

 所長の隣で瑪瑙も固唾をのんで見守る。

「それでは各員、これより稼動試験を開始します。電力供給、開始」

「一番回路、開始します」

 研究員が声を上げ、電源スイッチを押す。

 真空の実験室の内部で、一つ目の電力供給装置のインジケータ―が灯る。そして疑似ダイソン球への電力供給が始まった。

「二番回路、開始」

 続けて二つ目の電力供給装置が起動。残る四つも次々と起動する。

「電圧レベルを三に移行してください」

 瑛美の指示で装置への電力供給が増加する。球形の装置のスリットから強い光が漏れる。

「防壁を作動。映像に切り替えます」

 瑛美がボタンを押すと実験室のガラス部分に隔壁が下りる。そしてガラス面にカメラ映像が表示される。疑似ダイソン球は更に強い光を放ち、実験室全体がごくわずかに振動し始めた。ギャザー粒子はニュートリノのように物質を透過しながら移動しているが、疑似ダイソン球の強い電磁場が粒子を誘引し、球の中心部分に集めて逃がさない。

「磁場展開。電圧レベルを五に移行してください」

 磁場が球体内部に展開し、ギャザー粒子を中心へ留める。そして更に高まった電圧がギャザー粒子にエネルギーを与え、臨界を迎えると宇宙外への扉が開く。

「ギャザー粒子、次元境界の突破を確認。宇宙外からの粒子を捕捉します」

 装置には変化はない。しかし瑛美の見ている計器にはギャザー粒子量の増加が確認できた。装置は通常の二倍の粒子量を捕捉している。そしてまもなく、粒子の崩壊が開始される。

「ギャザー粒子、崩壊を確認。充電池へ給電開始します」

 ギャザー粒子の崩壊が確認された。与えたエネルギー以上のエネルギーが疑似ダイソン球から放射される。そのエネルギーを電力供給装置の別ラインが回収する。そして疑似ダイソン球から離れた位置にある試験用充電池にエネルギーが供給される。

 エネルギー量が上昇していく。これまでの収集装置よりも効率がいい。計算通り、約二倍だ。装置は安定して稼動している。

「所長、装置は完全に機能しています。あとは小型化さえ出来れば、ギャザーロボにも搭載できるようになります」

「よくやってくれた。瑛美君、そしてみんな。これで人類はまた一歩未来へと近づいた!」

 西園寺所長の言葉に職員の拍手が答えた。瑪瑙も安堵し息をついた。小型化という課題は残っているが、開発チームなら短時間で成功させるだろう。そしてギャザーチームもうまく使ってくれるはずだ。

 しかし、この胸騒ぎは何だろう?

 瑪瑙は言い知れぬ不安を感じていた。収集装置が放つ振動が心を震わせる。それは不安の前兆に感じられた。海の向こうの蝶の羽ばたきが地球の反対側で嵐を呼ぶような、そんな予感である。

「所長。おめでとうございます」

「いや、君のおかげだよ、瑛美君」

 所長と握手しながら瑛美は微笑んだ。うひひひ、と心で呟きながら。

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