戦え、ギャザーロボ
登美川ステファニイ
第二種粒子収集装置
第1話 パトロール
晴天。視界良好。雲もなく、絶好のパトロール日和だった。
ギャザーロボはギャザー1の形態で空を飛んでいた。マッハ1。いつものパトロールコース。棘皮星人に予想されないようにコースは乱数で変動するが、大体いつも同じようなものだ。それに奴らは待ち伏せなどはせずに正々堂々と襲ってくるので、コースが何であれ関係ない。敵ながらあっぱれだ。リーダーである炎児は密かにそう思っていた。
「おい炎児。馬鹿にウキウキとしてるじゃないか。何を浮かれてやがる」
腹部、ギャザーシャークの俊馬から音声通信がはいる。一応私語は厳禁だが、外部無線は封鎖している。第三者には分かりっこないので彼らは喋り放題だ。
「お、俊魔。分かるかい」
炎児はパワースロットルを引いてちょいとロボを加速する。
「おいおい、飛ばし過ぎだぜ。また所長にどやされる。連帯責任なんだから勘弁しろよ」
脚部、ギャザーエレファントの雷光だ。体がでかい割に小心者だ。まったく、一番でかいギャザーマシンを操縦してるんだから、もっとドーンと構えていればいいものを。炎児はいつもそう思う。
「雷光、固いこと言うなよ。俺は楽しみで仕方がないんだ。ロボがパワーアップするんでな」
「何だって? 何の話だ。新しい武器か。ロケットランチャーでもつくのか」
「何言ってんだい雷光。エネルギーの話だよ。忘れたのか?」
「エネルギー? そういや残量がもう少ないぜ。さっさと切り上げて帰らないと」
「そう、そのエネルギーだ」
ギャザーロボのエネルギーは三機のギャザーマシンのエネルギーの総量となる。残りのエネルギーは三十八%。午前と午後のパトロールで四時間飛んだが、残り二時間半と言った所だ。
ギャザーロボは三つの形態ごとにエネルギー効率が少し異なるが、ギャザー1、2、3のいずれでも戦闘継続可能は六時間から七時間。激しい戦闘ともなれば四時間ほどでエネルギーが尽きてしまう。ロボにはギャザー粒子収集装置が内蔵されており戦闘中もエネルギーを回復できるのだが、収集量が消費量を上回ることはなく、減少速度が若干遅くなる程度であった。
要はエネルギーが尽きるまでに棘皮獣を片付ければいいわけだが、最近の棘皮獣は結構手強くなってきている。これまでは通用していたギャザーソードやギャザーカッターでは倒すことが難しくなり、ギャザーミサイルも必殺の武器ではなくなってきているのだ。そのため長期戦となり、あと一歩のところでエネルギーが切れ、やむなく戦闘を中断し逃げ帰る羽目になるのだ。
そうならないように彼ら三人も戦術を考えてはいるが、小手先の工夫でなんとか出来るレベルを超えてきている。根本的な、ハードとしての解決が必要なのだ。
「だからさ、瑛美女史が作ってくれるんだよ。新しい収集装置を」
「へえ、何を収集するんだ? 切手か?」
「何言ってる。ギャザーロボなんだからギャザー粒子に決まってんだろうが。ロボに積んであるギャザー粒子収集装置をパワーアップしてだな、戦闘継続可能時間を伸ばすんだよ」
「すると、どうなる?」
「雷光、しっかりしてくれよ! 時間が伸びたら俺たちも戦いやすくなるってことさ! それに今まで以上にエネルギーも使いやすくなる。ギャザービームは二回までだったが、三回とか四回にさ」
「へえ、そりゃあいいな。じゃあギャザー3のタイフーンもか?」
「もちろんだ。俊魔、お前のソニックアタックもそうだぜ」
「ふん。回数が増えてどうする。二の矢を頼んで一矢で仕留める気概がなけりゃ、何度やったって同じだぜ」
「おいおい、そう言うなよ。確かにかわされることを前提にするのは良くないが、単純に戦闘時間が伸びるのはいいことだぜ? 何せ最近は三回に一回はガス欠で逃げ帰ってるんだからな」
「ふん。まあ、な。それは言えてる」
前回の戦闘は三日前。ギャザー2の俊魔が中心になって戦ったが、得意のソニックアタックでの猛攻にも関わらず棘皮獣を仕留めきれず、泣く泣く俺たちは逃げ帰ったのだ。出直して倒したが、時すでに遅し。補給中に潮力発電施設が破壊され、俺たちは面目丸つぶれとなった。ピンチヒッターのギャザーコマンド戦闘機がいるが、パイロットの西園寺瑪瑙は骨折により絶対安静であり出動が不可能だった。その為、撤退により完全に棘皮獣を野放しにする結果となったのである。
「しかし瑛美か。やっこさん、大丈夫かね。作るはいいが、いつもなにか足りないか余計なんだ」
俊魔の心配ももっともだ。瑛美女史は西園寺研究所の研究員として働いており、ギャザーロボの開発にも関わっている才女だ。しかし自らの技術に傾倒するあまり、肝心の実用性や運用上の課題をないがしろにする傾向がある。放っておくとマッドサイエンティストになるのだ。
敵を倒すためにバズーカを作ったはいいが、それは核弾頭を使用するもので、使用すれば近隣一体が放射能で汚染されるばかりでなく、使用した俺たちギャザーチームも致死量の放射線を被爆するという代物だった。そもそもどこで核弾頭を入手するつもりだったのか。作ってる途中で誰か止めればよかったのだが、研究に没頭している間は半ば正気を失っており、他人の忠告を受け入れる余地がないのだ。知性はあるが、理性が足りない。天は二物を与えないものだ。
「足りないのはエネルギーだけで沢山だ。しかしギャザービームを何度も撃てるようになっても、それだけでいいのかな」
「どういうことだ、炎児?」
「棘皮獣はだんだん強くなっている。ギャザーソードも歯が立たない。ここらでいっちょ、新武装が必要なのかもな」
「ほら見ろ。俺の言った通りじゃないか。ロケットランチャーだ。レーザーバルカンでもいいぞ。憎たらしいヒトデどもを蜂の巣にしてやる」
雷光がうれしそうに言う。火器が増えるとなればそれは有効搭載量に余裕のあるギャザー3だ。雷光は武器のボタンが増えるのを何よりの喜びとしている。
「武装が増えたって鼬ごっこさ。ビームが強くなったら奴らはコーティングを使ってくる。ロケットもジャミングされて機能を失う。結局、一番頼りになるのは原始的な剣さ。ぶつくさ言ってないで素振りでもするんだな」
「素振りか。そうだな。しかし……」
「何だよ。最後まで言わないのは気になるぜ」
「いや、な。棘皮星人との戦いがいつまで続くのかと思ってな。奴らの基地はどこにあるのかわからない。目的も定かではない。声明も何もない。ただ街や基地を襲ってくるだけだ。戦うのはいいが、しかし、先が見えない戦いは疲れるぜ」
棘皮星人の最初の攻撃は二年前の発電所襲撃だと言われている。言われている、と曖昧なのは、攻撃を行った兵器の姿を誰も見ていないからだ。当時は一般の発電所には索敵装置を配備しておらず、監視カメラはあったがフェンス周辺を映しており空を映しているわけではなかった。軍のレーダーでも察知できず、結局分かるのは爆撃されたという事だけだった。
攻撃に使用されたのは航空爆雷だった。何らかの航空機が上空から爆撃を行ったようだが、爆弾の残骸は未知の構造をしていた。特別に威力があるわけではなかったが、どの兵器メーカーの物とも異なっていたのだ。設計思想が根本から異なっており、未知の勢力による攻撃と結論付けられた。
その後に棘皮獣が現れ、その残骸を分析したところ、発電所襲撃に使用された爆弾との共通点が見出された。その為、発電所襲撃が一番最初の被害と考えられている。
以来棘皮星人の作る棘皮獣が散発的に送り込まれ、人類は戦いを強いられている。戦闘中の棘皮星人との交信により、失われた母星から移住するために地球に来たと分かっているが、それ以上の情報はない。棘皮星人が何人いるのか。戦力の規模はどのくらいなのか。既に地球に侵入しているのか。それとも宇宙空間に潜んでいるのか。
襲ってくる棘皮獣自体は海中から現れるため、何らかの前進基地が海中にあると考えられる。しかしその姿はいまだ発見できていない。巨大な潜水艦のような施設という推測もあるが、いずれにせよ痕跡は皆無だ。
弱気な炎児の言葉に、俊魔が苛立ったように言葉を返した。
「人間はずっと戦ってる。日本は太平洋戦争以来戦っていないが、世界で考えれば争いのない期間なんてない。それは一つや二つの国の例外じゃないんだぜ。俺たちはずっと憎みあい、殺しあっているんだ。非戦争国であろうと、たまたま戦争でないというだけで、不和の種火はすぐそこにある。棘皮星人が相手であろうと関係ない。異星人だろうが何だろうが変わらん。俺たちは影に日向に戦い続けている。終わりなんてないよ。棘皮星人を倒したとしてもな」
「しかし俺たちは、ギャザーチームは、棘皮獣の脅威に対抗するために結成されたんだ。人間の戦争とは関係ない。棘皮星人をやっつけたらお役御免だろう」
「俺はそうは思わんね。考えてもみろ。ギャザーロボは本来外宇宙開拓調査用のロボだったんだ。環境や資源の埋蔵量を調査する純粋な学術的要求から開発されたものだ。それにギャザー粒子収集装置を搭載して、戦闘用に改修したんだ。これだけの戦力をただの調査ロボットに戻すと思うか? 俺はそうは思わん。戦争に駆り出されるぜ。次の相手は人間だ」
「お、おいおい。物騒なことを言うなよ! 俺たちは平和のために戦ってるんだぜ?」
狼狽したように雷光が言う。
「俺は嫌だぜ、そんなの。人間同士で戦うなんてよ。俺は人を殺したくない。お前達にもそんなことはして欲しくない」
「お優しいことだな、雷光。お前の優しさは世界にとって必要だろう。しかし必要としない人間もいる」
「お前には必要ないっていうのか、俺が?」
「そうは言わんさ。お前は大事なチームメイトだからな。だが、その優しさを利用されないように気を付けることだな」
「ふむ。俊魔は相変わらず悲観的だな」
「俺に言わせりゃ研究所の連中全員がお人よしなんだよ。ちょっと異常があったら真夜中でもスクランブル。そのうち猫がくしゃみをしただけで出動だ。まったく、たまらんよ」
「そう言いながらお前だって出動してる。お前も十分お人好しだよ」
「ふん」
棘皮星人を倒した後の世界はどうなるのか。ギャザーチームはどうなるのか。それは気になることではあったが、炎児にとっては今の棘皮星人との戦いの方が重要だった。そして炎児は信じていた。人間はそこまで愚かではないと。
「む?! こいつは何だ?」
俊魔が声を上げる。レーダーに感有り、だ。レーダー自体は民間機や一般の船舶にも反応するが、これは対レーダー措置を講じている機体の反応だ。微弱ながら、未確認の存在を察知している。
「雷光。索敵レーダー波、最大出力で照射。あぶり出してやれ」
「ほい来た! この瞬間が一番楽しいんだよな」
脚部、ギャザー3の部分からレーダー波が照射される。通常の十倍の強度だ。普通の戦闘機や船舶相手なら、機の電子システムを破壊出来るほどの出力だ。
「感有り! 隠れてやがったぜ、この野郎! 偵察機だ!」
検知のパターンは未確認のものだった。しかしギャザーロボの偵察カメラが二十倍に拡大して光学的に機影を確認する。棘皮獣ではない。星型のヒトデの形をした偵察用小型ロボットだ。
「何を探っているのか知らんが、黙って返すわけにはいかない。行くぞ、俊魔、雷光!」
「分かっている」
「合点だ!」
「ゴ―! ギャザー、ゴ―!」
パワー、ファイトモードに移行。スロットルレバーの反応が重くなり、主スラスターが大推力のジェットを吐き出す。体を押さえつけるほどの加速が三人を襲う。しかし耐Gスーツと強靭な彼らの肉体は8Gまでならものともしない。
敵は二時方向、下方六十度。距離八〇〇〇。ギャザーロボは機首を下げて一気に加速。
偵察機はレーダーを照射された時点で針路を反転させていた。機体表面のカモフラ―ジャを解除。機体上部にショックガンを出してギャザーロボに狙いをつける。射撃を確認。ギャザーロボは蛇行し射線を外す。
「ギャザーソード!」
炎児が叫び、ロボの右肩の後ろから剣の柄が射出される。ロボの速度は音速を超えていたが、速度を緩めることなく柄を掴む。柄の内部から剣身がせり出しソードに変形し、急降下に合わせて偵察機めがけて剣を振り下ろされる。
すれ違いざまの一閃。
偵察機はソードで両断され、一瞬の後に爆発した。空中に爆炎が生まれ、破片をばらまきながら海中へと落下していく。
「やったぜ!」
雷光が快哉を叫んだ。
「偵察機だけか。棘皮獣はいないようだな」
攻撃態勢を取ったまま炎児はギャザーロボを周回させる。付近に異常な反応はない。海中にも潜んでいる様子はなかった。
「へっ! 暴れたりねえぜ! もっと手強いのを出してこいってんだ」
「おい雷光、無茶を言うなよ。エネルギー残量を見ろ」
「何? おっと、へへへ……今日のところはこのくらいで勘弁してやらあ」
「全く調子のいい奴だぜ」
残量は三十五%。僅か数分の戦いだったが、急加速によって三%減少していた。仮に棘皮獣がいたとしたら、とても戦い抜けるエネルギー残量ではない。
「偵察機も片付けたし、そろそろパトロールを終わるか。今日も異常なしだ」
「そうだな」
「さっさと帰って飯にしようぜ! 俺腹減っちまったよ」
「何で座ってるだけなのに雷光はそんなに腹が減るんだ?」
「そりゃ周囲を注意深く見てるからな。目の血流が激しくなってエネルギーを使うんだ」
「やれやれ。雷光もエネルギー収集装置をつけてもらえよ」
「はははは! そりゃいいや」
「おいやめてくれよ! 俺はロボットじゃないぜ」
ギャザーロボのエネルギー残量は三十五%だが、雷光は何%だろうか。そんなことを考えながら、炎児は研究所への帰投ルートを飛び始めた。
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