第13話


「何か来ます」

「魔族ですか?」

「分かりません。とにかく様子を見ましょう」


 ユミアは岩陰に隠れながら後方を確認する。


 日が昇りつつある空に、翼の生えた人型が付け足された。


「邪神の力を感じる! あれ魔王だよ!」


 小声ながらも、ポムュの口調は興奮している。


 ポミュの姿や声はユミアにしか観測できない。突然上がった第三者の声にベルマが驚くことはない。


 ユミアは聞いていないふりをして、しかしポミュには聞こえたことを示そうとつぶやいた。


「あれが、魔王……」


 ユミアも実物を見るのは初めてだ。空気を歪ませる圧力を前に、体が怖気立つのを止められない。生存本能が強い忌避感をうったえかける。


 禍々しくも荘厳な六枚羽を皮切りに歪な人型が続く。


 六枚羽が腕を振るったのを機に他の魔族が散開した。散らばって地上を見渡すさまは、何かを捜しているように見える。


 見つかれば殺される。


 ユミアは状況を理解して、小声でポミュにアシストを頼んだ。敵の動きを見ながら静かに移動。隠れる物を次々と変える。


 魔族はユミアの位置に当たりを付けているらしい。魔族の包囲網が少しずつ狭まる。


 いくら周りが岩だらけとはいえ、複数の目がある中では隠れるにも限度がある。いずれ見つかることは避けられない。


(どうすれば……)


 ユミアは奥歯を噛みしめる。


 邪神の加護を突破できるのは勇者の聖波動だけ。ユミアの死は人類の敗北と同義だ。


 魔族は暴力を振りかざして好き勝手していると聞く。負けた人類がどんな扱いを受けることになるのか想像するのも恐ろしい。


 義務を優先するならベルマをおとりにしてでも逃げるべきだが、ベルマは長年お世話になった専属メイドだ。一度は魔族に襲撃されるリスクを承知の上そばに仕えてくれた。


 ユミアは勇者である前に一人の人間。どのみち生き残る可能性が無に等しいなら、自分に尽くしてくれた人のために命を燃やしたい。


 心の中でラセルに謝って、ユミアはベルマに向き直った。


「ベルマさん」


 逃げて。


 ユミアが告げる前に、微かながらも高い音が耳に入った。カチャ、カチャ、カチャと硬質な物が擦れたような音は金属特有のものだ。


 ユミアは空を仰ぐ。


 魔族に金属の類を身に着けている個体はいない。奇妙なことに、全ての個体が同じ方向を向いて固まっている。


 ユミアは彼らの視線を目で追って目を見開いた。


「あれは!」


 声に驚愕と歓喜が混じった。


 金属音の正体は、剣や鎧を身にまとった騎士の集団だった。白と赤の鎧をシンボルとした騎士団の姿はユミアにも覚えがある。

「王国の騎士団です! 助けが来ましたよお嬢様!」


 ベルマの表情に活力が戻った。助かったと言わんばかりの態度を前に、ユミアは逆に冷静さを取り戻した。


 人類軍の中でもエンドラント王国の騎士団が練度が高い。


 しかし敵は邪神の加護を持つ魔族の王。空中から強力な魔法を連打されては人数不利も簡単に覆される。


 魔王も同じことを考えたらしい。六枚羽の人型が体の前で右手をかざす。


 騎士団も負けじと魔法を放った。火球、氷の礫、稲妻。様々な種類の魔法が標的に向かう。


 いずれも黒い蠢きに飲み込まれた。


 魔法すら形を失う破滅の瘴気。あれが解き放たれれば何が起こるかは明白だ。


「何か、私にできることは……」


 ユミアは思考をめぐらせる。


 一人の少女には無理でも、勇者としてなら何かができるはずと信じて。

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