第12話


 ユミアは地下通路を通ってユーキィ村を脱出した。それから足を止めることなく夜通し歩いている。


 前日に色々ありすぎて寝付けないのはある。

 

 何より魔王がいつ追って来るか分からない。根拠こそないものの、ユミアにはそんな確信がある。喉元から突き上げるような焦燥感が休むという選択肢を取らせない。


 ユミアは後方を歩くメイドに横目を向けた。


「ベルマ、もう少しペースを上げます。苦しくなったら言ってください」

「は、はい」


 ユミアは足を急がせる。


 向かう先はエンドラント王国。人類軍をまとめあげている大国だ。


 魔族はいくたもの地域で戦線を開いている。戦力を一か所にまとめれば他の地域の防衛がおろそかになるからだ。


 いかに屈強な魔族といえど、その分散した戦力で攻め滅ぼすのは容易じゃない。一度領土に入ってしまえば追跡を振り切れる。


 勇者を仕留めたと勘違いしているならよし。


 取り逃したと知れば、すぐに追っ手が差し向けられる。どちらにせよ一刻も早く逃げ込むに越したことはない。


「あっ」


 蓄積した疲労が影響したのか、ベルマが足をもつれさせて転倒した。


「ベルマさん⁉」 


 ユミアは踵を返して駆け寄り、呼吸を荒くするベルマと目線の高さを合わせる。


「大丈夫ですか。怪我は?」

「怪我はありませんが、もう体力的に限界です。お嬢様だけでも行ってください」

「ばかなことを言わないでください。絶対に死なせません」

「魔族が追ってきたら逃げ切れません。勇者たるお嬢様が亡くなられたら、人類はどうすればいいのですか?」

「さすがにまだ戦う気はありませんよ。追っ手が来たら岩に隠れてやりすごします。だから少し休みましょう?」

「……分かりました」


 ベルマが渋々首を縦に振った。大きな岩を背にして地面に腰を下ろす。


「ご主人様がお話を通されたとのことですが、王国は私たちを受け入れてくださるでしょうか?」

「きっと大丈夫ですよ」


 ユミアはベルマの懸念を払拭すべく微笑を作る。


 両親から追放の手紙をもらったことで、ユミアは自身が疎まれやすい立場にあると自覚した。


 勇者は魔族最強の個体に狙われる。好き好んで近くにはべらせたがる者はいない。


 その一方で、勇者は邪神の加護を突破しうる唯一の戦力だ。


 古来より力のある戦士は優遇された。終戦後に囲い込んだ者がその後を制すことも、これまでの歴史が証明している。


 それはユミアにも当てはまる。


 戦争が終われば、人類は魔族という共通の敵を失う。

 

 次に始まるのは人と人の争い。神の加護を持つユミアを味方陣営に引き込む動きが始まる。


 取り合いが始まってから動いても遅い。早ければ数日中にでも接近があるだろう。


 権力を持つ者ほどユミアを見捨ることはできない。そこに付け入る隙がある。


「お嬢様はご立派でございますね。私よりもしっかりとしていらっしゃる」

「それは勘違いですよ。私は必死にしがみついているだけです。神に選ばれてから、色々なことが変わってしまいましたから」


 両親との関係性が変わった。

 

 好きでもない剣技を学ばざるを得なくなった。


 描いていた未来予想図が崩れ去った。残ったのは血塗られた宿命だけだ。 


 神の祝福、恩寵。耳当たりのいい言葉で飾られてはいるものの、結局は第三者視点の言葉にすぎない。授けられたユミアからすればまごうことなき呪いだ。


 恐怖に怯え、泣き、勇者としての義務にすがって生きてきた。明確な道を無心で走らなければ心がくじけてしまいそうだった。


 周りから見れば、さぞ義務に忠実な若者に見えていたことだろう。それを以ってしっかりしていると言われても、ユミアには苦笑しか返せない。


「王国についたら、ベルマさんはどうする予定ですか?」

「もちろん、私はお嬢様、に……」


 ベルマの語尾が濁る。


 ついていく。その言葉を言い淀んだ時点で、ベルマの真意を推し量るには十分だった。


「新しい働き口を紹介してくれるように、お父様に口添えしておきますね」

「申しわけございません、お嬢様……」


 ベルマがうつむいた。懺悔ざんげを口にする声が震える。


 ユミアは自身のメイドを優しく抱きしめた。


「罪の意識なんて感じなくていいんです。ベルマは今までよく仕えてくれました。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございました。このベルマ、ユミアお嬢様にお仕えできて、幸せでございました……っ」


 ユミアは従者の背中をさする。


 ぞくっとする気配を感じたのは、ベルマが落ち着いて数分後のことだった。

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