第11話


「何? まだ勇者が生きているだと?」

「はい」


 大きな円形テーブルの向こう側で、白い面が首を縦に振った。


 ヴァルクは事を終えて魔王城に帰還した。


 早速勇者を仕留めた事実を大々的に発表しようとしたところ、エヴィフからストップがかけられて今に至る。


 ユーキィ村襲撃作戦に参加した面々が同僚と顔を見合わせる。


 ヴァルクは手をかざして配下を黙らせた。


「村をまるごと吹き飛ばしたんだぞ? 何を根拠に生きているなどと」

「これをご覧ください」


 エヴィフが腕を差し出した。枯れ木のような手の上には玉。深い紫色の宝珠が厳かに金で飾り付けられている。


「それは?」

「邪神からたまわりし宝玉でございます。この宝玉は勇者の命と連動し、勇者を討ち果たした時に砕け散るのです。こうして原形を保っているということは、つまりそういうことかと」

「何故そんな物があることを黙っていた? 凄まじく重要な物ではないか」


 ついさっきまで意気揚々と勇者を屠ったと公表するつもりでいたのだ。危うく恥をかくところだった。

 

 返答次第では首を飛ばす。決心したヴァルクの前で白い頭部が傾いた。


「はて、魔王には以前お伝えしたかと存じますが」

「俺は聞いていないぞ」

「ではお伝えし忘れたということでしょうか。私としたことが、申し訳ございません」


 エヴィフがひざまずいて首を垂れた。


 勇者を取り逃がした。


 それが意味するところは戦争の継続だ。これからも多くの魔族と人間が死ぬ。事の重大さを考えれば簡単に許せることではない。


 のっぺりとした仮面で表情が見えないこともあって、まったく反省しているように見えない。それがなおさらヴァルクの神経を逆なでする。


 ヴァルクはエヴィフに右手をかざした。エヴィフの周りで息を呑む音が空気を揺らす。


 エヴィフは魔族唯一の大神官。数百年祭祀さいしつかさどってきたのは彼であり、後を継げる者など存在しない。


 邪神の加護を受ける身としては、大神官たるエヴィフをないがしろにもできない。


 ヴァルクは激情を抑えて右腕を下げた。視界の隅に控える配下が安堵の吐息をもらす。


「まあよい、宝珠が光っている間は生きているということだな」

「おっしゃる通りにございます」

「その玉の正確性はどれほどなのだ?」

「これは邪神から賜った物。欠陥品であるはずもございません。勇者が存命であるとお考えになった方がよろしいでしょう」

「あいまいだな。まあいい、念のため生存前提で進めよう」

「しかしどうやって逃げたのでしょうか。結界が村を覆っていたというのに」

「結界を張られる前に出たのでは?」

「それは考えにくいな。あの村は人の出入りが少ない。襲撃を企てた時から出入りする者を監視させたし、出る者は秘密裏に処理させていた。取り逃しの報告もない」

「では見張りを配置するより早く村を出たのでしょうか」

「作戦を決めてから実行するまで一日も経ってねえぞ。その間に出たっつうならどんだけ間が悪いんだよ」

「おそらく地下通路を用意しておいたのだろう。人類も勇者が狙われることは知っていたはずだ。事前に備えていても不思議はない」


 邪神の加護を持つヴァルクに対処できるのは、神の加護を持つ勇者しかいない。


 勇者を失った時点で人類の敗北が確定する。お金と労力を注ぎ込んで脱出経路を確保するのは道理だ。


 唯一の負け筋を徹底的にあらうのも戦略だ。ヴァルクはテーブルの上で地図を広げた。


「あの辺鄙へんぴな村ではろくに魔法を扱える者もいないだろう。最寄りの領と時間から逆算すると、今頃はこの辺りか」


 地図の上に人差し指の先端を置く。


「そこそこ軍備が整っている所ですね。逃げ込まれたら面倒なことになりそうだ」

「例にもれず少数精鋭で行く。俺も出るが、異論はないなエヴィフ」

「無論でございます」

「今回は反論しないんだな」


 ドラキーがエヴィフに流し目を向ける。


 いぶかしむ視線を受けてもエヴィフの口調は乱れない。


「反論する材料はありませんからね。勇者が地下通路で逃げたのなら、初めから戦う選択肢を捨てていたことになります。つまり魔王を討つに足るほど成熟してはいないということです。後れを取ることはありますまい。もっとも邪神の加護を使うのは控えるべきでしょうが」

「魔王、いつ頃再出撃いたしますか?」

「今すぐでなければ意味がない。各自すぐに準備をしろ」

「御意」


 再度目的を同じとして部屋の出入り口へ向かった。

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